女の闘い?
ティア視点です。
あれから王宮内では、ダイアン王国第一王女フローリア様とヴェルモート隊長の噂で持ちきりだった。あっという間に噂が広がるとは、さすが噂好きの集まる王宮と言えるだろうか。
リリアンはというと、あの日から噂は気にしているようだが、表立って精神的に崩れるような事はなかった。それでも時折ぼーっと一点を見つめている姿を見ると、いつもの元気なリリアンとは言い切れず、見ているだけで辛い。
ふっと亡くなった両親を思い出す。いくつになってもお互いを想い合い、娘の私が見ているのが恥ずかしい程、愛し合っていた二人。そんな二人に幼い頃は憧れ、例え政略結婚であっても、相手と良い関係を築きたいと思っていたこともあった。
でも今は大切な人を作るのが怖かった。恋人と家族では大切に思う心のベクトルが違うと思っている。父の母への愛と娘への愛。大きさは同じでも、同じ愛情ではないと感じていたから。そんな特別な想いを持つのが怖い。
だから、恋で悩むリリアンに気軽にアドバイスなんてできなかった。だって、恋心に立ち向かう勇気がない私のアドバイスなんて意味がないから。私ができるのはリリアンの恋心が救われる事を願うのみ。
王宮の長い廊下を一人でひたすら歩く。報告のために向かっているのは王太子様の執務室。あまり一人で訪れる事はないが、なんせヴェルモート隊長は先程捕獲されてしまった。もちろん王女にである。
あの王女はなかなか口が上手い。普通なら勤務中であろう騎士に話しかけても相手にしてもらえないのだが(特に隊長なら)何かにつけて呼び止める理由を作ってくるのだ。もちろん友好関係を深めるために必要だという様々な理由をである。他国の王女を無碍にできる性格でもない隊長はよく捕まり、それを見ている周りの者が噂を広げる。ただの悪循環だ。基本的に、私は対処できない隊長を放置し、後で文句を言われても無視をしている。どうせ私一人でできる仕事がほとんどだから。
そんな事を考えていると、廊下の奥から集団が現れた。……また面倒くさいものに出会ってしまった、そう思うとため息の一つぐらい出てしまうだろう。廊下の端により頭を下げ、通り過ぎるのを待つ。しかし、私の願いも虚しく、視界の端に赤いドレスが見えると、そこから動くことはなかった。
「あぁら、ティアさんじゃない。こんな所で何をなさっているのかしら。わたくしは今、ウィリアム様と楽しい時間を過ごしてきたところよ。おほほほほーー」
本当にこの人は王妃には向いていないな。こんなところで大きな声をあげて笑うものじゃないでしょうに。それにどうせ一人で会った訳ではないでしょう?
「お久しぶりでございます、ドリアーヌ様。楽しい時間をお過ごしになったとは、羨ましい限りでございます」
「そうね、あなたなんてウィリアム様とその様な時間を過ごす事すらできないものね。わたくしのようなものが、ウィリアム様の婚約者に相応しいのですから」
そうは思わないけど。夜会でもないのに、そんな胸や身体のラインを強調する真っ赤なドレスを着る婚約者がいてたまるか。王妃になられたら国庫が一気に消し飛びそうだし、品のない国と思われそうだ。
「さようでございますね」
「ふん。本当につまらないわね、あなた。そのいけ好かない顔が嫌いなのよ」
「申し訳ありません」
そのまま多くの侍女を連れて廊下を歩いていったドリアーヌ様を見送り、再び歩き出す。本当にあの人は私の事が嫌いなようだ。赤い髪に少しきつめな顔だが、美しいと言われるだろう彼女。そんな彼女が私を敵視しているのは見た目が似ているからか。それとも本当にただ私が生理的に受け付けないのか。さっぱりわからないが、婚約者候補になられ会って3度目くらいからあの調子だ。結構疲れる…それに比べて他の候補者二人はとても好意的だ。
「あら、ティアさん」
声をかけられうな垂れていた頭を上げると、水色の髪と瞳を持つジルベルト様が優しげな笑顔でこちらに来ていた。隣には橙色の髪をおろし、青い瞳で柔らかな微笑みを浮かべ、私に会釈するルイーズ様もいる。
「お久しぶりでございます、ジルベルト様、ルイーズ様」
「本当ですね。あっ、ちょうど今ウィリアム様が戻られたと思いますよ」
そう言って微笑むジルベルト様は、目元の黒子もあいまって、大人の落ち着きある美しい女性に見える。歳は私の方が5歳も上だけど、知性溢れる彼女の姿は19歳には見えないのだ。
「ありがとうございます。先程、ドリアーヌ様にもお会いしました。楽しい時間は過ごされましたか?」
きっとドリアーヌ様の独壇場と化しているだろうが、一応聞いてみた。
「ドリアーヌ様に? ティアさん大丈夫ですか?」
心配してくださるのはルイーズ様。候補の中で一番若い18歳で、大人しい性格なのかあまり話しに加わるタイプではなく、静かに話を聞いている人なのだが、とても心優しいく芯のある女性だと思っている。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ、あれは軽いご挨拶だと思っていますから」
「まあ! そうなのですね?」
ふふふ、と控えめに笑う彼女を見ると心が和む。思わず笑い返すと、頬を染めて顔を隠されてしまった。
「あら、ルイーズ様! 照れていらっしゃるなんて可愛らしいわね」
「ジルベルト様、からかわないでくださいな」
「ふふ、ごめんなさい。あっ、ティアさん、引き止めてしまってごめんなさいね」
こういう気遣いのできるところを見ると、お二人のどちらかが婚約者に相応しいと思う。……なんだか少し、寂しさを覚えるのは何故だろう。どちらかは選ばれないからかな。しかし、そんな思いはすぐさま消し去り、二人に笑顔を向ける。
「いえ、私こそ立ち話にしてしまい申し訳ありません」
「いいのよ。さぁ、早く行って差し上げて。私達は話を聞いてあげたり、ドリアーヌ様を抑えてあげる事しかできないけれど、あなたが行けば元気も出るはずだわ」
「そうですね。ティアさんよろしくお願いします」
「……どういうことでしょうか?」
「まぁまぁ。それではまたね、ティアさん」
そう言うと二人は去っていった。私が行けば元気が出る? どちらかと言えば、元気がなくなりそうな報告なんですけど……まぁ、どちらにしろ行かなくてはいけないか。
少しジルベルト様の言葉は気になるけれど、立派な騎士になるために、しっかりと仕事をしなくてわ! 私は時間を食った分を取り戻すように、速足で執務室へと向かった。
誤字訂正(6.30)




