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初めての経験

レオナルド視点です。

 

 とある会議室、静まり返った室内には12名の様々な体格の男達が横一列に並ぶ。どの男達も帯剣し、手練れである事が佇まいだけでわかる。皆の視線の先には、後ろで腕を組み、窓の外を眺める男性が一人いた。



「全員集合いたしました!」

「わかった」



 一人の声を合図に振り向いたのは、この国の王太子であるウィリアム様だ。珍しく険しい顔つきの彼に、皆身を引き締める。



「皆も聞いたと思うが、精霊省の管理長を務めるニコール・エルキンソン伯爵が先程、意識不明の状態で発見された。今、医務室で見てもらっている。命はなんとか救えそうだが、かなり衰弱しているそうだ。王族が庇護する精霊省のトップが何者かに狙われた事実は重い。必ず犯人を見つけ、目的を知らねばならん!」

「「「「はっ!」」」」



 威厳のある鋭い声に皆、自然と声をあげる。いつもニコニコ笑ってはいるが、騎士の中では基本的に優しいが自分に厳しく他人にも厳しいところがある事は有名だ。それに加え、幼い頃から人の上に立つ事を教え込まれた彼の放つオーラが、ほとんど歳上である隊長達をも従わせる。



「君達にはもともと行なっていた王族の警護や王宮の警備に加え、結界を歪めた犯人の調査、ダイアン王国王女の警護、城下の警備強化と動いて貰っている。かなりの騎士が気を張っている中で行われたのだ。内部にこの件に関わる者がいると考えて間違いないだろう。今、騎士を自由に動かせる隊はどこだ」

「はっ! 第十小隊、第十一小隊です。他の隊は、それぞれに任務が与えられています」

「よし、では二つの小隊に調査は任せる。ただし、何かあればどの隊も報告しろ」

「「はっ!」」

「皆、よろしく頼む。では、解散!」

「「「「はっ!」」」」



 ウィリアム様が部屋を出てから、それぞれ行動を始め、部屋から順に出て行く。俺は第十一小隊隊長と打ち合わせを済ませてから部屋を出た。



「精霊省……精霊……彼女には害が及んでいないだろうか」



 無意識に発した言葉にハッとする。俺は何を考えているんだろうか。自分が自分ではないかのように制御できず、身体の違和感に混乱する。それもこれも昨日のあの時からだ。


 久しぶりの休暇で、城下にある行きつけの武器屋へ向かった帰りに見た光景。夕日に染まった広場の中心にある噴水の脇、たくさんの買い物をしたのだろう荷物、隣り合わせに座り見つめ合う男女。王都ではよくある光景。

 しかし、俺にとってはそうではなかった。女性の顔を見た瞬間、歩みを止め、その場に立ち尽くしてしまった。何故彼女が? 何をしているのだろうか? そいつは誰だ? 頭を駆け抜けていく疑問の数々。しかし、その答えなど一つも持ち合わせてはいなかった。


 男性の差し出した物を受け入れるように、男性に全てを任せるように、無防備に男性へ背を向けた後、お互い顔を見て笑い合う。その光景が頭から離れる事はなかった。

 衝撃だった。何が? 彼女が男性と共にいることが。いや、それは失礼だろう。彼女にだって想い人がいておかしい事などないだろう。そう思うのに、自分でそう納得させたのに、また何故? に戻る。


 あれから、家へ戻らずに真っ直ぐ騎士団本部の自分に与えられた部屋へ向かう。なんとなく非日常のような感覚から日常へ戻りたかった。いつもと同じ事をしていれば、いつもの自分に戻る。この気持ち悪い状況から抜けられる。そう思うのに書類に手がつかない。眠いのかと思い、ソファで仮眠をとっても、部屋で素振りをしても、今までの自分に戻る事はなかった。



「俺は、どうしたというのか……」



 ティアに何があったのかと聞かれても、答える事ができなかった。なぜなら、俺本人がなんでこうなっているのかわからないからだ。



「くそ、考えている場合じゃない。任務だ」



 自分に言い聞かせるように声に出す。もはやそれがいつもと違う事に気付く事もない。自分の執務室に向かうため角を曲がろうとして、素早く戻る。ゆっくりと覗き見る先には、リリアンとザック、そして噴水の男がいた。

 仲が良さそうに話している三人に、何故かイライラする。そんなところで何をしている。あの中に行くか。そんな考えが頭をよぎり、すぐに自分らしくもない考えを打ち消していく。気にせずに歩けばいいではないか。そう思い歩き出そうとした瞬間、目に入った光景に動揺し、慌てて道を変えて執務室に戻ることを選択した。



「……彼女が首にかけていたのは、昨日あの男にもらったネックレスか?」



 見た光景、それは彼女が首にかけたままネックレスを男に見せて笑うところだった。

 あの番犬である弟のザックの目の前でということは、認められているということか。彼女と男の関係はそういうことなのか。そう思った瞬間、何かが自分の中で崩れていくようだった。どこかが欠けていく、そんな感覚だった。その後、どうやって戻ったのかあやふやなまま、ティアに指摘されほうきを目に入れるまで俺は騎士ではなかった。



 ****



 進む先は、報告のあった路地裏。俺は騎士としての仕事をこなさなければ、俺は俺でなくなる。切り替えるように腰にさがる剣に軽く触れる。心を乱してはいけない、それがこれを持つ者に定められた義務。



「ヴェルモート隊長、聞き込みに入ります」

「頼む、ただし表で活動する者には聞くな。噂はすぐに広がる」

「はっ!」



 長く連なる家々の間、太陽が入らず暗く湿気の多い空間。人通りはないが、一歩道を出れば大きな通りに抜けるこの様な場所で見つかった。

 なぜ精霊省の管理長が狙われたのか。命を取られたわけではないとすると、何か聞き出すためか。このようなところに捨てれば警備の強化された今、見つかるのは時間の問題だと言うのに、犯人は何を考えている。殺し損ねたとしてもおかしい。

 それに大人の男性を警備の目をかい潜り運ぶには、馬車が必要だろ。しかし今、馬車の走行は抑えられている。申請して走らせるのはかなり危険。不審がられず馬車を使えるのは…貴族か。まさか貴族が王族の庇護下にある精霊省に手を出すとは。



「ティア! 昨日、馬車の使用申請を出した者を自警団に確認してきてくれ。運搬に使ったかもしれん」

「かしこまりました」



 部下を一人連れて走り去るティアを見ながら、この国を脅かす愚か者が王宮内部にいることを確信するレオナルドだった。


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