ユリの花は開かない
父の傍らで眠る母のことがが羨ましかった。
暑がりで、落ちつかないからと父は眠るときはいつも半そでだ。未発達な同い年の男子とは違って、露出したその腕は太く毛が生えていた。その腕が母を抱いている。
クラスで自分の父親の愚痴をいう女の子を見るたびに、彼女を哀れんだ。
思慮が浅く、粗野で、汚いと、彼女たちは父親のことを形容した。
私の父は違う。
「ねえ、お父さん」
「なんだ」
父を眠りから覚ます。母は眠っている。
「なんでもない」
「そうか」
父は早く寝ろよ。なんていわなかった。それはきっと信頼だと、私は自負していた。父の隣に横になる。父の臭いがした。同い年の男の子からは、ミルクのようなにおいがする。乳臭いとはこのことかと、私は思った。
朝起きて、父の隣に私がいると、母は決まって嫌な顔をする。しかし、母は口に出して私を拒絶することはできない。私が娘である前に女であると、母は正面切って認めることができない。
一度だけ、父が寝返りをうった拍子に私を抱きしめたことがあった。私は身を竦ませて、頑強な体が私の身体にくっつくのを感じていた。そして接触と同じくらい唐突に、何事をなかったかのように父は離れていった。鳴り止まない胸に私は父から少し離れた。
いつか、父は私を抱くだろうか。私を抱いた父の隣で、私は眠れるのだろうか。