立場と約束
ウィリアム視点です。
「どういうことでしょうか?」
「理解できないお前ではないだろう」
リリアンが消えたとティアが知らせに来てから2時間程経っただろうか。父上である国王に事のあらましと出立の挨拶を済ませ、カールに仕事を頼み、各部署への連絡を回す。ロベルトを最大限駆使して動いてもやはり2時間はかかった。そろそろ騎士達の準備も済み、俺を待っている頃だろうと思った時、ノック音が執務室に響く。入室を促せば、入って来たのはレオナルドだった。
早く出発をしたくて急かしに来たのだろう。険しい表情から感じ取れるのは焦りだった。レオナルドにしては珍しいことだ。まぁ、これも無意識に違いないが。
普段のレオナルドなら俺の指示が絶対だ。出発の合図を急かしてくるような性格ではないし、何故時間がかかるのかも説明せずともある程度理解できるだろう。その判断ができないとなると、これからの作戦にも支障をきたす。連れて行くべきか悩むところだが、隊長職のレオナルドを外せば第十小隊を連れていけない。それは戦力としてもかなりの打撃なのだ。だから俺がレオナルドを制御しなくてはならない。
ほとんどの指示が終わるまでレオナルドは黙って扉の前に立っていた。ここで先発隊を送るなどと進言して来ないところを見ると、まだ冷静さは残っているようだ。そのことに少し安心する。俺にとっても今のレオナルドがどのような行動をとるのか判断が難しい。それぐらいにはレオナルドの心が理解できた。
今回はリリアンの救出が最も重要ではあるが、俺としては他も一気に片付けたいところだ。俺の予想が正しければ、多くの騎士や魔術師を連れて行っても無駄になる。尤も騎士や魔術師がフル稼働している今、多くの人員を動かせないというのもあるのだが。そのため、少人数を役割分担させて動かすしかない。
レオナルドには騎士の総隊長として動いてもらわねばならないため、俺の考えていること全てを伝えたのだが、あの反応である。
「しかし、それでは彼女が危険です!」
「リリアンは必ず助ける。そのためにお前も動くのだろう?」
「ですが!」
「私の判断に納得できないのなら……レオ、お前は外さなくてはいけない」
強く口を結び、俺を睨みつけるかのように見つめるレオナルドから目を離すことなく見つめ返す。理解してくれ、そう言うしか俺にはできない。レオナルドの気持ちは痛い程わかる。いや、レオナルド本人は自覚がないだろうから、俺の方がわかっているかもしれない。
大切な人を危険にさらしたくない。
ティアがさらわれていたら俺も真っ先に助けに行きたいと願うだろう。しかし、それでも俺は踏み止まるのかもしれない。王太子として国を守るため、大切な人を真っ先に選べないかもしれない。そう思うと、今反発してくるレオナルドが少し羨ましく思えた。
「必ず助けると私はティアとも約束したのだ。だからレオとも約束しよう。必ず救い出す。だから少し我慢してくれ。頼む、レオ」
「……わかりました。しかし、もし彼女に危険が及ぶと判断した場合は俺一人でも行きます」
「わかった」
なぜ自分がそんな発言をするのか理解できているのだろうか。いつもと違うということがわかっているのだろうか。
幼い頃からの友人としては、レオナルドの変化は大変嬉しいものだ。人と関わるのが苦手で、限られた者にしか心を開かないレオナルドが、女性であるリリアンに執着しているように見えるのは間違いではないはずだ。それが恋心なのかはわからないが、珍しい存在なのは確かである。だからこそ失わせたくはない。
「出発する前にティアとザックには私から説明しよう」
「いえ、私が……」
「レオも作戦を不服には思っているのだろう? 反発されて納得させられるだけの自信はあるか?」
「……」
顔を歪め複雑そうな表情のレオナルドを見て笑いそうになるのを必死で堪える。なんともわかりやすいやつだ。いや、これだけハッキリとしているからこそ、俺は安心してレオナルドを信頼できるのか。
返答に困っているレオナルドを横目に、控えていたロベルトに指示を出す。
「ティアとザックを呼んできてくれ」
「ティア嬢には私から伝えましょうか?」
「いや、私から伝える」
「かしこまりました」
ロベルトの小さな気遣いに苦笑いする。俺がレオナルドを心配するように、ロベルトは俺を心配してくれたのだろう。いや、あいつの場合は俺たちを見て、少し楽しんでいるのかもしれないな。
「ウィリアム様、やはり私から伝えます」
「レオまで……大丈夫だ」
もし憎まれたとしても、それが王太子として判断したことなのだ。愛する人が苦しむとしても、その判断をした自分自身で受け止める。
少ししてノック音が響き、ロベルトの声と共に二人が入室してきた。その顔には困惑の色が伺える。それもそうか、突然王太子に呼び出されたら良い知らせとは思えないだろう。それが二人にとっては嘘だとも言い切れないのだが。
「突然呼び出してすまない。二人には私から説明したいことがある」
「はい、姉さんのことですよね」
疲労感さえ漂うザックを見ると居たたまれないのだが、伝えるしかあるまい。
「そうだ。今回の件と対応について、私の考えを聞いてほしい」
それから俺の説明を二人は終始無言で聞いていた。ザックは何かを我慢するかのように口を結び、ティアは顔を上げることなく聞き終えた。
最初に反応したのはザックだった。
「それが、最善の方法なのですよね?」
「そう思っている。勝手な願いを押し付け申し訳ないが、我慢してほしい」
「必ず助かりますよね?」
「ああ、約束する」
「……わかりました。それが姉さんや国のためになるのなら」
「すまない、ありがとう」
よくカールからも聞かされていたが、やはり聡明な青年だ。納得はできなくても、理解はしてくれたようだ。そして、俺の気持ちも汲み取ってくれたのだろう。崩れた笑顔を懸命に向ける彼に頭が下がる。
一方のティアはというと、下を向いたまま微動だにしなかった。今、彼女は何を思い、どう感じているのか。それをわからないことが、とても怖かった。覚悟して伝えたはずなのだが、実際に彼女が目の前にいると、どう思われているのかと考えずにはいられない。
「……ティア?」
「ウィリアム様は必ず助けるとおっしゃいました」
「ああ、約束する」
俺の言葉に反応するようにティアが顔を上げ、金色に輝く瞳で射抜かれる。今、目を離してはいけない、そう思えた。
「私は貴方様に忠誠を誓った身。主の意見に反論などございません」
ズキッと心が痛んだ。ここで騎士としての対応をされるのは痛かった。いや、本来なら正しいのだろう。騎士としての振る舞いを欠いたレオナルドの方が良くはないのかもしれない。しかし、家族の安否を心配しているのに、それを俺に見せてくれないのは辛かった。
「ティーー」
「ですが、それはウィリアム様を信じているからです。私は貴方様を心から信頼しております。だからどうか、リリアンを必ずお助けください」
切実に願う少し怯えの残った表情のティアを抱きしめたいと思った俺は場違いな男だろうか。こんなにも胸が締め付けられる想いをしたのは初めてだ。心の底から愛おしいと思ったのも初めてだ。彼女を守りたい。彼女を救いたい。そのためなら彼女の望むこと全てを叶えたい。そう思うのは変なのだろうか。溢れ出る想いを必死に抑え、強く頷く。こんな判断をした俺を信じてくれた彼女が少しでも安心できるように。
「約束は必ず守るよ」
「はい」
もう後戻りはできない。絶対に作戦を成功させると誓おう、このエレントル王国王太子の名のもとに。
「では行くぞ」
「「はっ!」」「はい!」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
ロベルトに見送られ、俺たちは執務室を出た。目指すはリリアンがいるであろう街、アルフォード伯爵領。




