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親の願い

ティア視点です。

 

 船上でリリアンに話を聞いてもらってから、自分の気持ちと向き合えるようになってきた私は、ウィリアム様を見て胸が苦しくなるものの、今までと変わらない状態で勤務できるほどに回復してきた。


 船での三日間も順調に終わり、アルフォード伯爵の屋敷の中にある転移装置であっという間に王宮へと戻る事ができた。約九日間という短い期間で起こったとは思えない出来事を熟した私達は一日休みを貰い、翌日、国王様との面会が行われた。今回は誘拐されたリリアンと王太子の命を救った私の二人が呼ばれることとなった。もちろん面会しない他の者達にも活躍を讃える臨時収入が入っているはずだ。



 滅多に通される事のない謁見の間の扉の前にリリアンと二人で立つ。国王様に会うということで私は正式な騎士服をリリアンは正式な場でのみ着る精霊使いのローブを羽織っている。お互い緊張のあまり一言も話すことなくここまで来てしまった。

 これからお会いするのは国王様であり、ウィリアム様のお父様。そう考えるだけで倒れてしまいそうだ。



「では開きますよ」

「お、お願い致します」



 緊張のあまり震える身体を必死におさえつける。思い出せ……思い出せティア。ズワーダ王国では国王様にだってよく会っていたはず。その時のように落ち着いていればいいのよ。懸命に言い聞かせながら、真っ直ぐ前を向いた。

 扉が開くと真っ赤な絨毯が奥まで伸び、その先には数名の騎士と大臣、ウィリアム様、カール様、そして玉座に座っている国王陛下と王妃様がいらっしゃった。頭を下げ、名前を呼ばれてから前へと進んでいく。国王陛下の前まで行き騎士の最敬礼をとる。



「面をあげよ。そなた達がティアとリリアンか。なんとも美しく可愛らしい女性達だな」

「そうですわね。こんなに可愛らしい女性が勇敢に立ち向かってくださったとは、エレントル王国の誇りですわ」



 目の前で微笑み合う二人がライアン国王陛下とクリスティーヌ王妃。ライアン国王は癖のある金髪に青い瞳、優しげな顔立ちは歳をとっているのを感じさせず、若い頃はさぞかし人気があっただろうと思わせる。全体的にカール様は国王に似たのだろう。一方、クリスティーヌ王妃は美しい黒髪に濃い紫色の瞳を持つ妖艶な女性であった。どこか儚げな雰囲気を持つが、声を発すれば芯の強さを感じられる方だった。髪色などはウィリアム様が似たようだ。



「そなた達を呼んだのは他でもない。他国の陰謀に巻き込んでしまったリリアンとウィリアムの命を守ってくれたティアに直接礼を言いたかったからだ。今回はよくぞ働いてくれた。誠に感謝するぞ」

「私達にはもったいなきお言葉、誠にありがとうございます」



 私に合わせるようにリリアンも頭を下げる。終始厳かな雰囲気にリリアン共々疲弊していたが、大きな失敗をする事なく、なんとか面会終了時間まで過ごす事ができた。退出を促され、もう一度挨拶をして頭を下げてから去ろうとした時、クリスティーヌ王妃が待ったをかけた。



「ティアさん、この後少しお時間をいただけないかしら?」

「え……あ、はい! もちろんでございます」



 突然の申し出に言葉を詰まらせるも、なんとか返事をする。その返事に微笑みながら頷かれたクリスティーヌ王妃を見てホッと息を吐くも、なぜ呼ばれたのか全くわからず、困惑したままリリアンと別れ、王妃付きの侍女に部屋へと案内された。


 案内された部屋は真っ白な調度品の揃えられた明るい部屋だった。大きな窓からは外の景色がよく見え、中央に用意されているテーブルの上には色とりどりのお菓子が並べられている。正にこれからお茶会です、とでも言いたげなセットだった。侍女に勧められるまま椅子に座ると、侍女は部屋を出て行ってしまい、取り残された私はどうしたらいいのかわからずソワソワしてしまう。


 緊張していたからか扉の外の靴音が聞こえてきて、いてもたってもいられず立ち上がって待つ。もちろん入ってきたのはクリスティーヌ王妃だった。私を一度見てクスリと笑うと、私の向かえ側に立ち「座ってちょうだい」と言いながら腰を下ろした。



「突然お呼び出てしてごめんなさいね。わたくし貴方とお話がしてみたくて」

「お話し……ですか」



 ふふふと笑われるクリスティーヌ王妃は紅茶を一口飲んでから、再び私に視線を向けた。その一つ一つの動きが優雅であり、女性的であり、威厳さえも感じられた。これが王妃なのだ……やはりそう簡単になれるものではない。



「単刀直入に聞くけれど、貴方はウィリアムの事をどう思ってる?」

「え?」

「あら、やっぱり単刀直入すぎたかしら?ごめんなさい、別にどうこう言おうとしている訳ではないの。ただウィリアムは将来国王になる者である前に、わたくし達の息子だから」



 これはどういう事だろう。ウィリアム様の想いを知った上で私に聞いているとしか思えないんだけど、牽制されてる訳でもなさそうだし。私がウィリアム様に伝えた言葉を知っているのなら誤魔化してもバレる……どころか嘘をついてることになる。でも私の気持ちをストレートに伝えていいものなの? 私はただの平民出の騎士よ。



「ウィリアムは黒い瞳で産まれたせいで、相当苦しんできたわ。それでもあの子は文句一つ言わず、立派に努力を続けてきた。そして、闇魔術を持っていても文句が言われない程の存在にまでなったわ。それでも多くの事を我慢してきたからだと思っているの。貴方もそう思わない?」

「……はい。そう思います」

「わたくし達ね、貴族には珍しい恋愛結婚だったの。だから、あの子にもそれぐらいは叶えさせてあげたい」



 王妃は何を言っているのか。それではまるでウィリアム様と私の仲をお認めになると言っているようではないか。ウィリアム様には婚約者候補がいて、私には暗い過去があるというのに。



「大変失礼だとは思いますが、王妃様は由緒ある伯爵家のご出身でございます。ウィリアム様のお相手が誰でもよいはずがございません」

「ズワーダ王国出身の貴方では駄目ということね?」

「!」



 王妃の言葉に息を呑む。知っていたのか、いや、知っていて当たり前か。ウィリアム様だけに承認されたからと私がエレントル王国の騎士になれるはずがないのだ。ズワーダ王国に交渉してくれた時も国王に許可をとるに決まっている。

 しかし、これではっきりしただろう。私は隣国ズワーダ王国で処刑されているはずの人間。例えズワーダ王国の国王自身が国外へ逃したとしても、他国の王子と結びつくなんて無理な話だ。



「全て知っているわ。貴方の過去も貴方のご両親のことも」

「では何故、私にこのようなお話しをなさるのですか?」

「貴方と話してみたかったのよ。息子が求める女性をね」



 優しげに笑う王妃を見つめ続けることはできなかった。あんなに私が悩んでも悔やんでも、結局はこの瞬間、他人の一言で全て決まるのだ。どれだけ彼を求めても王族の言葉に歯向かうことなどできないのだから。



「私は……いかがでしたでしょうか」

「えぇ、とても気に入ったわ」

「へ?」

「凛として美しく、芯のある女性ね。剣の実力もかなりのものだと聞いていますし、我慢し努力できる方なのでしょう」



 王妃の言葉に呆気に取られる。このままでは夢を見てしまう。希望を持ってしまう。一度は諦めた彼の隣に立つことを考えてしまう。



「私はご存知の通りの過去を持つ人間です。ウィリアム様の掲げる理想の国をつくる邪魔になるかもしれません」

「そうかもしれないわね。でも、貴方は何も悪くない。それどころか苦しい過去に向き合い、辛い選択を自分で選んだ。それは簡単にできることではありません。貴方は貴族であって、平民であって、騎士でもある。多くの民の気持ちがわかるはずだわ。それに、貴方も幸せになっていいと思うのよ」

「クリスティーヌ様……」



 甘い囁きが私を包む。本当に良いのだろうか。彼に好きだと、隣にいたいと伝えてもいいのだろうか。優しいクリスティーヌ王妃の眼差しがウィリアム様を思い出させ、最近緩くなっている涙腺が崩壊しそうになる。



「し、しかし、婚約者候補のジルベルト様とルイーズ様が……」

「あぁ、大丈夫よ。彼女達からの申し出だから」

「……どうゆうことでしょうか?」

「ウィリアムが心を開き、あの子を癒せるのはティアさんだけだと言ってきたの。ジルベルト嬢は騎士団長だったお父様に連れられて幼い頃からウィリアムやレオナルド、ロベルトの遊び仲間だったの。だからウィリアムの想いを叶えたいんだそうよ。ルイーズ嬢は王妃はやはり考えられないと……おっとりした子だから人の上に立つのが苦手みたいね」

「では」

「候補を辞退したいと申し出があったのよ。ドリアーヌ嬢は今回の件で白紙ですしね。だから、もし貴方がウィリアムを選んでくれるならーー」





 半分放心状態のまま部屋を後にし、騎士団本部へ向かう。

 考えることもできないほど畳み掛けるように多くの事を伝えられ、足もおぼつかない。フラフラと美しい庭園の横を抜けようとすると、花々の中に一人の男が立っていた。見間違うことのない彼を見た瞬間、頭の中がスッとクリアになり、景色が鮮明になる。ずっと考えていた彼が今、私の目の前にいる。

 私に気付いた彼は、真っ直ぐ私を見ると目を離すことなく一歩一歩近づいてきた。その漆黒の瞳から目を逸らすこともできず、足も動かず、ただ彼が近づいてくるのを待つかのように立ち尽くす。



「ティア」

「ウィリアム、様」



 女の名を呼ぶ柔らかな男の声と詰まるように発せられた女の声だけが辺りに響いた。


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