第百十五話 抗う生き方
今日から年末年始連続投稿が始まります!
一応三が日までは連続投稿する予定です!
「私はね。本当はサキュバスなのよ」
自虐めいた笑みでティアーヌはそう告げた。
俺はこの世界のサキュバスは質が悪いと知っている。
まずサキュバスは現実と夢、そのどちらからでも人の精気を吸い取ることができる。
手で触れても、口付けでも、性行為中でも何でもいい。
相手と接触状態ならば『エナジードレイン』という魔法を使い、精気を奪う事ができるのだ。
気を失うまで奪われるか、はたまた死ぬまで精気を吸い取られるか……それはサキュバスの気分次第。
「バルメルド君……?どうして後ろに下がるのかしら?」
「いや、違いますよ?別に怖いとかじゃなくてですね……ぶっちゃけ今俺、貞操の危機?」
俺の言葉にティアーヌは驚いたような顔をするが、すぐに呆れたように肩をすくめる。
「私にその気はないし、あったらとっくにしてるわ」
「ですよね!」
良かった……ティアーヌは好色ではないみたいだ。
ちなみに言っとくが、俺は童貞卒業を願ってはいるが相手は誰でもいい訳じゃないからな。
ちゃんと好きな子に純潔を捧げたい。
「私はね、サキュバスである自分が嫌いなのよ。肌を晒したり、指が触れただけでも男性から色目を向けられるのが嫌なの」
「それって、サキュバスとしての特性なんですか?」
「ええ。淫魔の四肢を見るだけでも、男性に性的興奮を与える。それがサキュバスの『チャーム』と呼ばれている特性よ」
なるほど、だからいつもローブで肌を隠しているのか。
異性に『チャーム』を与えないように。
「でも待ってください。それだと、普段から近くにいる俺も『チャーム』の影響を受けるんじゃ……?」
「それは大丈夫よ。この帽子とローブには魔法を緩和する効力が編み込まれてるから。それにバルメルド君、幻惑効果のある魔法が効かない体質でしょう?」
「そう、なんですか?」
「だって、ニケロース領で私を抱き上げた時、何ともなかったじゃない」
そんなこと……あったな。
バッドアイから逃げている時に彼女を抱き上げた気がする。
でもあの時、俺両眼を使ってなかったか?
「あの……その時、俺の両眼光ってませんでしたか?」
「多分、光ってたと思うわ。確か、その眼が光っている間は視力が良くなるのよね?」
「実はこれ、もう一個能力があって、両眼の能力が発動している間だけ幻覚効果を打ち消すことができるんです。だから、これしてない時に触れたらきっと俺も『チャーム』にかかると思います」
旅の間に説明していた眼の能力について補足しておく。
そうか、両眼の幻覚無効はサキュバスの『チャーム』にも効くのか。
便利だけど、結局は両眼を発動させておかないといけないから、発動してない時に『チャーム』かけられたらおしまいだよな。
「そうなの?本当に不思議な眼よね」
「ええ、微妙な能力ですけどね」
常時発動しているのなら便利だけど、マナを込めないと発動しないのってやっぱり不便だ。
「でもだったら、なんで男の俺を旅に同行させたんですか?」
「貴方は『チャーム』にかからなかったって言うのもあるけど、放っておいたら死にそうだったからよ。せっかく助けたのに私の知らないところで死なれたら後味悪いし」
「さいですか……」
「それに貴方は、私の正体を知ってもさっきの村の人たちみたいに迫害しようとはしないと思ったのよ」
「どうして?」と尋ねるとティアーヌは俺の胸元を指で示す。
胸元に何があったかと確認すると、ベルから貰った首飾りのことを思い出した。
首にかけた紐を引き胸元から首飾りを出すと、桃色の花弁が閉じ込められた水晶部分を手の平に乗せる。
「その首飾り、アラウネ族の人から貰ったのよね?」
「はい。昔王都に行った時に知り合いから」
「他種族から他種族に親愛の証として物を贈る時にはね、そうやって自分の大切な物や体の一部を水晶に飛び込めてプレゼントするのよ。昔の習わしみたいなもの」
そうだったのか……じゃあこの水晶に閉じ込められている花弁は、ベルにとって大切な花の花弁を贈ってくれたってことか。
まさかとは思うが、ベルの側頭部に咲いていた花の花弁じゃないよなこれ?
「こんなご時世よ。さっきの村の村長みたいに、友人だった他種族に裏切られて、亜人種に排他的になる人族も多くいるわ。それなのに人族の貴方は、まだその首飾りを身につけている。ってことは、亜人種に対してまだ友好的な人族だと──だから一緒に連れて行っても大丈夫かもと思ったのよ」
「本当は頃合いを見て正体を明かすつもりだったんだけどね」とティアーヌは苦笑いする。
いきなり「私はサキュバスなの」と出会った頃に言われたら、俺も旅に同行させて欲しいとは言わなかっただろう。
「じゃあ、魔女っていうのは?」
「それは本当、正真正銘の魔女よ。サキュバスである自分を変えたくて魔女の元に弟子入りしたの。何十年もかけて認めてもらって、ようやく魔女を名乗ることを許されたの。それでも、サキュバスであることを変えることはできなかったけどね……」
自虐的に微笑むティアーヌ。
きっと過去に色々なことがあったのだろうと、その微笑みから察することができる。
「どうしてそんなにサキュバスである自分が嫌いなんですか?」
「あなたも思春期の頃に、昼夜問わずに嬌声が響く村に住めばわかると思うわよ?」
あぁー……確かにそんな村にずっと住んでたら嫌になるかもしれないな。
「しかも自分の母親に『いつかあなたも、同じように本能のままに楽しむようになる』──なんて言われた日には、村を飛び出しても不思議じゃないわ」
「飛び出したんですね」
大体ティアーヌの人となりがわかってきた。
ティアーヌはサキュバスである自分が、母親や他の者と同じになるのを忌み嫌っているのだ。
そして自分がサキュバスであることも嫌っている。
だから魔女に弟子入りしてまでサキュバスではない自分に成ろうとしたのだ。
「ティアーヌさんみたいな、サキュバスである自分が嫌いって人は、珍しくはないんですか?」
「稀にいるわよ。でもそういった人は、一族の中でも変わり者と言われて、腫れ物扱いされることが多いわ。私もそうだったしね」
そうですか……と呟く。
意外と、自分の生まれた種族を嫌う人もいるんだな。
「じゃあ、もう一つ気になったことを。ティアーヌさんは悪魔族なんですよね?だったら、なんで魔王を倒す勇者を探しているんですか?同族ですよね?」
「同じ悪魔族だからと言って、魔王の配下になる悪魔がいる訳ではないのよ。中には、やり方が気に入らないからと従わない悪魔も多いわ。私もその一人だしね」
火で炙っていたキノコを咀嚼しながら聞き入る。
やっぱり悪魔族も一枚岩と言う訳ではないのか。
「さぁ、これで私は自分の話をしたわよ。今度は貴方の話を聞かせて」
「え……?」
帽子を被り直し、俺に話をさせようとするティアーヌに疑問符を浮かべる。
話を聞かせてとは、何のことだろうか?
首を傾げると真っ直ぐな目でティアーヌは俺を見つめてくる。
「ワイバーンと戦っていた時、貴方は髪の色も雰囲気もかなり変わっていた。使っていたマナの量も尋常ではなかった。それにあの時の貴方はまるで……」
そこまで言ってティアーヌは言い淀む。
その先を言っていいのかどうか悩んでいる様子だったが、すぐにまた俺を見据えて質問してくる。
「答えてバルメルド君。その光る眼といい、戦闘中に変わった雰囲気といい、貴方は……本当にただの人族なの?」
以前受けたのと、同じ質問を投げかけられる。
ただの人族、そう答えるだけの簡単な質問のはずなのに、俺は答えに即答できず、どう答えるべきかを頭の中で考え始めるのだった。
次回は明日の22時投稿予定!
明日で今年も終わりですね!
まぁ、僕は普通に仕事ですけども……