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王太子の悩み

リリアン視点です



残酷な描写がありますので、注意してください。

 

 王宮へ戻ったのは夕食後くらいの時間となった。これでも馬をかなり飛ばして帰ってきたのである。私はただ気を失わないよう気をつけて帰ってきたとしか言いようがないけれど。


 思い出すだけでも胸が苦しくなる。軽々と私を馬に乗せ、私を支えるように挟む腕。男らしさを醸し出す身体。まさに包まれるとはあのことである。ヴェルモートさんの体温にホッとしてしまいそうになるのを必死に掻き消し、しがみつく。もちろん馬にだ。でないと平常心が吹っ飛ぶ。

 徐々に力が戻ってきたのは走っている途中だった。私がそう告げると彼はただ頷く。



「ならばスピードを上げる。しっかりつかまっていろ」



 そう言うが早いか、先程よりスピードがどんどん上がっていく。さすがに怖くてヴェルモートさんにしがみつくしかなかった。最初のスピードでも抑えていた方だったのか、と気をつかわせた事に申し訳なくなる。頼られた仕事をやり遂げようとして、結局足を引っ張っているだけじゃないか。せめて彼に仕事ができる人として、認められたいというのに。

 スピードが速くなったからなのか、この状況への緊張なのか、心臓の速さも一段と上がる。どうか彼には伝わっていませんようにと願うしかない。




「着いたぞ。私の手につかまれ」

「は、はい」



 大きな手が差し出される。一瞬、握るのを躊躇うが、ここで無視する方が意識しすぎだと思い、勇気を出して手を握る。すると私の体を支えながら引き下ろしてくれた。本当に要所要所で男らしさを見せつけてくれる。



「今日は疲れただろう。私が報告するから、ティアと共に帰っていい」



 回復したと言ったのに、私の体を気にしてくれているのだろうか。やはり情けないな、私。



「わかりました。今日は色々ご迷惑をおかけしてすみませんでした」



 彼の顔を直視することなく頭を下げる。



「迷惑などかかっていない。お前は自分の仕事をこなしただけだろう。だから謝るな」

「……はい」



 顔を上げることができなかった。涙が溢れそうになるのを必死に目を開いて食い止める。

 そんなこと言わないでよ、と思う。いつもいつも私の欲しい言葉をいいタイミングでかけてくれる。でも今は欲しくなかった。恋人になれないのなら、せめて信頼できる良き仕事仲間としてのポジションくらい欲しかった。でも、こんな迷惑をかけたのに仕事をこなしたと言ってくれる。こんなんじゃ仕事仲間としても失格なのに。その言葉に甘えそうになる。私の求めなくちゃいけないポジションが揺らいでしまう。



「おい、大丈夫か?」



 ほら、また心配をかけてる。本当に情けない。ちゃんと彼を諦めて新しいポジションを作らないと。彼の言葉で揺らいじゃだめ。顔を上げて、笑え!



「大丈夫です。では、お言葉に甘えて今日は帰ります。報告よろしくお願いします」

「……あぁ。しっかり休め。明日、正式に報告することにする」

「わかりました。では、失礼します」



 この対応でいい。好きな人の前で強がる、それでいい。だって、甘えていい関係じゃない。上司でもなければ、友人でもない、恋人でもない。私は、仕事仲間。

 そうしてその日はそのまま以前ティアと3人で暮らしていた部屋へと帰った。




 翌日、ウィリアム様からの呼び出しがあったのは昼頃だった。呼ばれたのは第十小隊隊長のヴェルモートさん、副隊長ティア、ハイドさん、私である。



「昨日はご苦労様。レオから報告は受けたよ。魔術師が2人関わっているようだね」

「はい、精霊によると結界に何かをしていたのは間違いないようです」



 この報告にうーん、と唸るウィリアム様。しかし、考えている時間はとても短かった。



「カール達からも、結界の魔術の中に他者の魔力を感知した、と報告がきていてね。きっとその2人のものだろう。そうなるとだ、誰が何故そんなことをしているのかが問題だね」



 たしかに大きな問題である。なんせ国の中心である王都に何かしかけてくるかもしれないのだから。



「王都を囲む結界には、許可なく入った魔術師の魔力を抑える術式が組み込まれていますよね?」

「さすがティア。その通りだね」



 へぇ、そうなんだ。魔力が普通の私は気にしたことなかった。王都に入る際、門のところで魔術師のザックが魔法省から発行されている通行証を提示するのは、そんな理由だったのか。ん、まてよ。



「では、謎の2人は通行証を持っていなかったということですか?」

「それもあるかもしれないが、結界を壊す魔術を開発しているのかもな」



 私の疑問にヴェルモートさんが付け加える。それってかなり不味くないかな。私は、ここにいる人達より頭がいいわけじゃないけど、王都がなんらかの理由で狙われているということはわかる。


 ふっと2年半前のヒメラーヌの黒戦での戦いを思い出した。倒れていく人、苦しむ声、血の臭い、そして私の目の前で息絶える相手。戦が始まる前は、命を奪うことを覚悟した上で仲間を守るために戦うと決めた。戦ってる最中は、死から逃れるために命を奪った。そして終わった後、何も残らなかった。いや、残らなかったと言えば語弊がある。大切な家族や仲間は生き残った。でも、罪悪感や悲愴感が残るだけだった。敵である相手の想いを知ると、虚しくなった。


 だから、二度と戦にならないよう努力すると精霊王に誓ったのだ。でも、また対立の火種ができてしまったように思う。また、誰かを守るため、自分の意志を貫くために争いが起こるかもしれない。そう思うと怖くなる。



「また、争いが起こるのでしょうか」

「そうならないために調査し、対策をとるのだ。だが、私は国民を守ると誓った。そのために戦わなければならないのなら、私は戦う」



 その決意のこもったウィリアム様の声につられて顔を上げる。目が合うと、少し困ったような優しい微笑みを向けられた。



「リリアン。君のように優しい心を持つ者がいれば心強いよ」

「?」

「そうすれば、私は国民のために鬼にもなれよう。君のような者が救いを差し伸べて助けてくれるだろうからね」



 ウィリアム様は国を背負うことや人の命を背負うことの責任をもうすでにお持ちなのだ。私はそんな風になれないだろうけど、少しでも支えられるのなら、私にできることがあるのなら、やってみせよう。



「私ができることなら、なんでもします!」

「それは頼もしいなぁ。なら早速助けて欲しいことがあるんだ」



 そう言うとウィリアム様に手招きをされた。一瞬、王太子であるウィリアム様に近づいていいものかと考えたが、ハイドさんに背中を軽く押されたので、そのまま近くへ向かう。すると身体を縮こませながら、私により近づいてきた。いや、流石に近いです……なんて言えない。



「聞きたいんだが……」

「はい」

「ティアの好きなものって何かな?」

「……えぇぇ!?」

「声が大きいよ」

「あっ、申し訳ありません」



 いやいや、小声で話すから知られたらまずい重大なことかと思えば、なんていう内容だ。

 でも大きな声をあげてしまったし、さすがにみんな気になるのではと心配で、後方を伺う。しかし、ティアは怪訝そうな顔をしているが(多分これは私達の距離が近いせい)、ハイドさんは笑いを堪えようとしてるし、ヴェルモートさんも呆れ顔。こりゃ2人は内容わかってるな。だてに長く友人してないか。とりあえず、不審がってるのはティアだけなので、よしとしよう。



「それで、ティアの好きなものとは?」

「宝石が好きには見えないから、庭に誘ってみたりしたのだが反応がなくてな」



 先程の報告時より深刻な顔してないかな。それにしても、ウィリアム様がティアの事を気にかけてたのは薄々感じてたけど、本気なのか。だって、次期国王になる方の相手ということは、この国に側室制度はないから王妃になるってことだ。ティアの事情を知っているのに本気なのか?



「大変失礼だとは思いますが、ウィリアム様はティアの事、本気なのですか?」

「あぁ。父上と母上も恋愛結婚だからな。二人とも好きな人を選んでいいと言っている」



 だとしても、王妃クリスティーヌ様は歴史の長い伯爵家の令嬢だったのだ。ティアとは意味合いが違いすぎる。ましてや、ティアは貴族があまり好きではない。



「ウィリアム様はいずれ国王となられるお方です。ティアの事情を知った上で、そのようにおっしゃるのですか?」

「難しいのはわかっている。それはなんとかしてみせよう。だが、ティアに好かれなければ始まらない」



 まぁ、ウィリアム様は良い方だし、ティアの意思を尊重してくれるなら私はいいのだけど。もれなく王妃がついてくるような相手にティアが好意を持つかな。

 でも、私が決めることではないか。



「わかりました。差し出がましい事をいたしまして、申し訳ありません」

「いや、リリアンが心配になるのはわかっている。気にしないでくれ」



 そう言ってもらえてホッとした。ティアは私達にとって大切な家族である。たとえ王太子様でも、ティアを苦しめるのなら一言言わせてもらう。



「それでティアの好きなものですよね? 正直、鍛錬が趣味と言っていい程ですからね。騎士の方に差し上げる物が一番喜ぶとは思いますが……女性への好意としては伝わらないですよね」

「そうなのだ。ティアの喜びそうな物を考えると、私が女性の立場になっている気すらする」

「あはははは……」



 って、笑えません! なんか不憫でならない。身分が高くても恋愛で悩むのだな、と少し親近感すら覚えてしまう。



「花……花は好きですね。家でも花を飾るのはティアですし、色々な花の知識もあります」

「花かぁ。そうか……男勝りだが、そういうところは女性らしいな」



 納得するように笑ってますけど、言ってることは好意を向ける女性に対しては辛辣ですよ、ウィリアム様。まあ、納得してるからいいか。



「助かった。ありがとう、リリアン。また頼むよ」

「は、はい」



 今度は何聞かれるのかな。でも、恋をしているならウィリアム様を応援してあげたい。片思い仲間だ! いや、私は仲間になっちゃだめだった。ちょっとウィリアム様が羨ましく思えた。


 少し浸りながらハイドさんの横へ戻ろうとすると、突然扉が思い切り開いた。いきなりのことで驚く私を他所に、ヴェルモートさんやティアが剣に手をあて警戒する。しかし、扉から入ってきたのは、綺麗なドレスを纏った美しい女性だった。



「ウィリアム様! わたくしずっとお待ちしておりますのに、なぜ早く会いに来てくださらないのですか」



 怒った様子でウィリアム様に近づく美しい女性。えーっと……誰なんでしょうか。



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