貴重な証言
リリアン視点です
前話に書ききれず分けたため、2話同時に投稿しました。
先程までの話し声がなくなり、林の中は静寂に包まれる。誰かが静かにしようと言ったわけでもなく、ただいつの間にかその光景に魅入ってしまっただけ。そのみんなの視線の先には、顔を上げ目を閉じ、風に藤色の髪を靡かせる女性の姿があった。ゆっくりと手を空へと挙げてゆく。まるで、神聖な儀式の様にも見える光景だった。
「尊き精霊達よ、我を使いて其方の姿を示し、我に力を貸し給う。我が名はリリアン、祖を愛する者なり」
ここで起きたことを知る精霊よ、出てきて! そう念じながら唱えると、ひとつの光の粒がリリアンの周りを飛び回る。
『貴方が噂の精霊王に認められた人間ね』
「はい、リリアンと申します。あなたは?」
そう答えるが早いか、私の前に手のひらサイズの薄緑色の髪を結い上げた美しい女性の精霊が現れた。
『木の精霊ジュリよ。何か聞き回っている精霊がいたけど、貴方の精霊かしら?』
「そうです。実は1ヶ月ほど前、ここで塀の周りに張っている結界を歪める何かがあったようなのですが、ご存知ないですか?」
『1ヶ月前?』
そう呟きながら考え始める精霊を辛抱強く待つ。こんなに精霊の宿る植物があるのに、現れたのは1体のみ。もはやこの精霊に頼るしかないのだ。
『そういえば……男が2人来てたわね。魔術師のようだったけれど、結界に何かしていたわ』
「男が2人だと……やはり人間の仕業ということか」
ヴェルモートさんの顔が厳しいものとなる。それもそうだ。この結界は魔術による攻撃から王都を守るために張られたもの。それを歪めるなど善良な国民の考えることではない。
「何か言ったりしてましたか?」
『そこまではわからないわ。あまり興味なかったもの。ただ珍しいから憶えていただけ。』
「そうですか……でも、貴重な情報がわかりました! 協力してくれて、ありがとうございます」
精霊は気まぐれである。精霊王の力が残っているからといって、全ての精霊が協力してくれるわけじゃない。だからこそ、貴重なのだ。
『それにしても、闇雲に聞き回ってもだめよ。1ヶ月保つ植物ばかりじゃないのだから』
「……たしかにそうですよね」
『ふふふ、可笑しな精霊使いだこと』
面白いものを見たという風に笑う精霊に返す言葉もない。言われてみればそうなのだ。精霊は永い時間を生きるが、宿る植物は永遠の命じゃない。枯れてしまえば、新たな植物へと移ってしまうため、その場にずっといることもないのだ。初歩的ミスである。風もまた然りである。良いところを見せようと張り切った割に、空回りで自分に負担のかかる方法にしてしまった。
『それじゃあね、可笑しな精霊使いさん』
「あ、はい。ありがとうございました」
こうして精霊は消え、体に感じていた精霊の力も離れていった。と同時に、体が重くなる。あの精霊若く見えたけど、結構な寿命を生きてる木の精霊だな……離れた後の反動が大きい。あぁ、見た目に騙されたぁ。
ガクンっと足の力が抜ける。このままじゃ倒れる! 咄嗟に手を出し衝撃を吸収しようとするが、地面に打ちつけることはなかった。
「無理をするなと言っただろう」
耳のすぐ近くで身体に響くテノール音が聞こえてくる。全身に電気が走るってこういうことを言うのか。力の使いすぎなのか驚きなのか、身体に上手く力が入らない。
今の私の体勢は、鍛え上げられた腕一本で後ろから抱えられている状態。誰の腕って……そんなの考えなくてもわかる。
「ヴェ、ヴェルモートさん。す、す、す、すみません」
舌まで上手く回ってませんが、これは完全に動揺のためです。どうしよう、恥ずかしすぎて死ねる! こんなの予想に入ってないから心の準備もしてないもの。
そんな私の動揺など気にすることなく、彼はその体勢で私を支えたまま、ティアに離していた騎士を呼ぶように指示した。ティアは私を気にしながらも、上司の指示に従うため仲間を呼びに駆け出した。
「いやぁ、いろんな意味でいいものを見せてもらったよ、リリアン」
「お前の精霊好きはわかったから、私の馬を連れて来てくれ」
「はーい」
ニヤニヤしながら馬の方へ向かうハイドさんを睨みつける。ヴェルモートさん、あれは精霊の件だけを言ったわけじゃないんですよ。まったくわかっていないだろうけど。なんせ、この体勢に何の躊躇も動揺もしていないのがわかるから。あぁ、精神的ダメージで回復できそうにない。
「大丈夫か? 皆が集まるまで座っているか?」
たしかに、みんなに抱えられた状態を見られたくないし、これ以上は心臓がもたない。
「はい、座って待つことにします。すみません」
「わかった」
そう言うと、おもむろに上着を脱ぎ地面へと置いた。その動きを目で追っていると、顔を上げた彼と目が合う。
「これに座れ」
「え、でも汚れてしまいますし。私はそのままでも気になりませんから!」
「いいから座れ」
拒否しようとしても力が入らず、結局彼の上着に座ってしまった。こういうところで気が使えるのは、やはり貴族だからだろうか。比べちゃいけないが、町の男達と比べてしまう。こんな女性扱いをされた事がなく、戸惑いを隠せない。はぁ、また彼の良いところを見つけてしまった。
そこに第十小隊とハイドさんが戻ってくる。ティアはみんなに精霊使いの力を使って、身体が重くなっていると大雑把に説明しておいてくれたようだ。もともと離していたため、あまり触れてはいけないと思ったのか、それ以上聞かれる事もなかった。
「2人の魔術師が関わっていたようだ。何か結界に危害を加えたのは明白、急いで王宮に戻る。日が暮れる前に着けるよう飛ばすぞ」
「「「はっ!」」」
みんなが急いで出発の準備を進めていると、1人の騎士がヴェルモートさんの元にやってきた。彼はバルディ伯爵家次男のケインさん、ティアとも仲が良い気さくな人である。
「ヴェルモート隊長、リリアンさんはいかがなさいますか? 流石にティアでは支えながら飛ばすのは無理でしょう」
「私の馬に乗せる」
「え!」
もちろん驚きの声を上げたのは私である。これ以上に密着しろと言うのか! そんな私を怪訝そうな顔で見てくる。いや、こういうところで乙女心に気づかないのかい!!
「後方を走る私が乗せて行きましょうか?」
「却下だ」
「「……」」
そりゃ、みんな驚くよね! たしかにヴェルモートさんが1番乗馬が上手いんだろうけど、先頭を走る隊長のヴェルモートさんが自ら名乗り出るなんて。そんな気を使わなくていいのに。というか逆に回復するものも回復しなくなるから、誰か止めてーーーー!
しかし、上司の指示は絶対である。その後反論する者はいなかった。ティアでさえケインさんの意見通り、支えきれないので反論してこなかった。もう腹をくくるしかない。どうにでもなれ、私!
「行くぞ。辛ければ言え、飛ばしはするが何とかする」
「は、はい。よ、よろしくお願いします」
そして私を軽々と抱き上げる。もちろんお姫様抱っこでしたとも。もう恥ずかしさで心臓が破裂しそうなほど苦しかった。無心になる訓練しとけばよかった………
レオナルドがリリアンを抱き上げ、馬に向かっている背後では。
「隊長が女の人を乗せるなんて驚いた」
「帰り道に何か起こったりしてな」
「やめろよ、笑えねぇ」
実はみんなの驚いていた理由はこちらだった。
「なぁティア、隊長がリリアンさんのことを好きだったら?」
「却下」
「即答かよ」
「あんな甲斐性なし、私は許さない」
「「「あはははははは」」」
騎士達の情けない笑い声が響く。そんなことを言われているなんて、あの2人が知ることはないだろう。