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黒幕の正体

リリアン視点です。


 汚れてボロボロの私の服では行けないからとティアが頼んで用意してもらったワンピースを着て部屋を出る。王城の中は魔術師の多い国というだけあって、ランプが浮いていたりとなんとも幻想的な内装だった。真っ赤な絨毯のひかれた廊下や至る所に細かな彫刻を施された壁は物語に出てくる城のようで、エレントル王国の王宮とはまた違う嗜好に興味が湧きっぱなしだ。

 キョロキョロと見ているとザックに小声で注意され、前を歩くヴェルモートさんとティアへと視線を戻す。


 あれから詳しく話を聞けば、私が救出されてからまだ3時間ほどしか経ってないそうだ。たったそれだけ? と思ったが、色々なことが起こっていたからかなりの時間が経っている気がしただけで、闇魔術は一瞬のことだったようだ。逆にたった3時間程で黒幕を追い詰められるなんて、手際がよいにもほどがある。これも全てウィリアム様の采配だなんて……いつもニコニコ笑っていて何を考えているのか掴めない人だとは思っていたけど、結構すごい人なのね。これは口にしないけど。



「ここで待っていろ。良いと言うまで出てきたら駄目だぞ」



 小さな扉を潜ってすぐ、ヴェルモートさんが立ち止まり私に指示を出した。目の前にある高い天井から下がった真っ赤なカーテンを指しながら。



「どうしてですか? 立ち合わせてくれるとおっしゃったではないですか?」

「立ち合わせるが、敵の動きも見たいのだ。証人ともなるリリアンが待っていれば探れないだろう。後から中に入れるから、ここから覗くだけにしてくれ」



 困った顔をするヴェルモートさんを見て、ここまで我儘を聞いてもらったのだからこれ以上は迷惑をかけてはいけないかと諦める。別にそんな顔をさせたい訳ではなかったのだ。



「わかりました。ここでこっそり覗いています」

「ありがとう」



 ヴェルモートさんは口角を少し上げると、背を向けてカーテンの奥へと姿を消した。ティアとザックも後に続いていく。私はといえば、この短い時間に二度も彼の笑みを見て瀕死状態だ。なんなのだろう、今日のヴェルモートさんは。今までも優しい人だとは思っていたが、外から見てわかる優しさを持ち合わせている人ではなかったはず。この問題が片付くから機嫌が良いのか?何か嬉しいことでもあったのか?

 好きな人の笑顔が間近で見られるという素晴らしい出来事も、滅多に見せない彼の破壊力抜群な笑顔では精神力がもたなさそうだ。それでも嬉しくて小さくガッツポーズしてしまうことは見逃していただきたい。




 カーテンの奥から微かに声が聞こえ始めた。なんとか心を落ち着けて、カーテンの間から覗きこめば、そこは広いホールのような部屋だった。ダンスホール程ではないが、多くの人数を収容できる大きさの部屋に、エレントル王国の紋章をつけた騎士や魔術師、ハイドさんの姿も見受けられる。玉座に座る勇ましく大きな男性はナルエラ王国国王様だろう。その隣にはウィリアム様が座っており、横にヴェルモートさんが立っている。息の詰まる緊張感が漂っており、カーテンの後ろでよかったと思ったのは内緒だ。



「ウォルバット宰相がお越しになりました」

「通せ」



 国王の返事を聞き扉が開く。そこに立つ男を見た私は思わず声を上げそうになった。



「お呼びでしょうか、ラルフレット国王陛下」



 扉の前で優雅にお辞儀をしていたのは、あの屋敷で見た肥えたおじさんその者だった。しかし驚いたのはそこよりも、その男が『ウォルバット宰相』と呼ばれていたことだ。まさか国のナンバー2であろう人が黒幕だというのか……この国は大丈夫だろうか。

 ウォルバット宰相は部屋の中の様子を見回しウィリアム様を見ると一瞬驚いた様子を見せた。



「こ、これはウィリアム・エレントル王太子殿下、お久しぶりでございます」

「久しぶりだな、ゴーセル・ウォルバット公爵。いや、もう宰相だったな」

「王太子殿下が幼い頃に会って以来ですね。ところで今回はどういったご訪問で?」

「そなたに用事があってな」

「おや、私にですか?」



 白々しい返答にイライラしてくるが、これが遠回しに話す貴族の会話というものなのだろう。



「バラティエ公爵を知っているか?」

「バラティエ公爵様……あぁ、もちろん存じております」

「だろうな。そなたの協力者……いや、駒の一人だからな」

「駒とは一体何をおっしゃりたいのですか?」



 堂々とした態度で話すウォルバット宰相を見ていると、なんだかこちらが間違っている気がしてくる。全くわからないその自信はどこからくるのだろうか。



「そなたは我が国のバラティエ公爵を唆し、ある情報を手に入れさせた。それと同時進行で王都の結界を破る研究を続け、他国の王女が来る直前に再び結界を歪め騎士を多く使わせ、国内でも事件を起こし騎士達が回らなくなるほど混乱させてから作戦を実行した訳だ」

「なんのことでしょうか?」

「ダイアン王国の国王に私の婚約者選びが難攻しているからチャンスだとでも吹き込んだんだろう……道理で突然来た訳だ。精霊省の管理長の件も騒ぎになるようにわざと見つかる場所に置けと指示したのだろう?」

「おっしゃってることがわかりません。私がバルティエ公爵様と繋がっていたという証拠はあるのでしょうか? それに、本当にバルティエ様が犯人なのですか?」



 ウィリアム様が淡々と事件の詳細を語る横で、ラルフレット国王陛下は黙って成り行きを見ている。他の者も黙っているため、部屋にはウィリアム様とウォルバット宰相の声が響くだけだ。



「我が国の騎士をなめてもらっては困る。国内で起きた事件については証拠も揃え、今頃、捕らえられているはずだ。そなたとの繋がりの証拠はなかったがな」

「それならばーー」

「しかし、捕らえられてはそなたを庇うこともあるまい。助け出すとでも言って黙らせるか? それとも闇魔術でも使うか?」

「なにを!」

「それは無理だ。何故なら、そなたも捕まるからだよゴーセル・ウォルバット公爵」



 ニコッと笑いかけたウィリアム様の笑顔が怖いと思ったのは私だけじゃないはずだ。なぜならビクッと肩を揺らす騎士や魔術師がいたから。あれは怖いよ。優しい笑顔なのに優しさを感じないもん!



「なにをおっしゃってるのですか? 私は何もしていません」

「確かに自分の手は汚していないな。しかし、もう言い逃れはできまい。連れてこい!」



 ウィリアム様の指示で連れてこられたのは、屋敷の地下にいた三人の男だった。後ろ手に嵌められているのは魔力を抑える道具だろうか。グッタリした様子の男たちに歯向かう様子はないようだ。



「この男達に見覚えがあるだろう?」

「……いえ、ございません」

「嘘をついても言い逃れはできん。彼らはそなたに指示されたと証言したからな」

「そんな! 嘘でございます!」

「それはないぞ。なぜなら私は闇魔術が使えるからな」

「!?」



 絶句したように言葉を失うウォルバット宰相は崩れ落ちるように膝をついた。

 この世界では心に干渉できる闇魔術は大変恐れられていて、貴重な存在であるのに迫害を受けてきた歴史がある。人を操ることも自白を誘導させることもできるからだ。もちろん、精神を安定させるなどの良い使い方もある。ウィリアム様が遅くして王太子になった理由も闇魔術が関係している。国王様は大切な家族としてウィリアム様を受け入れていたが、貴族が皆そういう訳ではなく、他国でも同じ反応のため、幼い頃は瞳の色を変える魔道具を使っていたらしい。ウィリアム様が闇魔術を使えることは大々的に発表されていないし、他国の王族を悪く言う噂話をする者も少なかったのだろう。ウォルバット宰相の反応を見る限り知らなかったようだ。



「それに……リリアン、こちらに来なさい」

「は、はい!」



 突然呼ばれて恐る恐るカーテンを抜ける。皆の視線を一身に受けながらヴェルモートさんの近くまで進んで行き、ヴェルモートさんの顔を見上げれば小さく頷いてくれた。それに背を押されるようにウォルバット宰相の驚愕した顔を見つめる。



「な、なぜお前が!? 屋敷に確認しに行かせた時にはーー」

「変化がなかっただろう? 屋敷も中も。そう見えるよう幻術をかけていたのだ」

「そ、そんな」



 もはや反論することもできないほど気力を削がれたウォルバットは一気に老けたようだった。その時、一言も話さず見守っていたラルフレット国王が椅子から立ち上がる。



「ゴーセル、お前はやってはいけないことをしたのだ。証拠は全て揃っている」

「ラルフレット国王陛下……私は、私はただ国のため、魔術師のために……」

「勘違いしてはならん。魔術師が一番偉いなどと思ってはいけないのだ。私はこの国のあり方も間違っていると思っておる」

「そんなことは!」

「忘れてはならん。この魔力を与えてくれた方こそ精霊王なのだ。自分の力に酔いしれてはならんぞ。お前の暴走を気付いて止められなかった私も同罪かもしれぬがな……この者を捕らえろ!」



 ラルフレット国王の呼びかけにより、隠すように奥の小部屋に控えていた騎士が部屋に入ってくる。うな垂れるように座り込むウォルバット宰相……いや、もうただのゴーセルを捕まえようと騎士が手を伸ばす。これで終わるんだとホッとしていると、突然ゴーセルが叫びながら立ち上がった。周りの騎士も突然の事に一瞬動きが止まる。



「お前さえいなければぁああああ!」



 そんなゴーセルの叫び声と共に強力な魔術が放たれる。放たれた先にいたのは……



「ウィリアム様!」



 その声が誰なのかすぐにわかった。だが、わかったからといって、いきなりのことで身体がうまく反応しない。一瞬の出来事、それなのに全てがゆっくり動いているようだった。ただ一人を除いて。


 皆が動けない中、ウィリアム様とゴーセルの間に飛び出した紅色の髪を靡かせた騎士は放たれた魔術を剣と身体で受け止める。私の目の前に広がるのは風圧で舞い上がる美しい紅色の長い髪。

 少し遅れてザックが魔術をぶつけて消し去ると、皆我に返りゴーセルを押さえ込もうと動き出す。そんな中、ゆっくりと倒れていく騎士の元に一番最初に駆け寄ったのはウィリアム様だった。



「ティア、ティアァアアアアア!」



 ウィリアム様の悲痛な叫びが部屋中に響き渡った。


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