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女騎士の想い

ティア視点です。

 

 身体が勝手に動いた。それが一番正しい表現だと思う。




 リリアン救出のため地下室に入った時、ぐったりと横になっているリリアンを見て最悪の状態を想像した。怒りが爆発しているヴェルモート隊長の横で、血の気が引いていったのがわかる。


 守れなかった


 そう思っただけで力が抜けていきそうだった。それを何とか我慢できたのは、隊長がなりふり構わず敵に突っ込んでいったから。他の二人の敵には見向きもせず走り込んで行ったのを見て、援護しなくてはと咄嗟に思ったことでショック状態を乗り越えた。

 敵を全て捕らえ、ウィリアム様がリリアンを診て、大丈夫と言ってくれた時は泣きそうだった。よかった……本当によかった、ただそれだけ。家族を失わずに済むと心から安堵した。あの後すぐに目を覚ますことなく、三時間も意識が戻らないリリアンを見ていても、必ず目を覚ますと信じて待てたのはウィリアム様の言葉のおかげだと思う。ウィリアム様が約束してくれたから大丈夫、そう自分に言い聞かせることで、不安な時間を耐えぬけた。私はいつの間にか彼を心から信用するようになっていた。リリアン達家族以外で初めて心を開いた人かもしれない。


 だからだろうか、あの時……ウォルバット宰相がウィリアム様に攻撃を向けた時、考えることもなく身体が勝手に動いたのだ。ウィリアム様を守りたい、失いたくない、その想いだけで動いていた。それは忠誠を誓った騎士の私と彼を王太子としてではなくウィリアム様として信じる私の思いの狭間での行動だったのかもしれない。

 私は魔力が高くないから魔術も使えない。ただ誇れるのは剣だけ。だから魔術を跳ね返せないことはわかっていたけれど、せめて彼は守りたい。



「ウィリアム様!」



 勝手に走り出した身体はとても軽く、こんな状態なのに周りを見る余裕さえあった。ちらっと視界に入ったリリアンの顔を見て「ごめん」と心の中で謝る。私を家族として受け入れてくれたリリアンとザックの目の前でこんなことをして、ごめんね。でも彼だけは守りたいの。伝えられないけれど、あの一瞬でそう思ったのだ。彼は私にとって命をかけてでも守りたい存在だから。


 剣から伝わる痺れるような振動、身体を伝う激しい痛みや熱、息苦しさ、全てが辛いのに彼が無事でよかったと思える。彼はエレントル王国を素晴らしい未来へ導く国王になれる方、そして私の……


 突然、受け止めていた魔術が消える。目線を動かせば手を伸ばすザックが見えた。きっとザックが助けてくれたんだわ。そう思いながら意識が遠のいていく。身体を支える力はすでに残っておらず、重力に逆らうことなく地面に引っ張られていく。



「ティアァアアアア!」



 遠のく意識の中、頭に響いたのは私の名を呼ぶ悲痛なウィリアム様の叫び声だった。


 彼はこんな事をした私を許してなんてくれないだろう。自分に支える者を大切に思っている彼ならば、自分を守るために命をかけた騎士()がいることを喜びはしない。

 それに私は彼の好意を知っている。彼の気持ちを知りながら、彼が苦しむのを知りながら、それでも自分の意思を優先した。だからせめて伝えたかった……騎士としてではなく、ティアとして貴方を救いたかったのだと。そうすれば彼の苦しみが減るのではないか、と思うが、それは違うということもわかっていた。どうしたら貴方は許してくれるだろう。あぁ、私は死ぬ時まで彼のことを考えている。そんな自分に少し呆れつつ、暗闇に吸い込まれていくのだった。






「ティア……ティア………」



 どこからか私を呼ぶ声がする。かすれていて泣き出しそうな声。一度も聞いたことのない声色なのに、何となく誰だかわかる。私は死んでまでも彼を探し求めているのだろうか。


 精霊王様、どうか私をお救いください。たしかに私は騎士として多くの命を奪ってきました。悪いことをしていません、なんて胸を張るつもりはありません。それでも自分勝手に人を殺めたこともないし、信念に基づいて行動してきたつもりです。だから、もう彼を思い出させないで、彼を求めさせないで。どうか、何もしないで両親の元へ連れて行ってください。きっと今なら、騎士としての誇りを持ってお父様とお母様に会えるから。お父様との約束である立派な騎士に少しはなれたはずだから。



「いくなティア! 俺から離れないでくれ!」



 まだ聞こえてくる、真っ暗な世界に響く彼の声。会いたい、姿を見たい…溢れてくる気持ちが止まらない。覚悟は決めていたのに、両親の元へ行けると自分に言い聞かせていたのに。やっぱり私は皆のいる世界が恋しくてたまらないようだ。



「……ウィ…リ……」



 声を出そうとすれば、お腹の辺りに痛みが走る。痛みがある……私はまだこの世にしがみつけているのだろうか。希望を持っていいのだろうか。重たい瞼をゆっくり上げる。光の眩しさでよく見えない視界がひらけてゆけば、そこには今にも泣きそうな顔のウィリアム様がいた。



「ティ、ティア?」

「……は、い」



 ウィリアム様が俯き艶のある黒髪が彼の顔を隠す。ただ私の肩を抱く彼の手に力が入ったことがわかった。



「……ウィ、リアム……さ、ま」



 顔を上げた彼は美しい漆黒の瞳に涙をため、整った顔をくしゃりと歪め私を見る。そのいつもより幼く見える表情の彼を確かめようと手を伸ばせば、ギュッと握りしめられた。その手のぬくもりが温かくて、自然と涙が頬を濡らす。



「よかった。本当によかった、ティア。俺は君を失うなんてたえられないよ」

「申し訳……ありま、せん」

「いや、謝らないでくれ。ティアは俺を守ってくれた。その行動を否定したくない、ただ俺の勝手な願いだ」



 そう言うウィリアム様はぐっと顔を歪めた。それは私がお父様とした立派な騎士になるという約束を知っているから、その騎士としての志しを貫き、主を守るため命をかけた私の思いを尊重しようとしてくれている。それでも私を失いたくないと、我慢できずに漏らした自分を責めているのだろう。私はウィリアム様の手を強く握り返す。



「私は貴方様を……守りたいのです。失いたくは、ないのです」

「わかっている。ティア、君はもう立派な騎士だ」

「ありがとう、ございます。ですが、騎士としてだけではなく……一人の女としても守りたいのです」

「ティ、ア?」



 驚きを隠せないウィリアム様にゆっくり微笑む。

 薄々気付いていた。花束を送られた時にすぐ断らず、会わないように逃げていた理由も。心から彼を信じている理由も。彼を失うくらいなら命をかけて守りたいと思う理由も。顔を見るだけで安心して自然と涙が溢れる理由も。


 私はただの騎士。いや、ズワーダ王国で処刑した事にされ逃がされた、父親は黒魔法に落ちて二年半前の戦にまで出ていた。そんな過去を持つ女。だからウィリアム様とは結ばれてはいけない、好きになってはいけないと思っていた。それなのに、彼との糸を切りたくなくて逃げていたのだ。私は王妃にはなれない、これ以上迷惑はかけたくない。エレントル王国の騎士でいられる事に感謝して、彼と結ばれるのは諦めよう。それでもせめて、彼を守りたい。騎士としてだけではなく、彼を愛する女として。それ以上は望まないから、それだけは許して欲しい。



「騎士としてだけではなく女として、忠誠心だけではなく愛情を抱えて、貴方様を守ることをお許しください。私はそれだけで良いのです」

「……それが俺の想いへの答えなのか?」

「エレントル王国を愛する貴方様を守るための答えです」

「国の……ためか」



 そう思われても構わない。彼が国のために汚れ仕事もこなし、心を痛めていたことを知っている。寝る間を惜しんで慣れない仕事をこなしているのも知っている。自分を犠牲にしているのも知っている。だから、彼を苦しめようと、今まで築いてきた道を私で壊したくはないのだ。過去はいつかバレる。それが何時なのかわからないが、危険な存在を抱えてほしくない。


 突然肩から手を離され、床に寝させられる。突然といっても、手つきは優しく痛みはないのだが、繋がっていた手を離し、立ち上がった彼は私の元から去っていった。心配気に横に座っていたセレーナが私に声をかける。



「ティア、大丈夫?」

「ええ、私が決めたことだから。セレーナ、助けてくれてありがとう。だいぶ痛みもなくなったわ」

「いいの。傷はもう大丈夫よ。ちょっと出血が多かったから、戻るまでは少し我慢してね」

「ありがとう」



 優しく微笑みながら首を横に振るセレーナに笑いかける。そのあとリリアンが飛びついてきて盛大に泣き始め、ザックには怒られた。死んだと思っていたあの時とは全く違う賑やかさが私を包む。やっぱり死ななくてよかった、そう思うと笑いながらもまた涙が溢れた。緊迫していた空気が一変して異常なほど賑やかになる。きっとわざとなんだろうと思いつつ、その優しさに甘えて彼の事を考えないように話し続けるのだった。



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