信じられる声
リリアン視点です。
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読んでくださる方がいることを糧にして書ききります!
痛い……息苦しい……
ここはどこ……私はどうなってるの?
身体を襲う揺れと打ち付けられるような痛み、空気の薄さによる苦しさの中でうっすらと意識が戻る。少しずつはっきりとしてきた意識の中、身動きをして違和感に気づく。ザラザラの布地、動かし辛い手足……私、襲われたんだった。でもこの状況は、さらわれたって感じかな。袋に入れられて、そのままどこかに運ばれているみたい。袋の外の状況に耳をすますと、何人かの話し声が聞こえる。自国の言葉ではないのか何を話しているのかわからなかった。馬車に乗せられているのかと思ったが、蹄の音が聞こえてこない。これも魔術か何かの一つなのだろうか。
「ディーナ、カリシア、トール? 聞こえる? フリード、シル?」
小声で精霊達に話しかけてみるも返答がない。捕まる寸前、精霊と遮断しろとか言っていたけれど、そのせいなのか。どうやって精霊と精霊使いを離したのかわからないけれど、今私ができることは信じることだけだ。加護契約をした精霊使いと精霊との繋がりを甘くみてもらっては困る。それに、私がいなくなったことに気付いてくれる家族もいる。
こうなれば私をさらった相手の目的を知らべるしか私にできることはなさそうだ。私がさらわれるなんて、理由は一つしかない。どうしてかはわからないが、私が精霊王を呼んだ事が知られたのだろう。私を利用するつもりなのか、私を消すつもりなのか。
消すって……殺されるってこと? そう理解した途端、ぶるっと身体に寒気が走った。それは嫌、こんな暗くて狭い袋に入れられて運ばれ、最終的には殺されるなんて。彼に想いを知られぬままなんて。そんなの嫌。死にたくない、怖い、誰か助けて。
襲い来る恐怖の中、どれくらいその状態でいただろうか。突然蹄の音がし、揺れが激しくなった。周りも人の声が溢れてきたではないか。その変化に困惑していると……
ガタッ、ドンッ!
「いっ……た……」
馬車が急停止した事により、思い切り身体を打ち付けた。痛みに耐えるようにうずくまっていると、人が近づいてくる足音が地面を通して身体に響く。その微かな振動にさえ恐怖を覚える。男二人の話し声が聞こえるが、何を言っているのかわからなかった。
「きゃあ!」
突如身体に浮遊感が襲い、驚きで叫ぶ。
「起きたみたいだな」
「殺されたくなければそのまま静かにしていろ」
かけられた男達の言葉は訛りがあった。以前、結界を歪めた魔術師にも訛りがあったはず。同じ相手かはわからないが、同じ組織の仲間なのかもしれない。ヴェルモートさんが言っていた結界を破ったのも同じだろう。
「も、目的は何ですか? 私をさらう理由はーー」
「黙っていろと言ったはずだ。おまえが話せば、罪なきエレントル王国の国民を殺さなければならなくなるぞ」
「なっ!」
男の放つ殺気がこもった声に絶句する。国民に手を出すなんて、そんな脅し信じられないと思いたいが、男の放つオーラは顔を見なくても感じられる程だった。ここは黙っているしかないのか。
すると遠くから聞きなれた訛りのない自国の言葉が聞こえてきた。もしかして助けが来たのかと思ったが、男達は焦る様子もなく、逆に先程の殺伐とした雰囲気を隠すように柔らかく話しかけた。
「これで荷物は全てでしょうか?」
「あぁ。良い品がたくさん手に入ってよかったよ」
「そうですか、それはよかったです。また是非お越しください」
「そうさせてもらうよ」
「では荷物の積み込みは私達が……」
「いや、お気持ちだけで結構だ。そこまでさせては悪いからね。荷物は私達で運ぶよ、ありがとう」
「さようでしたか。それではお気をつけて」
そう言うと自国語を話す男性は去っていったようだった。話し方的には商人同士といった感じか。この訛りのある男は商人を装っているのかもしれない。
それにしても賑やかね。街かどこかだろうか。そう考えてティアやザックとの話を思い出す。そういえばセレーナの領地に騎士が派遣されたと言っていた。アルフォード伯爵家といえば港で貿易が栄えた領地だったはず。ということは、ここはアルフォード伯爵領地で港かな。しかし王都から馬車で1週間程はかかる。飛ばしても5日はかかるはず。体感ではそんな感じはなかったけれど、どういうことかわからない。こんな事なら、ザックから魔術について教えてもらっておけばよかった!
そう思いつつ、私は荷物のように運ばれた。そこは馬車などではなく、揺れの全くない一室のようだった。少し過ごしやすい環境になった事に安心したのか、突然生理現象に襲われる。いや、今まで普通だったのがおかしいのかもしれない。声を発していいか迷うが、このままでは恥ずかしくて生きていけなくなるような事になるので、小声で外へと話しかける。
「あ、あの……」
「話すなと言ったはずだ」
「いや、あの、お手洗いに」
「……はぁ。おい、連れて行け。その代わり、精霊を使ったりしたらどうなるか考えておけよ」
そう言いながら袋の入り口が解かれる。まさか許されるとは……いや、許されないと事件が起こるのだけど、ひとまず少し人間らしい優しさがある事にホッとする。袋の外の空気は新鮮で、少し生臭い気もするが海を見たことのない私は、それが海の独特な匂いだということに歩きながら気付くのだった。
部屋の中には5人の男と女が1人いた。みんなの服装は商人のようで、先ほどの私の予想ははずれてはいないと思う。女が前、男が後ろに挟まれるように歩きながら用を済ませに向かう。ここは船の上のようだった。初めての船がこんな形とは、なんとも悲しい。しかし、こんなことを考えられるようになっているとは、私の心臓も案外しぶといな。
「早くしなさい」
「はい」
少し自分の能天気さに呆れつつ、急かされるように用を済ます。周りの目も気にしてだろうが、女性をつけてくれるとは、なかなか優しい。
誰かとすれ違うかと思ったがそんな事もなく、そのまま部屋へ戻ろうとすると、どこからか声がした。何事もなく部屋へ戻る私は先程の心細さもなくなり、再び袋をかぶされても平常心でいることができた。
私のできることは信じること。そう自分に言い聞かせ、どこを目指しているのかもわからぬまま船に揺られた。
『ーー必ず助ける』
風に乗って聞こえてきたのは、聞き間違えることのない私にとって大切な人の声。その一言だけで私は信じられる。




