見えてきた相手
ティア視点です。
少し長めです。
眩しい光に包まれ、体に浮遊感を感じたかと思えば、次に目を開けた時には先程いた王宮内にある転移装置とは違う景色が飛び込んできた。
目の前にいるのは、アルフォード伯爵領地に派遣された騎士の隊長と金髪に緑の瞳を持つ、老いを感じさせない色気を漂わせたナイスミドル、その後ろには執事だろう男性がいた。
「ウィリアム様、お待ちしておりました」
「アルフォード伯爵、今回は色々と世話をかけたな」
「とんでもございません。こちらでは落ち着いてお話もできませんから、お部屋へご案内いたします。先をお急ぎでしょうが、そちらでご報告させてください」
「わかった」
あのナイスミドルはセレーナの父親だったのか。確かに髪も瞳も容姿も似ているところをみると、父親似だったんだな。後ろでは少しだけザックが緊張で顔を引きつらせている。まさかこんなタイミングで恋人の父親に会うとは思わなかっただろうね。少し同情しつつも、陰ながら応援してあげよう。
長い廊下をヴェルモート隊長の後に続いて歩く。皆、緊張で空気がピリピリと痛いほど張り詰めている中、私は落ち着いていた。リリアンが行方不明になったと発覚した時、取り乱しそうなほど揺れていた心は今はなく、ただリリアンの無事を願い、必ず救い出すという想いだけが心を占める。
今の私には不安感に立ち向かえる心と救い出すために必要な力、信じられる仲間、そしてウィリアム様の約束がある。その自信は自分をしっかり地に立たせ、冷静に前を向くための原動力となった。
お父様がお母様の死に苦しみ、魔毒に犯され黒魔法の力に落ちた時、何もできず、救い出すために自分の手で命を奪うしかなかった無力な私はもういない。私を孤独から救い出してくれたリリアン達の母親を黒魔法により心が壊れた盗賊から守れなかった私ももういない。
『あなたは悪くない。そんなことが起こるなんてわからなかったんだから』
そう声をかけられても、そうだよね、と納得なんてできなかった。何かできたんじゃないか、気付ける何かがあったんじゃないか。そうやって自分を責めていたけれど、リリアン達が亡くなった母親に胸を張れる自分になるために前を向く姿を見て、過去の自分を責めるのは止めた。今、自分にできるのは何かを見つめるようになった。両親の死に向き合い、立派な騎士を目指して前へ進む未来を見つけた。
そんな過去から今の私ができたのだ。なぜ敵の目的がリリアンだと気付けなかったのか、守れなかったのか。過去を後悔することはできるけれど、今すべきことはリリアンを救うために突き進むこと。二度と後悔はしたくないから、二度と大切な人を失いたくないから、私は必ず救い出す。
通された部屋は大広間のような所で、椅子がひとつあるだけの部屋だった。ウィリアム様が椅子に座り、椅子の横にヴェルモート隊長、少し離れたところに私達が立つ。ウィリアム様の前にはアルフォード伯爵と小隊隊長、扉の前に執事が立っていた。
「早速だが現状を報告してくれ」
「はい。まず、調査経過を報告しておりました不審な魔術師の件ですが、やはり報告通りナルエラ王国の魔術師であると確認できました。ただし、その二名以外にもこの数週間で複数の者がナルエラ王国から出入国を繰り返していたようです」
「しかし、そんなに不審者を出入国させるほど、アルフォード領の港は入国審査が甘いわけではあるまい?」
試すような物言いのウィリアム様に笑顔はなく、国を統べる王族そのものだった。周りで聞いていた者達も、滅多に見せることのないウィリアム様の威厳ある態度に緊張を強める。その問いに取り乱すことなく答えるアルフォード伯爵は、さすがとしか言いようがない。
「はい。出入国のたびチェックはしておりました。しかし、最近はナルエラ王国からの魔道具の輸入が増え、商人としてやってくることから入国制限はできません。また、何もせず取引だけをして戻ることがほとんどです。そのような相手には何もできません」
「確かにな」
「しかし、結界が歪められて以降、その不審な者達に派遣していただいた騎士をつけております。そこからは彼が説明いたします」
説明を振られた小隊隊長は、一度姿勢を正してから声をはる。セレーナの父親が肝が据わっているだけで、これが普通の反応だと思った。
「はっ! その者たちはある貴族の者と繋がっておりました! 何度か王都近くの町で会っていることが発覚しております!」
「構わん、その貴族の名前を申せ」
「はっ! バラティエ公爵家の者達です!」
その発言に部屋にいる者たちが騒つく。
「静まれ。それは確かだな?」
「は、はい! 裏付けの証拠も取っております!」
「よし、よくやってくれた」
ウィリアム様の一言で再び静かになった部屋で、ウィリアム様だけが騎士に笑いかける。その優しい笑顔がひどく恐ろしいものに見えたのは私だけではないだろう。
バラティエ公爵家……当主は現魔法大臣であり、ウィリアム様の婚約者候補ドリアーヌ様の生家。そんな由緒正しい貴族が今回の件と関わっていたなど前代未聞だ。しかし、なぜナルエラ王国に協力したのかがはっきりしない。まぁ、すぐに本人から聞きだせるだろうけど。
「それでリリアンはこちらに来ているだろう? 彼女は今どうしている?」
「はい。ウィリアム様のご指示通り見張りをつけておりますが、例の商人扮する魔術師達が荷物と共に船に積み込もうとしているようです」
ガタッーー
再び説明を引き継いだアルフォード伯爵の報告を聞いてすぐ、ウィリアム様の後ろで小さな物音がした。私達第十小隊の騎士だけがわかっただろうヴェルモート隊長の動揺の色が浮かぶ表情を見て、あぁ犯人は隊長か、と思った。もちろんウィリアム様もわかったようで触れることはなかった。
私が一番驚いたこと、それはリリアン失踪の報告をした後からのヴェルモート隊長の変化だった。今まで見たことのない焦りが伺え、常に冷静な隊長が取り乱し、冷静さを欠いていた。本人に自覚があるかはわからないが、隊長はリリアンがいない事に動揺していることは容易に理解できた。それがどういう感情なのか聞かなくてもわかる。リリアンが無事戻ったら、幸せそうなリリアンを見られるかな、と期待しつつ、それは隊長が己の感情を理解できたらだなと思い直した。
「私達もナルエラ王国に向かうぞ! すでに手続きは済ませてある。アルフォード伯爵、すまぬが後ほど王都より数名の騎士がこちらにやってくる、捕らえた敵を連れてな。その際はご尽力いただきたい」
「もちろんでございます。牢に入れ次第、カール様にご報告いたします」
「あぁ、よろしく頼む」
「かしこまりました。無事お戻りになることを心からお祈り申し上げます」
「ありがとう」
深く頭を下げるアルフォード伯爵に頷くと、ウィリアム様は立ち上がり部屋を後にする。ついていくように私達が後に続き、港まで直行した。
初めて見るアルフォード伯爵領は王都と変わらないほどの賑わいのある町だった。それもこれも様々な国と貿易できる港があるからだろうが、先程の領主を見ると、彼の(指示を実行する執事の)手腕の賜物でもありそうだ。船に乗り込む手続きの間、近くにいたセレーナに話しかける。
「セレーナのお父様はご立派な方だったね」
「えぇ。お父様はとても優秀で町のみんなにも愛されていますわ」
「そうね、町の賑わいを見れば一目瞭然だわ。ザックは相当緊張しそうね?」
「まずは認められるような男にならなくちゃだめだね」
「頑張ってくださいな、ザック」
強張っていたザックの表情が少し和らぐ。平気なフリをしているザックだが、リリアンのことが心配で不安なはずだ。それを見せないところは、もう立派な男のような気がする。そんなザックの成長を感じていると、セレーナが小さな声で申し訳なさそうに聞いてきた。
「ティア、先ほどウィリアム様が言っていた敵を捕らえた騎士がやって来るとはどういうことでしょうか?」
セレーナは騎士の動きを詳しく説明されていないのだろう、そう疑問に思うのも仕方がない。
「セレーナは敵がどうやって王都から一週間もかかる道のりをこんな半日程で来たと思う?」
聡明なセレーナの事だ、この言葉だけでほとんど理解できたに違いない。案の定、少し考える素振りをした後すぐに顔を上げて頷いた。
「……なるほど。相手は魔術師の多いナルエラ王国、高度な転移魔法を使える者も多いでしょう。転移先さえはっきりさせておけば、見知らぬ土地でも転移は可能。道のりに等間隔に転移魔法のできる魔術師を置き、転移魔法を繰り返して来たのですね。騎士はその道のりを辿って来ているわけですか」
「正解。転移魔法はかなり魔力を消耗する。ウィリアム様はこうなることを予想してすぐに騎士を動かしたから、時期捕まるでしょう」
「さすがですわ」
本当に私の報告ですぐに気づくウィリアム様はさすがとしか言いようがない。いや、敵の目的がわからない以上、もしかしたらウィリアム様はわざと敵を泳がしていたのかもしれない。結果的に目的はリリアンの誘拐となったが、他国への入国手続きの速さといい、ある程度の策は練っていたのだろう。
いつも柔らかな笑顔を向け、気さくに話しかけてくださるから忘れがちだが、彼は王としての素質を十分に持ち合わせた方だ。リリアンを囮にするなんて、と責められないのは、それが国のためだからと苦悩の結果導き出した答えだとわかるから。ウィリアム様を身近で見てきて思うのは、優しさに溢れた国民への愛を持つ方だということ。そんな方が私を……いやいや、今はそんなこと考えないでリリアンの事だけを考えよう。
「出航する! 皆、船に乗り込め!」
ヴェルモート隊長の声が響く。先ほどリリアンを乗せた船の出航も確認された。これからが私達にとっての本番だ。いざ敵の待つナルエラ王国へ。リリアンを救出し、敵の目的を炙り出してやる!




