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舞い上がっても女は時に冷静である

リリアン視点です。

 

 ーーリリアン、起きて


 遠くから聞こえてくる私を呼ぶ声。この懐かしく優しい声を私は知ってる。


 ーー姉さん


 私のことをそう呼ぶのは一人だけ。


 ゆっくりと重たい瞼を開けていけば、そこは記憶にある地下室ではなくて、美しい壁紙に囲まれた温かい一室だった。柔らかなベットに寝かされていると気づき、私は助かったのだと実感する。



「……ティ、ア……ザック」



 思っていたよりも掠れた声が出たことに驚きつつ、私の声に反応した両脇に立つ二人の驚いた表情を見たら何だか笑えてきてしまった。おばけじゃあるまいし声を出しただけで驚かなくても、そう声に出さず心の中で呟いたのはティアが顔を歪めて今にも泣き出しそうだったから。

 そういえばティアの泣き顔を見たのは、ティアが自ら父親の命を奪った戦での出来事を話した時以来かもしれない。あぁ、それほど心配させてしまったのか。そう思うと申し訳ない気もするが、私達を家族だと思ってくれている証拠だと思うと嬉しくもなる。



「迎えにきてくれて、ありがとう」

「……当たり前じゃない」



 優しくティアに抱きしめられ、それに応えながらザックを見れば、憔悴した顔を必死に笑顔へと変える。空いている片手を差し出せば、ゆっくりと手を握り返してくる。



「無事でよかったよ、姉さん」

「心配かけてごめんね。ありがとう」



 あの地下でのことは全て覚えている。闇魔術にかけられた時の事も全て。一度失われた記憶が一つ一つ戻ってくるたびに心が満たされていった。そして、その記憶を忘れてしまっていた事に恐怖した。

 こんなにも私は幸せで、大切な人に囲まれた人生を送っていたのか、辛いことを乗り越える原動力になっていたのかと改めて思った。そのことを忘れれば私は私でなくなる。その狭間にいた事が怖くなったのだ。だから今、目の前に二人がいることが嬉しくてたまらない。忘れていないと実感できるから。温かな体温を感じることができるから。



「忘れなくて……よかった」

「えぇ、本当に」



 二人と笑い合い今を噛みしめる、そんな事だけで幸せな気持ちになれた。

 すると突然、私の周りを囲むように淡い光が五つ浮かび上がった。そこから現れたのは私の精霊達。美しく微笑む水の精霊ディーナ、半泣き状態の植物の精霊カリシア、飛びついてきた光の精霊トール、それを呆れ顔で見る火の精霊フリード、ニコニコ笑う風の精霊シア。みんなにも心配をかけてしまった。そう思うといたたまれない。



「みんなごめんね。心配かけて」

「私達こそ黒魔法なんかに負けてしまってごめんなさい」



 ディーナの言葉に合わせてみんなが頭を下げる。そんな事ないと言っても、契約者への愛情が人一倍ある分、なかなか折れてくれない。そんな精霊達にフォローを入れたのはザックだった。



「みんなのおかげで姉さんの状況を知れたし、場所の特定もできたんだ。すごく助かったよ」

「そうなんだ! ……みんなありがとう! みんなのおかげで私は助かったのね」

「それでも……」

「フリード、私はそれだけで十分だわ。みんなが私のためにしてくれたことに変わりはないんだから」



 心配してくれる存在がいることが、どれほど恵まれたことなのかわかるから。私は心を込めて感謝の言葉を伝えた。精霊達もそれ以上言うこともなく、私の言葉を受け止めてくれたことにホッとしつつ、少し話すことで落ち着いてくると、今がどういう状況になっているのか気になりだす。



「それで今の状況はどうなっているの? ここはどこ?」

「ここはナルエラ王国の王城の一室よ」

「ということは犯人は捕まって解決?」

「いいえ、屋敷にいた者は皆つかまえたけれど、黒幕はまだなの。それでももうすぐ決着がつくわ」



 ティアが言うにはこれから王城の中で一網打尽にするそうだ。ナルエラ王国が協力的だと思っていると、ナルエラ王国の国王様とウィリアム様は知り合いなんだとか。ならばこうなる前に何とかして欲しかったと思うのは被害者だからか。国を治めるって大変なんだな、そう思うことにしよう。



「それなら私も行く」

「だめだ」

「どうしーー」



 私の言葉に返してきたのは二人ではなく、扉近くに立つ人からだった。その姿を見た瞬間、言葉がつまる。不機嫌そうな表情を浮かべても美しい顔立ちに真っ直ぐ私を見つめる茜色の瞳、輝きを失わない銀色の髪。変わらぬ男の色気を醸し出したまま立つ騎士は、私が気を失う前に会いたいと強く願った人。



「ヴェ、ヴェルモートさん?」

「気が付いたのだな」



 この声……あの時私に呼びかけてくれた声だ。あの時は誰の声なのか全然わからなかった。こんなにも聞くだけで安心する声なのに。ぐっと身体から熱い何かが溢れ出す。それは涙となって私の瞳を濡らした。



「隊長、女性の部屋にノックもせずに入るなんてマナー違反ですよ。ほら、リリアンが泣いてしまったじゃないですか」

「え、あ……すまん。悪かった、だから泣くな」



 滅多に見る事のできないティアの笑いの含んだ声かけと、焦ったように言いつくろうヴェルモートさんを見て、泣きながらも小さく噴き出してしまう。それにつられるように隣ではザックも控えめに笑う。



「違うんです。ただ……本当に忘れなくてよかったと思って」



 彼の声だとわかるだけでそう思えた。彼の姿を見たら安心してしまい、泣きながら微笑みかける。命の危険を感じた時、会いたい、声を聞きたい、気持ちを知ってほしい、そんな想いで胸が締め付けられる程彼が好き。泣きたくなるほど好き。だから、本当に忘れなくてよかったと強く強く思った。



「あぁ。リリアンがリリアンのままでいてくれて、本当によかった」



 そう言ったヴェルモートさんが優しく笑う。その貴重な笑顔に見惚れ、一気に顔に熱が集まる。心臓が速く脈を打ち胸が苦しい。わぁ、どうしよう……幸せすぎて死ねる。意識を取り戻してすぐにこんなご褒美をもらえるなんて!

 ふわふわした感覚に陥っていた私を現実に引き戻したのは、ザックの小さな咳払いだった。そうでした、私も立ち合いたいというのを否定されたんでした。



「そ、そうだ! ヴェルモートさん、なんで私は行っちゃだめなんですか?」

「狙われた本人がどうして行く」

「みんながいるんですから大丈夫ですよ。それに私は黒幕にも会ってます」

「証拠は揃っている。それに何かあったらどうするんだ」

「大丈夫です。今回は精霊もいますし、どういう結果になるのか見届けたいです」

「しかし……」

「ヴェルモートさん!」

「くっ……」



 なんだか今日のヴェルモートさんになら勝てそうだ。いつもは駄目と言えば駄目のまま、言い返させないヴェルモートさんが言い負けている。これは押せ押せでいけば、立ち合わせてくれそうだ。



「お願いします。被害者のままこの件から外れたくないんです」

「……ティア」

「私に振らないでください。私は隊長の判断にお任せします」

「ヴェルモートさん。姉さんは結構頑固ですよ」

「ちょっ! ザック、何言ってるの!?」



 私の後押しとなるはずの言葉が、私にまでダメージを与えてるじゃない! そんな印象をヴェルモートさんに与えるのはやめてよー……まぁ、もうバレてるか。理想の女性になれないことは、わかっていたはずだ。ここは訂正するのを諦めて、認めてもらうことだけに専念しよう。



「ヴェルモートさん、お願いします!」

「……」

「ヴェルモートさん!」

「………わかった。その代わり側を離れるなよ」

「ありがとうございます! ちゃんとみんなの側にいます!」

「あ、あぁ」



 納得してもらえたことに喜ぶリリアンと複雑そうな表情のレオナルドを少し離れて見守るティアとザックは苦笑い気味だ。



「好きな女性のお願いに弱いなんて、ヴェルモートさんも普通の男なんだね」

「だけど、決めきれないところがまだまだだわ」

「それは難易度高すぎだよ。姉さんもあんなんだしね」

「それもそうね」



 両思いになれたことを本人達が気づくのはいつになるのか。そう思う一方でリリアンの長い片思いに決着がつきそうで安心する二人だった。


レオナルドは部屋からリリアンの声がするので咄嗟に入ってしまったのでしょうね。

どうすればいいのかわからないまま、心配で廊下を行ったり来たりしている姿が目に浮かぶ…(笑)

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