婚約者候補
ティア視点です。
今にもウィリアム様の腕に掴まらんとする、私より燃えるような赤色の髪に茶色の瞳、我の強そうな少しきつめの顔立ちは整っていて美しいが、少し濃いめの化粧。女性らしいラインを引き立てるようなドレスを纏った彼女の名はドリアーヌ・バラティエ様、20歳。先祖に王弟もいる歴史の長いバラティエ公爵家令嬢でウィリアム様の婚約者候補でもある。父親は魔法大臣を務め、カール様派だったが、権力で候補になったのではと言われている。
剣から手を離し警戒をとく。よく仕事をしているであろう部屋に勝手に入ることができるなぁ。半ば呆れ気味に状況を見守っていると、慌てたようにウィリアム様の側近である、ロベルト・フィルディン様が入ってきた。彼は代々宰相を勤める由緒正しいフィルディン公爵家の長男であり、仕事ができるとして将来を有望視されている。いつも女性には誰にでも爽やかに話しかけ、仕事になると雰囲気が変わり、落ち着き払っている彼が走ってくるなど珍しいこともあるものだ。
「ドリアーヌ様! ウィリアム様は急に仕事が入ったので、お持ちくださいと申し上げたはずです!」
「だって、待っても待っても来てくれないではありませんか」
みんなの呆れた雰囲気に気づかないとは中々だなぁ。リリアンなんて、開いた口が塞がらない状態だ。
「ドリアーヌ嬢、お待たせして申し訳ない。今終わったところだから部屋で待っていてくれるかな。ロベルト、お連れしろ」
「かしこまりました」
「では、部屋でお待ちしておりますわ」
そのままスタスタと部屋から出て行くドリアーヌ様を追うように、私達に頭を軽く下げながらロベルト様が出て行った。お疲れ様です。
そもそも、ウィリアム様の婚約者候補が決まったのは半年程前。もうすぐ25歳になるウィリアム様にしては遅いようだが、王太子になったのが2年程前なのである。
ウィリアム様は剣術や魔術、マナー、語学、歴史など全てにおいて優秀で、国王になるのは不思議なことではない方。それでも国王様は2年前まで王太子として認めなかった。いや、認められなかった。何故ならウィリアム様は漆黒の瞳を持っていたからだ。それは闇魔術が使える事を示している。
闇魔術は貴重な魔術のひとつであるが、精神に干渉する魔術ということで昔から恐れられている。過去には、人を操り犯罪を繰り返したりと黒い歴史の多い魔術である。しかし、使い方によっては、拷問にかけることなく犯罪者から証言をとったり、精神を病んでしまった人を救うこともできる。
しかし、闇魔術を持ったウィリアム様を国王にできないという反対派も多く、最近まで第二王子のカール様派とで揉めていた。そんな中、2年半前のヒメラーヌの黒戦で国を守った功績が認められ、晴れて王太子となったのだ。その後、何故か1年ほど婚約者を決めるのを拒否していたのだか、大臣達により候補者が決められたというわけである。
「あの方は誰ですか?」
「ウィリアム様の婚約者候補さ」
「婚約者候補!?」
リリアンの質問に笑いながらハイドさんが回答する。突然の登場に驚くのはわかるけど、そこまで大袈裟な反応をするのも変だ。
「リリアン。ウィリアム様は王太子になられたのだから、婚約者候補がいてもおかしくないでしょ」
「それはそうだけど……ティアは、どう思う?」
どう思うとはどういうことだろうか。なんだかみんなに注目されていて嫌なんだけど。とりあえず、当たり障りのない答えでいいかな。
「王太子になられたのですから、婚約者ができることは臣下としては喜ばしいこーー」
「そうじゃなくて! じゃあ、彼女のことはどう思う?」
リリアンの聞きたい事がわからない。彼女のことと言われても……
「こう言ってはなんだけど、王妃には向いてなさそうとは思うわね」
「そっちかー」
「どっちよ。さっきからリリアン変だわ。それに、候補はあと2人いるし、心配ないわよ」
「あと2人もいるの!?」
何故か思い切りウィリアム様の方へと振り向くリリアン。この子大丈夫かしら。
もうひとりの婚約者候補は、マンチーニ伯爵家の令嬢ジルベルト・マンチーニ様、19歳。マンチーニ伯爵は団長職も務めたことのある元武官で、今は隠居している。水色の髪と瞳をした落ち着いた雰囲気の知性溢れる美しい女性だ。昔から王族に忠誠を誓う家系で、中立派でもある。
もうひとりは、オルレアン侯爵家のルイーズ・オルレアン様、18歳。オルレアン侯爵家はエレントル王国の南、パトル公国との国境を守る領地にあり、父親である当主は王国で3本の指に入る程の実力を持つ。鮮やかな橙色の髪に淡い青色の瞳のおとなしく可憐な女性だ。ウィリアム様派でもある。
何度か会う機会があったが、ドリアーヌ様はよく突っかかってくるものの、2人は優しく声をかけてくれるし、タイプも違うので、どちらかが選ばれた方が臣下としては嬉しいと思う。
当の本人は、3人との時間は作るものの、一人一人とは会わないし、あまり乗り気じゃない様子。そういえば婚約者候補が決まる前、私を庭の散歩に誘ってきたことがあったっけ。さすがにいっかいの騎士が王太子様と散歩など、ウィリアム様の評判に関わるのでお断りしたけれど、何か考えがあるのだろうか。なんせ、ウィリアム様は裏で手を回して、悪事を働く者を見つけては裁いている方である。これも計画のうちとか?散歩も断るのは不味かったかな。次は目的を聞いたほうがいいのか……やはり貴族社会のことは難しくめんどくさい。
「では、そろそろ私達は戻ります」
ヴェルモート隊長の言葉で考えることを一旦やめ、ウィリアム様の方へ視線を戻す。なんだか元気がないように見えるが大丈夫だろうか。
「あ、あぁ。わかった」
「ウィリアム様、大丈夫ですか? 顔色があまり良くないような気がいたしますが」
心配で声をかけてしまった。私の言葉に驚いた顔をするも、すぐに柔らかな笑顔へと戻る。うん、大丈夫そうね。
「ありがとう、ティア。大丈夫、元気になったよ」
「? ……それならよかったです。」
そう言ったティアの微笑みが、女神のように優しく美しいものに見えたなど本人は気付いていないだろう。
「ティアってなかなか恐ろしい子ですね、ハイドさん」
「そりゃ、あのウィリアム様が手こずるくらいだからね」
登場キャラが増えていくー!
なんか説明のようになってしまい申し訳ないです。
ティアはウィリアム様のことを嫌いではないようですよね。でも、ウィリアム様の気持ちが理解できてない…というか気付いてない。
ウィリアム様不憫でならない!(涙)