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思わぬ遭遇

リリアン視点です。

 

「はぁ……緊張した。国王陛下に面会する時の所作なんてわからないのにー」



 精霊省にあるハイドさんの研究室に戻るため王宮の廊下をトボトボと歩きながら、思わず愚痴が溢れる。国王様との面会は戦の時以来なので二度目だからと余裕があるはずもなく、あの固く重い空気を思い出すだけでも疲労が増す。今回はティアがいてくれてよかったと思う。貴族はあんな場面を何度もこなさなければいけないのか、と思うとやっぱり私は無理なのかなと考えてしまう。



「あー、もう。また後ろ向きになってる。折角助かったんだし、後悔しないためにも当たって砕けるって決めたじゃない!」

「何に当たって砕けるんだ?」

「ひぃやっ!」



 自分を奮い立たせるための独り言に何故か質問が返ってきた。その事に驚き、思わず変な声と共に飛び上がる。

 恐る恐る振り向いてみれば、怪訝な表情のまま少し首を傾げるという可愛らしい…ごほんっ、いや、珍しい姿のまま立っているヴェルモートさんがいた。



「ヴェルモートさん!? な、な、なんでこんなところに?」

「え、あー、いや。国王の面会が終わった頃かと……」

「え? あぁ、ティアに用事ですか? ティアなら王妃様に呼ばれて、そちらに行きました」

「あぁ……そうか。いや、急ぎではないからいいのだ」



 何だか珍しく落ち着きがないヴェルモートさんを不審に思いながらも、船を降りてから忙しそうで話す機会もないままだったので、久しぶりに彼に会えてラッキーと心の中で喜んだ。



「それで先ほどの話だが……当たって砕けるとは」

「えっ! あ、いや……」



 貴方に気持ちを伝えて当たって砕けようとしてました……なんて言えるわけないじゃない! 確かに命の危険に晒された時、ちゃんと彼に想いを伝えておけばよかった、せめてそんな女がいたと知ってほしい、と思った。けれど、このタイミング……というか当たって砕けるって言葉を聞かれた後はさすがにないでしょう。投げやりに想いを伝えたなんて思われたくない。

 何年も貴方を思い、忘れられず、諦めきれず、告白したのだと。軽い気持ちなんかじゃないのだということはわかって欲しい。



「いや、すまん。言わなくていい。私が聞いていい事ではないな。ハイドの研究室に戻るのだろう? 送っていこう」

「あ、はい……ありがとうございます」



 ヴェルモートさんが進み始める。少し遅れて私が反応すると、前回は黙々と前を歩いて行った彼が私の横で進み出すのを待っていた。私が進み出すの見てから横に並んだまま彼が再び歩き出す。

 いつもは彼の後を追うように背中を見つめながら歩いていたのに、今日は自分の片側が温かい。触れていなくても感じる彼の存在の近さが嬉しくて堪らなかった。



 ーー言わなくていい。私が聞いていい事ではないな。


 いいえ、聞いてほしいんです。貴方にしか言えないことなんです。貴方が好き、貴方の近くにいたい。貴方が好き、貴方と共に生きたい。

 そう伝えたら貴方はどうしますか?



 今までにない距離にいるヴェルモートさんを盗み見る。私の手の近くで揺れる大きくごつごつした手。長い腕、鍛え上げられた厚い胸、太陽の光を反射するように輝く銀色の髪、真っ直ぐ前を見る鋭い茜色の瞳、高い鼻、固く結ばれた口。

 なんでもない日常生活の中、こんなに彼を近くに感じたのは初めてだろう。この距離を知ってしまったら、離れたくないと思ってしまう私は強欲なのかもしれない。


 ただ知ってほしいだけと言いつつ、彼を諦めるためと思いつつ……やっぱり現実にあらがいたくなる。もう少しこのまま。あと少しこの時間を……そして後悔するのだ。彼の隣に女性が現れ、想いを告げられなくなったその日に。

 それはやっぱり駄目だ。私が前へ進むには、彼へ伝えなくてはいけない。



「あ、あの! ヴェルモートさん!」

「なんーー」


「レオナルド様!」



 私の小さな小さな勇気は、すぐに萎んでいった。彼女が悪いわけじゃない。彼女も一生懸命なんだから。結局私に自信がないだけ。



 王族としてはあるまじき、いや、淑女としてはあるまじき事だろう。王宮の廊下をヴェルモートさんの元までドレスを持ち上げ、懸命に走ってくる女性。ストロベリーブロンドの髪をなびかせ、大きな薄緑の瞳を潤ませながら走ってくる彼女は、それでも可憐で美しく見えた。

 もちろん彼女に呼びかけたのは他の誰でもなく、ヴェルモートさんしかいない。



「フローリア様! 走ってはなりません、転んでしまいます!」



 ダイアン王国王女は肩で小さく息をしながらも私達の前で止まった。そりゃそうだ、ヴェルモートさんのところに来たのだから。



「レオナルド様が帰っていらしたと聞いて、いてもたってもいられなかったのです」



 なんだろう……感動の再会の場面を見ているようだ。心配でたまらなかったと目で語る美しい王女とそんな彼女を困り顔で見つめる貴公子。うん、そんな感じ。

 他人事のように見つめるのは以前にもあったな、と沈みかける自分を見ないように昔を思い出す。現実逃避をしかけた私を引き戻したのはフローリア様だった。



「リリアンさん! 無事だったのですね? あぁ、本当によかった」

「あ、ありがとうございます」



 とても嬉しいと言わんばかりの笑顔と抱擁に驚きつつも、なんとか感謝を述べる。こんな数回しか会っていない精霊使いを本当に心配してくれている様子だった。



「フローリア様、彼女もまだ万全ではないのです。どうかご容赦ください」

「あっ、ごめんなさい。つい嬉しくて……リリアンさん、大丈夫だったかしら?」

「は、はい。大丈夫です」

「よかった」



 なんだか二人に気を使わせたみたいで申し訳なく、ヴェルモートさんに黙礼すると、少し口角を上げ、目を細めながら頷かれた。最近は本当に表情が豊かになってきたようだ。

 フローリア様に視線を戻すと、フローリア様はヴェルモートさんを見つめていた。あぁ、私邪魔だろうな。そう思って今回も小声でフローリア様に語りかける。



「フローリア様、私はこれで」

「え? あ、えぇ、わかったわ。ありがとう」

「とんでもございません」



 身を引いて彼女から離れると、二人に頭を下げてその場を後にする。後ろから私の名を呼ぶヴェルモートさんの声が聞こえたが、聞こえないフリをして歩き続けた。



「はぁ……結局、伝えられなかったなぁ」



 希望なんて持てない。そんな恋に向き合うのはしんどいとため息が漏れる。決意が揺らぐのは欲があるから、でも、好きな人と結ばれたいなんて皆が思うことじゃない。それでも伝えようと頑張る人がいるんだから、私も覚悟を決めなくちゃいけない。



「あぁもう。一人の時に覚悟が決まっても意味ないよぉ」

「リリアン!」



 落ち込んでいると、また背後から声がかかった。重い頭を動かして振り返って見れば、視界に暗めの金髪に赤みがかった茶色の瞳の男性が入ってくる。



「フェルナン!?」

「あぁ、よかった。最近みんなの姿を全然見なかったから心配してたんだ! なんか王都では貴族が捕まったり色々あったし、みんな大丈夫なのかい?」



 心配の色を隠せない表情のフェルナンを見て、何故か涙が溢れてくる。勇気付けてくれたのに、応援してくれたのに、私は彼に想いを告げられていない。そう思うと悔しくて、涙が止まらなかった。



「うぅ……フェルナーン。私まだ伝えられてないのぉ。ネックレス貰って応援してもらったのに、できてないのぉ。ネックレスも青くなくなっちゃったし、ひっく……もう駄目なのかもしれないぃ」

「おいおい、リリアン。どうした?そんな思いつめんな。どれ、ネックレス見せてみろ。直せるかもしれないだろ」

「うぅぅ……」



 フェルナンがネックレスを見ようと、私の下ろしている髪を首から避けるために手の甲で持ち上げる。されるがままにしていると、突然目の前に腕が伸びてきた。その勢いのままフェルナンの腕をつかむ。

 痛みに耐えるような小さな声を漏らすフェルナンを見た後、恐る恐る腕の先をたどる。そこには……



「貴様、こんなところで何をしている」



 聞いたことのないような低い声を発するヴェルモートさんがいた。


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