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お披露目の夜会④

 

 レオナルドは怒り狂っていた。目の前に立っている他国の貴族であろう男と目を離した己に対して。あんなにも警戒していたはずなのに、寄ってきた多くの令嬢へ苦手な貴族的対応をしている最中に見失ってしまったのだ。


 慌てて探していれば、何かに導かれるようにして扉横のカーテンへとたどり着いた。今思えば、リリアンの精霊が導いてくれたのかもしれない。



「よくも彼女にあの様な汚い言葉をはいてくれたな」



 レオナルドが放つ殺気はじわじわと辺りにも伝わり、何事かと騒ぎになりかけている。その事に気付いたリリアンはとっさにレオナルドの腕を掴んだ。



「レオ、私は大丈夫ですから。落ち着いて下さい」

「……リリアン」



 リリアンにしがみ付かれた事で冷静さを取り戻したレオナルドは辺りを軽く見回し、やってしまったと思った。常に不機嫌そうな表情で言葉数が少なく冷静なレオナルドだが、リリアンの事になると冷静ではいられなくなる。それはリリアンが誘拐された際に痛感したことだった。



「すまない」

「いいえ、大丈夫です」



 申し訳なさそうに眉を下げるレオナルドを元気づけようと精一杯の笑顔を向けたリリアン。はたから見れば二人が特別な関係であることはすぐにわかるほどだった。


 しかし、それを良しとしない者がいた。リリアンを口説いていた男である。レオナルドから殺気がなくなったことで我に返った男は、目の前の光景に憤慨していた。何故なら気に入った女を落とせなかったばかりか、自信のあった己の容姿よりも美しい男に掻っ攫われたのである。夜会という場も相まって、大勢の前で恥をかかされた、と逆恨みとしか言いようのない怒りを抱いた。



「よくもこの様な事を……エレントル王国の客人へのもてなしとはこの様なものなのか!」



 ピクリとレオナルドの眉が動く。怒りのままに相手の男へ殺気を放ってしまったレオナルドは怒鳴る男への対応を考え始めた。己の行動でエレントル王国がけなされている。それは国に仕える騎士として、やってはいけないことだった。しかし、謝ってしまえば全面的に非を認めることになってしまう。侯爵家とはいえ次男であるレオナルドが他国の貴族相手に強い言葉を返すことも憚られた。


 レオナルドが色々な事を考えている時間は一瞬であったが、その間も男の発言は止まらない。



「精霊使いだか知らないが、そちらの国では平民が貴族を蔑ろにして良いとでも教えているのか?貴方もそんな非常識な女で遊ぶのは趣味が悪いですよ」



 その言葉でレオナルドの中の何かが切れた。あんなに色々な事を考えていたのにも関わらず、無意識に一歩踏み出す。



「貴方が彼女の何を知っていてそのような言葉を口にしたのかわからないが、彼女は私にとってたった一人の女性だ。そんな彼女を愚弄するのなら容赦はしない」

「なんだと?貴様、私をーー」

「そこまでにいたしましょう」



 今にも殴りかかりそうなレオナルドの肩をグッと引っ張り割り込んできたのは夜会の主役でもあるウィリアムだった。レオナルドはウィリアムの姿を確認するや否や、我に返ったように後ろへ一歩下がる。



 ウィリアムは優しげな笑顔を浮かべ男と向き合った。相手の男は、さすがに王太子が出てくるとは思っていなかったのだろう、驚きで目が泳いでいる。



「我が国の者が失礼いたしました」

「あ、いや……もう良いのです。私も熱くなりすぎました」

「それはありがたい。私にとっても今宵は大切な夜会。皆様に不愉快な思いはして欲しくないですからね」



 男は優しげなウィリアムの話し方と笑顔に緊張を解いた。軟弱な王太子だと心の中で馬鹿にしながら。

 しかし、ウィリアムが夜会で他国になめられるような事をするはずがない。



「しかし、この者は声を荒げるような者ではないのですが、何があったのでしょうか?」

「え?あぁ、いやぁ、些細なことですよ」

「些細なことですか……この者が怒るなど彼女の事くらいしかないはずなのですがね」



 そう言いながらリリアンに一度振り向いたウィリアムは、笑顔を消して男と再び向きあった。振り向かれたリリアンは苦笑い気味だ。何故なら、ウィリアムの本性を知っているからである。



「まさか彼女を馬鹿にするような事は言いませんよね。我が国で精霊使いは王族の庇護化にある身であり、精霊使いを罵倒する事は我々王族を罵倒するのと同じこと。そのようなこと、貴方の国でも教えられているはずだ。我が国を敵に回すような事を仰るなどと愚かなことはしないはず、ですよね?アベルト・カブリウス伯爵殿」

「な、なぜ私の名を!?」

「もちろん、ご招待している方の名は存じておりますよ。それで、些細な事とはなんだったのでしょう?」



 もはや男に勝ち目はない。倒れるのではと思えるほどふらついている男はウィリアムの指示で騎士によって休憩所へと案内されていった。



「皆様、お騒がせいたしました。どうぞ夜会をお楽しみください」



 笑顔で振り返ったウィリアムの声を合図にし、凍り付くように固まっていた周りの者達が動き始めた。皆、何事もなかったかのように賑やかさを取り戻してはいたが、ウィリアム王太子の笑顔の裏に隠された恐ろしさを噛みしめる。他国の貴族達だけでなく、エレントル王国の貴族ですらウィリアムを敵に回してはいけないと理解したのであった。



 ウィリアムは事態が収まった事を確認すると、レオナルドとリリアンの元へと足を運ぶ。ウィリアムが「レオナルド」と名を呼べばレオナルドはビクッと身体を揺らし背筋を伸ばした。いつもと違う様子に笑いそうになるのを堪えたウィリアムは、周りの者に聞かれている事をふまえ、あえて固い口調で話しかける。



「幾らリリアン嬢が罵倒されようと、お前は国に仕える騎士だ。心を乱すような事をするな」

「はい、申し訳ありません」

「はっきりさせないからこの様な事になるのだ。リリアン嬢を送り届け、頭を冷やしてこい」



 その言葉にこうべを垂れていたレオナルドは勢いよく頭を上げた。そしてニヤリと笑うウィリアムを見ると眉間に皺を寄せながらも強く頷いたのであった。



「ではリリアン、研究室まで送ろう」

「はい、わかりました。ウィリアム王太子殿下、ありがとうございました」

「いいや。逆に嫌な思いをさせてすまなかったね」

「とんでもございません。守ってもらいましたから大丈夫です」

「そうか……では、レオナルド頼んだぞ」

「はっ!」



 腕を差し出されたリリアンはゆっくりとレオナルドの腕に手を添え、会場を後にした。それを見送っていたウィリアムに声がかかる。



「殿下、息子が迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いいえ、気になさらないでくださいソロン殿。私は友人を助けたまでです」

「ありがとうございます。しかし、あのように感情を露わにするレオナルドを見られるとは思いませんでした」



 そう言いながら妻シェリーネと笑い合うソロンの表情はとても嬉しそうであった。



「きっとリリアンのおかげでしょう」

「彼女には感謝せねばなりませんな」

「すぐにその機会はあると思いますよ」



 楽しそうに笑ったウィリアムを見て一瞬キョトンとしたヴェルモート侯爵夫婦は、ウィリアムの言葉の意味を理解すると先ほどよりも嬉しそうに笑う。



「それは楽しみだな」

「えぇ、そうですわね」



 そんなレオナルドの両親を見つめながら、心の中でレオナルドにエールを送るウィリアムだった。


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