精霊使いキレる
リリアン視点です。
「ティアァアアアア!」
ウィリアム様の叫び声でハッとする。立ち尽くしているのは私だけで、皆はウィリアム様やラルフレット国王を守るように動き出していた。
「早くそやつを捕まえろ!」
ラルフレット国王の怒号が飛ぶ。ゴーセルは押さえ込もうとする騎士達を魔術を使い弾きとばし、その攻撃をエレントル王国の魔術師が防いでいる。なぜここまで強気なのか。
「お前達出てこい!」
その答えは簡単だった。ゴーセルの声に反応するように複数の魔術師が扉や窓から入ってきたのである。もはや反逆者に成り下がっている。
「セレーナ、すぐにティアを診てくれ! 他の者は必ず守り抜け!」
「「「はっ!」」」
ヴェルモートさんが指示を飛ばす足元では、仰向けで倒れるティアを支えるように肩を抱くウィリアム様がいた。ウィリアム様の服は血に染まり、ぐったりと力なく倒れているティアの顔は血の気が薄い。
私の耳に入ってくるのは怒号や爆発音、金属の擦れる音、悲痛な叫び声、そしてウィリアム様のか細いティアの名を呼ぶ声だった。
二年半前の戦と何も変わらない。それぞれの身勝手な想いがぶつかり合い、流す必要のない血が流れている。
何故こんなことになっているの? どうしてティアがこんな目に合わなくてはいけないの? 他国の争いに巻き込まれているだけじゃない。いや、自分の欲だけを満たそうとしている人の横暴な行動に巻き込まれたせい。
「あいつら全てを黙らせろ! 私達の考えは間違っておらん!」
ゴーセルの叫び声を聞いた瞬間、何かがプチンッと私の中で弾けた気がした。
間違ってない? 多くの関係ない人を巻き込んで傷つけて、間違ってないわけないでしょ? 私を誘拐したのだって、精霊王を呼べるのが私だと広めればエレントル王国が衰退するからって、衰退した国に住む国民はどうなるの。優遇された魔術師だけが幸せな世界を造ってどうするのよ。
考えているだけで腹が立ってきた。いつの間にか私の近くにティアを抱いたウィリアム様とセレーナ、三人を守るようにヴェルモートさんが来ていた。
「リリアン、ウィリアム様達と共にここを抜けるぞ。ここは危険だ」
「……」
「リリアン?」
無反応の私を心配してか、周りを警戒しながらヴェルモートさんが覗き込んでくる。しかし私が見ていたものはぐったりしたティアと悲痛な面持ちでティアを見るウィリアム様だった。先ほどの威厳に満ちた風格はなく、今にも泣き出してしまいそうなウィリアム様を見ていると、私が嘆いてる暇はないと思えてくる。この二人を守りぬかなければティアのした事が意味をなさなくなる。
「やれ! やるのだ!」
ゴーセルの言葉通り、魔術師の数と部屋の大きさにより、こちらの方が不利のようで押されてきている。ゴーセル達の顔にも余裕が見えてき始めた。
「いいかげんに……」
「おい、リリアン。何をしている、そちらに行っては危険だ!」
前へと進み出す私を止めようとヴェルモートさんが声をかけてくるが、私は反応をせず進み続ける。もう黙って見ているのは限界だった。このままゴーセル達が勝ってしまえば、ナルエラ王国は終わり世界も終わる。幸せな今を身勝手な理由で壊されてたまるか。誰のおかげで力を使う事ができるのか、感謝する心もない人に精霊達を侮辱させてたまるか。そう思うと、黙っていることはできなかった。
「いいかげんにしてぇえええ!」
女性特有の高い声が突然響き渡った事に驚き、皆がいっせいに私を見る。
「あなた達のやることは許せません!」
「うるさい! あいつは痛めつけてもいいが、生きたまま捕まえろ!」
ゴーセルの指示で数名の魔術師が私に魔術を放つ。ヴェルモートさんやザック、ハイドさんが私を呼ぶ声がする。みんな私を守ろうとしてきてくれた人、でも私は守られるだけの女じゃないと知っているでしょ?
「みんな! いくわよ!」
私の合図と同時に精霊が姿を現す。風の精霊シルが私の周りに風の渦をつくると放たれた魔術は全て弾け飛ぶ。風の速度を上げれば上げるほど防御力は上がる。水の精霊ディーナと火の精霊フリード、光の精霊トールは敵だけを狙い撃ちしていく。術式も呪文もなく複雑な攻撃ができる精霊はある意味無敵だと思う。人間のように術式で用途を増やすことはできないけれど、攻撃するだけなら十分だ。
最初は精霊の攻撃を防いでいたが、魔力消費のある人間と消費のない精霊の攻防など結果は一目瞭然だろう。魔力切れで弱っていく魔術師を植物の精霊カリシアが太い木の枝をくねらせながら捕まえていく。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「待ちませんよ。私は言ったはずです、許せないと」
カリシアの木の枝から一人一人魔術師が騎士達に捕らえられていく。最後に残ったゴーセルが必死に懇願してきたが、私に許すという選択肢はなかった。
「今回、ウィリアム様がこういう形にしたのは穏便に済ませるためだったはずです。それを踏みにじり、罪から逃れるために自国の国王だけでなく他国の者にも手を出すなんて……あなたは罪を償う必要があります」
「こんなことをしてどうなると思っているのだ!」
「あなたこそどうなると思っているのですか?」
「私のように魔術師が絶対だと思っている者など山程いるぞ。私を裁いたところで、また同じ事が起こるはずだ!」
この状態でもニヤリと笑えるゴーセルは凄いなぁ、と変なところで感心してしまう。そして、その言葉は正しいのかもしれない。この国は魔術師が優遇されているから特にだ。
「では一つ良い事を教えてあげます」
「良い事だと?」
「この世界全てには精霊が宿っています。人間は精霊王が見守ってくれているのです」
「だからなんだと言うのだ。感謝しろとでも?」
「もちろん感謝は必要ですが、精霊王が魔力の器を授けてくださったことはあなたも知っているでしょう? あなたはどうして授けられるなら奪うこともできると気づかないのですか?」
「な、なに?」
私の一言に驚くゴーセルは滑稽だった。あなたの理想が叶っても、魔術師でいられなくなったら優遇される立場ではなくなる。
「精霊王はいつでも人から魔力を奪うことができます。それをしないのは魔力によって発展した人間を想ってのこと。ただの精霊王の優しさです。精霊王を侮辱するようなあなたの魔力が奪われないなんておかしいでしょ?」
「そんなことあるはずが……」
「ないと言えますか? 私が言っているのに?」
あなたは私が精霊王を呼べると知っているのでしょう? ここにいるほとんどは知らないから、精霊使いが言っているくらいにしか思わなくても、あなたならわかるでしょう?
そう言いたげに首を傾げれば、ゴーセルは全ての力が抜けるように項垂れる。カリシアが枝から解いても、騎士に捕らえられても、微動だにすることはなかった。それほどまでに、あの男にとっては魔力の高さが自分を誇るため、自分であるためのステータスだったのだろう。しかし、なぜ今の自分があるのかを理解できていなければ意味などないのだ。
連れて行かれるゴーセルを最後まで見ることなく、ティアの元へと戻る。周りも私の言動を見守るように黙って見ていたが、私が動き出すとそれぞれ動き始めた。
セレーナがティアに懸命な光魔術で治療を施している。どうやら出血は止まったようだが、出血量が多いのか意識が戻る気配がない。
「ティア……すまない。私を守るために……ティア戻ってきてくれ。ティア」
セレーナと反対側に膝をつき、ティアに話しかけているウィリアム様は見ていて痛々しく、私が泣き言を言えるような状況ではなかった。側にいるヴェルモートさんも声をかけられず、心配した面持ちで立っている。
「ティア……ティア……俺の側から離れないでくれ」
ティア、早く起きて。このままじゃウィリアム様が壊れてしまうわ。ティア、どうか早く目を開けて。
ただただ私達は祈るように見つめる事しかできなかった。




