お披露目の夜会①
五話連日更新いたします。
王宮へと向かう一台の馬車の中、そこには一組の夫婦と娘が乗っていた。
仲睦まじく寄り添う夫婦の向かいに座る娘は紅色の艶のある髪を複雑に結い上げ一輪の真っ白な百合をさし、纏っているワインの様に深い赤のドレスは胸元にレースがあしらわれ、腰からふわりと広がったスカートは幾つものドレープを効かせ落ち着いた色のドレスを華やかにしている。
少しきつい印象を持たせる金色の切れ長の目を持つ美しく凛々しい顔も優しげな化粧によって妖艶さの中に儚さを感じさせ、見る者を釘付けにすることは間違いないだろう。
娘ティアはウィリアム王太子からプロポーズを受けて半年、誰もが納得するであろう貴族令嬢へと変貌していた。
「いやぁ、何度見ても素晴らしい。美しいよ、ティア」
「ありがとうございます、ソロン様。この様な素敵なドレスを用意して頂くだけではなく、王都まで足を運んで頂いて……何度感謝の言葉を口にすれば良いか」
「そんな事は気にしなくて良いのよ、ティア。わたくし、娘にドレスを選んであげるのが夢だったのだから」
「……シェリーネ様」
感極まったように見つめるティアに夫婦は優しい眼差しを向けた。
「そうだ。今日は私の事を“お父様”と呼んだ方がいいかもしれないな。無理にとは言わないが、夜会の時だけはできるかい?」
「はい。ありがとうございます、お父様」
「それならわたくしは“お母様”ね!」
「はい、お母様」
ティアと笑い合う夫婦はティアを養子にしたヴェルモート侯爵家当主ソロン・ヴェルモートと妻シェリーネであった。
今日は王宮でウィリアム王太子の婚約者を他国に発表する夜会が開かれる。二日ほど前から周辺国より王族や貴族がやってきており、エレントル王国内は厳重な警備の元、大変な賑わいになっていた。
その中で、今回の夜会の主役の一人となるティアは両親であるヴェルモート侯爵夫婦に連れられる形で夜会へ向かっているのである。
ちなみに、騎士のままではいられなくなるため、ティアは数日前に騎士団を退団していた。後任の副隊長にはケイン・バルディが選ばれている。
しかし、退団しても騎士としての腕を落としたくなかったティアは週3での訓練参加と防衛省最高責任者であるウィリアムの手伝いをお願いしたのである。もちろんティアに甘いウィリアムは、ティアの実力も考えた上で(多分)その願いを受け入れた。
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王宮に到着した三人は、とある部屋へと案内された。椅子に腰かけ数分、待ち人は現れた。
髪と瞳の色と同じ黒の礼服に白のネクタイ、胸元にはティアと同じボルドー色のハンカチを身につけたウィリアム。
その後ろに控えるように立っているのは正式な場でのみ着るたくさんの勲章を下げた騎士服に身を包む銀髪の男、レオナルドであった。
「お久しぶりですね、ソロン殿、シェリーネ夫人」
「これはこれはウィリアム王太子殿下。お久しぶりでございます」
「遠くより足を運ばせて申し訳ありません。養子縁組の件でも直接礼にも行けず、我侭ばかり聞いてもらいまして」
「滅相もございません。このような素晴らしい子を娘にできたのですから」
「そう言ってもらえると気が楽になります」
一通りヴェルモート侯爵夫婦と談笑したウィリアムは後ろに控えるティアへと目を向ける。その瞳には先程までなかった甘さを宿していた。
「ティア……とても美しいよ」
「ありがとうございます。ウィリアム様もとても素敵です」
「ありがとう。もう黒色から逃げることは止めたんだ。他国からどう思われようと、持っている力は隠さず使うことにするよ」
「ウィリアム様のお心を知れば、他国の方もわかって下さいます。それに何があろうと隣にいます」
「あぁ」
闇魔術の使える王が誕生しても、それを民のためだけに使いたいと願うウィリアムの想いを知れば、恐れ蔑む者はいない、とティアは信じている。例えいたとしても、ウィリアムに危害なんて加えさせないとも決意していた。
そんなウィリアムとティアの睦まじい姿を見つめながらソロンは息子レオナルドを盗み見る。手紙での連絡ばかりだった息子は以前のような殺伐感はなく、不機嫌そうな表情は変わらないが柔らかな雰囲気の持ち主になっていた。これも話に聞く恋人のおかげだろうか。
レオナルドに恋人ができたという報告が届いたのは本人からではなく、王宮に務めるソロンの友人からだった。レオナルドが己の近況報告をするはずもないため、友人にそれとなく聞いた際に発覚したのである。
あの時の衝撃をソロンは忘れない。家族、使用人、皆が驚き、喜びよりも何かの間違いではないのか、と疑った程だ。もう一度友人に確認しても報告は同じで、その時にやっと事実だと理解したのである。
ティアが養子となって一ヶ月程経った頃でもあり、皆が王都で繰り広げられている急な展開についていけなかった。何度もレオナルド本人に確認しようとしたのだが、レオナルドの兄スパルクスに慌てずに待った方がいい、と説得されソロンは我慢してきた。
そんな時、夜会の話がきたのである。ティアが婚約者であると発表するとのことで、親であるヴェルモート侯爵夫婦が呼ばれたのだ。その時に屋敷の皆が考えた事は一つ、何度か会っている娘ティアの幸せのために王都へ向かう……そして、たまたまレオナルドの彼女を見る。そのためには彼女の情報を手に入れなくてはいけなかった。
「レ、レオナルド、久しいな」
「はい、父上。皆、変わりはないですか?」
「ああ、皆元気にしている。たまには帰って来なさい」
「そうですね……落ち着いたら考えておきます」
幼い頃から父であるソロンに剣術の指導を受けてきたレオナルドは、父と息子というよりも師匠と弟子のような関係にいた。そのため兄スパルクスは気さくな性格なため堅苦しさはないが、レオナルドとの会話は堅い。
そこからどうやって聞き出したものか、とソロンは頭を抱えたくなった。
「レオ、今日はティアのエスコート役を頼んだぞ」
「わかっています」
「よろしくお願いします、隊長」
「ティア、レオは隊長としてエスコートするのではないよ」
「あっ、そうですね。では改めて、よろしくお願いします、お兄様」
「お、お兄……それはやめてくれ」
顔を思い切り歪めたレオナルドを見て笑っているウィリアムとティアを見つめながらレオナルドは少し安心する。
偽りの笑顔を続けていたウィリアムと笑わないティア。そんな二人が心から笑っているからだ。思わずレオナルドも優しく笑う。その笑顔に驚いたのはレオナルドの両親だった。
「……レオナルドもあんな顔をするようになったのか」
「本当ですね。あんなレオナルドを見れただけでも王都に来た甲斐がありました」
「そうだな。だが、やはりレオナルドをあんな風にしてくれた恋人にも会いたい」
そのささやかな夫婦の会話は三人には聞こえていないだろう。しかし、思わぬところからソロン夫婦の欲していた情報が舞い込んだ。
「そういえば、今回の夜会でも精霊使い達による余興をするらしいな。父上が前回の余興をいたく気に入ってしまったそうだからな」
「他国の方がたくさんいらっしゃいますからね。私も楽しみです」
「おい、レオ。緊張しているだろうからリリアンに声をかけてやりに行ってもいいぞ。まだ時間はあるからな」
ソロン夫婦は知らぬフリをしながらもしっかり聞き耳をたてている。
当のレオナルドは憮然とした態度でウィリアムと対峙していた。
「いいえ、彼女の仕事ですから。仕事前に顔を出しに行くのは公私混同ですし」
「お前、相変わらず固いな」
真面目な顔で返すレオナルドにウィリアムは呆れたように小さく息を吐く。
「なら仕方ないか。今頃、ハイドがリリアンの緊張をといてくれているだろうしな」
「なっ!?」
「ハイドは優しい男だからな。きっとリリアンも安心すーー」
「ちょっと行ってきます」
言葉の途中で扉へと向かったレオナルドを見てウィリアムとティアは小さく吹き出す。あんなに焦った顔をするのなら最初から素直に心配だと言えばいいのに、と思うウィリアムだったが、その不器用さがなんともレオナルドらしかった。
その背後でソロン夫婦が『夜会に出る精霊使いリリアン』という新たな情報を得て、姿が見れると喜んでいたことをウィリアムが見逃すはずもない。上手くいったとばかりにほくそ笑むウィリアムの姿をティアは苦笑い気味に見つめるのであった。




