リリアン救出
レオナルド視点です。
剣に手を添え、魔術師の放つ魔術の間を縫うように走る。そこまで高い魔力ではなかったのか、それとも一箇所に集めた複数の魔術に耐えきれなかったのか、結界が弾けるように消えた。それを合図にしたかのように敵が屋敷から飛び出してくる。
剣をぬき、刃に魔力を練り上げ炎を纏わせる。この状態であれば、魔術を打ち消すことができる。敵の攻撃魔法を跳ね返しながら、速度を落とすことなく突き進む。屋敷の一階には剣士が多く揃えられていた。一応、接近戦も考えての配置だろうか。しかし進路を塞ぐように立ちはだかろうと、止まっている時間はない。こちらの進入が知られた以上、どれだけ早く彼女の元にたどり着くかが鍵なのだ。
「どけ。私の前に立つな」
自分が思っているよりも熱の感じられない低い声が辺りに響く。敵が一瞬、恐怖で顔を引きつらせ、動きを止める。それを見逃すつもりはない。ウィリアム様にはなるべく証人は殺すな、と言われているため、動けないように腕や足を狙い、捕縛は部下に任せて道を開けていく。その勢いのまま一気に地下へと向かった。後に続くのはティアと部下一人、あとは剣士や魔術師の捕縛にあたっているようだ。
地下には幾つかの扉があったが、人の気配があるのは奥の一室のみ。ティア達に目だけで合図をし、気配と足音を消して近づく。ここまでは冷静に対応ができている。このまま無事リリアンを救出できればいい。そう思いながら取手に手をかけ、勢いよく扉を開ける。しかし、願いも空しく部屋の中の光景を見た瞬間、冷静さは吹き飛んでしまった。
「お前ら何をしている!」
「なっ!? もうここがばれたのか!」
「まずい、迎え撃て!」
脇に立つ男二人が俺の声に反応し臨戦態勢に入るが、そんなことは気にしていられなかった。俺の視界に入っているのは、ぐったり横たわった状態のリリアンと覆い被さるように横に座っている男の姿だった。体の底から何かが溢れ出る感覚……これは怒り。そうか今、俺は目の前の男に怒っているのか。そう思った瞬間、考えるよりも先に男の元へと駆け出していた。他の敵の男達が魔術を放とうとするのをティア達が押さえ込む。
「彼女に触れるな!」
魔術に集中していた男は、突然の横からの攻撃に対処できず壁に叩きつけられた。むせている男を無視し、リリアンをゆっくり抱える。自分の手に彼女の体温を感じ、小さく息をしているとわかっただけで身体の力が抜けてしまいそうだった。生きている、それだけで救われた思いだった。安心した事で、先ほどまで失っていた冷静さが再び戻ってくる。
「お前……彼女に何をした?」
「ひっ!!」
ゆっくりと首をひねり、壁でへたり込む男を茜色の鋭い瞳で睨みつける。もともと鋭い目つきなのは知っていて、男を問い詰めるつもりで睨みつけたのだが、俺の纏う怒りのオーラを敏感に感じ取った男は恐怖のあまり言葉を失ってしまった。しかし、男を見ただけで理解した。
「黒い瞳……闇魔術か!」
敵に闇魔術を使う者がいるのは容易に想像できることだった。それをリリアンに使い、心を操るつもりだったのだろう。だからウィリアム様も時間を気にしていたのだ。そこまでの危険を犯してまで彼女を囮にするなんて認めたくはなかったが、敵の黒幕を炙り出すには必要なことだということも理解はしていた。だが、間に合わなければ意味がない。
もし彼女が前のように笑わなくなったら、大切な家族や仲間を思って泣く姿を見せてくれなくなったら、懸命に働く姿を見られなくなったら、俺に声をかけてくれなくなったら……俺は今まで通りに過ごせるだろうか。
いや、それは無理だ。彼女と毎日のように会っていた訳でもないし、話しかけていた訳でもない。たまに本を運ぶ彼女の姿を見るだけ。深く考えることもなく、彼女と関わっていた。それでも、今は彼女が王宮で働く女性の一人として見ることができないとはっきり言える。なぜならーー
俺は彼女を失うのが怖い。
彼女を支える手に力が入る。どうすればいい。どうすれば彼女が俺の知る彼女のままでいられる。
「リリアン……リリアン! リリアン! 目を開けてくれ!」
俺ができることは彼女に呼びかけることだけ。戻ってきてくれと祈るだけ。そして、彼女を守ることだけだ。
まずは敵を捕縛する。二度と彼女に触れられないように。気休めでしかないが羽織っていたマントを床に敷き、彼女をゆっくり寝かせると横で隙を伺い始めた男に視線を向ける。視線を受けた男は怯えた表情で、それでも捕まるまいと魔力を練り始めた。
「安心しろ、お前は殺さん」
魔力が練られるなら闇魔術は完了していないのだろう。それならば彼女が戻ってきてくれる見込みもあるはず。この男への怒りはまだ燻っているが、ここまでのリスクをおってまで実行した作戦を無駄にはしない。
「観念して捕まれ」
「そんーー」
一瞬で男との間合いをつめ、最後まで話させる事なく男に一撃を食らわせる。一撃で済んでよかったと思え、と心の中でつぶやきながら意識なく転がる男に縄をかけたのだった。
その後すぐウィリアム様と騎士が部屋へと入ってきた。屋敷にいた者は全て捕縛されたとの事だった。所要時間30分というあっという間の出来事。それを可能にしたのはエレントル王国の騎士や魔術師が大変優秀だったことと、ナルエラ王国が協力的だったからだろう。
「リリアンはどうだ?」
ウィリアム様は険しい表情のまま横たわるリリアンの元へと近づき、片手を彼女の額に当てると目を閉じた。その様子をリリアンの横で心配気にティアが見つめる。騎士の後ろからかき分けるようにザックも部屋へ入ってきた。その表情には焦りが見える。
数秒してウィリアム様が瞼を上げ、手をよける。俺は我慢できずウィリアム様に詰め寄った。
「どうです?彼女は大丈夫でしょうか?」
すると小さく頷き、俺やティア、ザックに優しく頬みかける。その表情だけでどれだけ心が軽くなったか。
「リリアンは幸せな記憶を消され、感情をなくす闇魔術をかけられていたようだ。しかし、魔術が完了する前に術者との繋がりを切られたから、元に戻るだろう。今は消された記憶がリリアンに戻っている最中だから気を失っているだけだ」
「そうですか」
「幸福な経験が感情の幅を大きくする。苦しみも悲しみも幸せを知るからこそ感じるもの。それを消されれば何も思わなくなる。ギリギリ間に合ってよかった」
確かに間に合ってよかったが、正直、こんな姿の彼女は二度と見たくない。早く彼女の笑顔が見たい、声を聞きたい。安堵と共にそんな想いが溢れ出す。ウィリアム様が船の上で『もう一度彼女に会えば何かわかる』と言った意味がやっとわかった。
今までの恐怖や心配も彼女の姿を見ただけで安堵に変わり、二度と彼女をこんな状態にしたくない、守りたい、そう思うことの理由も。人に任せられない、他の男に触れられたくない、そんな身勝手な理由も全て……彼女を愛しているから。
「セレーナ嬢を呼んできてくれ。体力を回復させてやろう。ティアとザックはここに居ていい。他の者は撤収の準備だ!まだやることはあるからな」
「「「はっ!」」」
ウィリアム様の指示により、皆が一斉に動きだす。家族への配慮はウィリアム様らしい。一瞬迷ったティア達も、周りにいた騎士達に背中を押されるようにして部屋にとどまった。
彼女から離れたくないと思いつつも、総隊長を命じられている身である。自分に一喝し、部屋を出ようとすると背後からウィリアム様が近づいてきて小声で話しかけてくる。
「どうだ、彼女を見て何かわかったか?」
「はい、はっきりしました」
「そうか」
少し嬉しそうに笑ったウィリアム様の顔が妙に恥ずかしくて見ていられず、目線をそらす。すると軽く肩を二度叩かれた。幼い頃によくされていた応援する時の仕草。それが友人から初めての恋に向き合おうとする俺へのエールだと理解できた。
彼女を救出することはできた。黒幕を捕まえていない今、まだ全てが終わった訳でない。それでも、どうやって彼女と接すればいいのか悩み始めた俺だった。




