部下から見た上司
ティア視点です。
大きな一枚扉をノックすると、部屋の中から入室を促す声がかかる。ここは防衛省管轄下、騎士団本部の各小隊の隊長職に与えられた部屋が並ぶ廊下。
「失礼します」
私の用事があるのは、第十小隊レオナルド・ヴェルモート隊長の部屋だ。部屋の中では、立派な机にかじりつく隊長の姿があった。
「警備に関する書類はできましたか?」
「あぁ、なんとかな。昨日急にお前が休むから時間がかかってしまったぞ」
「他の連中にやらせればいいではないですか」
「お前、あいつらにできると思うか? 使えるのはケインくらいだろう」
確かに、元々第一王子だった頃のウィリアム様直下の騎士隊として編成されていたメンバーなだけに、武力は各小隊の中でもかなり高いが、脳筋ばかりで書類仕事はてんで駄目なやつらばかりだ。そんな中で書類仕事が速いからと抜擢された私だが、よく今まで一人でこなしてきたな、と思う程書類仕事がある。
まぁ、それもわかった上で休んだんだけど。私の大事なリリアンを泣かせたからね、この人。
昨日は珍しく第十小隊は警備の勤務がなかった。というのも、前の日に隊長自身が夜会に出席しなくてはいけなかったから、気を回されたのだろう。そんな気を回されても鍛錬をやめないのが隊長なのだけど。
結局、午前中に訓練場で打ち合い稽古をすることになったのだ。なんら変わらない、いつもと同じ打ち合いで汗を流し休憩していると、あるはずのない訪問者が訪れた。
最初に気づいたのは隊長だった。というか、私達小隊はまだ王女に会ったことがなく、知っていたのが隊長のみというだけなのだが。どちらかというと、私は駆け寄ってくる王女の後ろに立つリリアンを先に見つけた。
名前を呼び合い駆け寄る二人を見て、あのストロベリーブロンドの女性がフローリア王女様なのだと理解するが早いか、周りの騎士達が慌てて身なりを直す。
「あれが噂の天使のような王女様か」
「本当に美しいなぁ」
「でも、隊長に会いに来たって……そういうことか?」
後ろで好き勝手言っているやつらをひと睨みする。
「あまり勝手な事を言うな」
「でもティア、後ろにいるのリリアンさんじゃない?」
気遣いながら声をかけてきたのはケインさんだ。伯爵家出身なだけあって、周りに気を配ってくれる隊の中で貴重な人材でもある。
「大丈夫かな? ティア、ちょっと行ってき、あっ!」
「リリアン?」
突然、リリアンが私達に声をかけることもせず、礼をして去っていく。慌てて追おうにも王女を無視して行くことはできないし……ちょっと隊長! その頬を染めている王女を何とかしてよ!! リリアン、やっぱり私は隊長のことあまりオススメしないわ。あんな女性の気持ちのわからないやつだめよ。
「ケインさん、私は午後から休暇をもらいますので、後のこと頼んでもいいですか?」
「うん、行っておいで」
「はい」
王女への対応に困っている隊長の元まで行く。本当に武術に関しては文句ないけれど、モテるくせに女性の扱いに慣れてないんだから。
王女の前で騎士の礼をとる。二人の邪魔をしている? そんなこと気にしていられない。早くリリアンを追いたいんだから。
「まぁ! 女性の騎士様なんて美しくて素敵ですね。あなたは?」
「はっ! 第十小隊副隊長ティアと申します。」
「副隊長なんて凄いのね!」
この明るい感じは素なんだろうな。王女としては珍しいけれど、悪い印象はない。こんな方に好かれるとは、やはり隊長の容姿は誰もが惹かれるものなのだな。
「ありがとうございます。失礼ですが、王女様に付いておりました護衛や侍女はいかがなさいましたか?」
「ごめんなさい。訓練場でレオナルド様が鍛錬してると聞いて、こっそり抜けてきてしまったのです。でも、そうですよね。他国の王宮内を勝手に歩くなんていけないことですね」
本当である。いくら友好関係がある国であっても、やってはいけない。きっと、自国では抜け出すなんてよくしていることなのだろう。結構お転婆な姫である。恋は盲目とは言うが、何かあってはエレントル王国の非になるのだから自重していただきたい。それと、護衛している者達は何をしているのだろうか。
「そうですよ。私達が王宮までお送りしますから、戻りましょう」
「まぁ! レオナルド様が送ってくれるのですか?ありがとうございます!」
恋する乙女は恐ろしい。もはやそう思う事しかできないわね。やはり貴族、いや王族の考える事は理解し難い。ため息を飲み込み、声をかけてから、一度隊長を下げる。
「隊長、王女様のことは頼みますね」
「なっ、お前は何をするつもりなんだ」
「私は午後から消化していない休みを頂きます。というか、今すぐ頂きます。ケインさんに後のことは頼んでいるので失礼します」
「お、おい!」
呼び止めを無視し、再び王女に向き合う。向き合ってしまえば、何も言えまい。
「では王女様、王宮へお送りします。彼が」
「ありがとうございます、レオナルド様。ティアさんもありがとうございます」
「いえ、とんでもございません。それでは私は失礼いたします」
「ええ」
こうして私はリリアンの元へ向かったのである。
この目の前の書類と戦っている男はわかっているのだろうか、リリアンの気持ちを。いや、気づいてなんかいないか。でも、女性との関わりを積極的にしない隊長が、リリアンには普通に話しかける。隊のみんなもリリアンは別なのだろうと思っているのだ。なのに、当の本人は意識していないように見える。
「王女様はすぐ引き渡せたんですか?」
「あぁ。護衛はかなり探し回っていたがな。連れてきた侍女の様子だと、よくあることなんだろう」
でしょうね。じゃないと護衛の騎士をかわすことなんてできないでしょう。
「王女様とは夜会で会ったんですよね。どんな印象でした?」
「どんな印象と言われてもな」
「王女様は隊長に好意を抱いているようでしたよ。だから、どうなんですかと聞いているんです」
少し突っ込みすぎだが、リリアンの為にも情報収集だ。
「お前もそれを聞くのか。あれから何人に聞かれていると思っている」
「部下としての質問です」
「はぁ……別にどうも思っていない。確かに噂通りの美しい女性だが、守るべき客人、それだけだ」
お堅い人ね。逆にあんなに美しく、内面も綺麗そうな女性に靡かないなんて、本当に男なのか。
「……女に興味がない、男が好きとか」
「おい、聞こえてるぞ。そんな訳があるか」
そこは苦笑いで流す。でも、こんな話をする機会もないしついでに。
「では、どのような女性に惹かれるのです?」
「なっ! そんな事お前が知ってどうする。」
「興味本位ですが。まぁ、王女様への対応にも関わりますし、お答えください。惹かれてる女性はいるんですか?」
「……いない」
なんだその間わ。いないと答えておきながら、なにか煮え切らないなぁ。でも、なんだか珍しく困り顔をしているので(ある程度付き合いがないとわからないらしいけど)深く聞かないであげよう。でもまぁ、王女に惹かれていないだけでも収穫でしょう。
「そうですか、わかりました。では、王女様へはその様に対応します」
「頼む。それでこの書類を頼みたいのだが……」
「ご自分でどうぞ」
「おい!」
まだリリアンを泣かせた事を許したわけじゃないんで、もう少し苦しんでください。




