恋愛相談室?
リリアン視点です。
ウィリアム様の執務室を出て、ヴェルモートさん達と別れハイドさんの研究室へと戻った私達は、研究を再開する前に紅茶で一息つくことにした。
最初の頃は研究室なのに小さな台所が付いていることに驚いたっけ。ハイドさんお気に入りの紅茶を淹れながら、椅子に座り寛いでいるハイドさんに話しかける。
「実際、ハイドさんはウィリアム様とティアが上手くいくと思いますか?」
「んー、どうかなぁ」
ハイドさんは数少ないティアの事情を知る1人である。他にエレントル王国で知っている者は、ウィリアム様、ヴェルモートさん、フィルディン様だけだ。
「王太子であるウィリアム様の相手ということは、王妃になるということですし……ウィリアム様の気持ちはわかりますけど、難しいんじゃ」
「ウィリアム様ならティアさんさえいいと言えば、何とかしそうだけど。それだとズワーダ王国にも根回しが必要になるよね」
そうなのだ。ティアが貴族ではないとかなら何とか裏で手を回せばいけるかもしれないけれど、問題はティアの過去にある。
ティアはもともと隣国ズワーダ王国の伯爵令嬢アルティア・ドレーンだった。父親は第二騎士団団長を務める程の地位も歴史もある騎士家系である。しかし、父親の上司で、信頼していた現国王の弟である公爵に愛人になれと迫られ、拒否したティアの母親が殺され、妻を殺され、信頼をも裏切られた怒りで父親が公爵を殺してしまったのだ。
公爵の身勝手な理由で妻を殺されたとはいえ、王弟を手にかけた罪は一家全員の罪となる。ティアの父親は姿を消し、残されたティアはズワーダ王国で処刑され、ドレーン伯爵家は段位を剥奪された……ことになっている。
実際は、昔からティアの父親と友人関係であった国王が、王弟の非を認め、ティアを国外へと逃したのだ。昔から王子達と共に第一騎士団長や父親から剣術を習っていたため、世話役の騎士に生きる術を学び、すぐに1人で旅に出たそうだ。そして私達と出会った。
ティアの父親と再会したのは、ヒメラーヌの黒戦だった。妻を失い、負の感情に支配されたティアの父親は魔毒に犯され、黒魔法を使う敵陣の将軍になっていたのである。そんな苦しむ父親を剣で止めたのはティアだった。自らの手で父親を止めたのである。そして、両親に立派な騎士としての姿を見せると決め、今を生きている。
そして、エレントル王国で騎士としていられるのも、ティアの過去を知っても受け入れ、根回しをしてくれたウィリアム様のお陰である。
「そうですよね。友好関係を築いているズワーダ王国との関係を壊すわけにもいかないし。難しいですね」
「まぁ、外交のことはウィリアム様達が頑張るしかない。僕はまずティアさんを落とす方が難しいと思うよ」
「……たしかに。」
そんな過去を持つため、自分が認めた人以外を信用できないティア。ましてや貴族はもうたくさんだと思っている。そんなティアを落とそうっていうのだから……花だけじゃ無理だよね。
それに、いつの間にか婚約者候補が3人もいるというではないか! 女は鋭い。すぐにウィリアム様がティアに好意を持っていることなどバレるだろう。いや、もうバレているかもしれない。今のところはティアが相手にしていないようだから大事になっていないが、ウィリアム様が懸命に動くほどティアが追い込まれる。まずは婚約者候補を何とかしてよ、ウィリアム様! 女の嫉妬は怖いんだから!!
「まぁ、僕は君の方が気になるけどね」
「え?」
ウィリアム様への文句で頭がいっぱいになっていた私は、ハイドさんの言っている意味が理解できなかった。
「ど、どういうことでしょう」
「いや、そのままだよ。君の方が気になるって言ったんだ」
眼鏡越しに濃い紫色の瞳と目が合う。それはどういうこと。まさかこのタイミングで告白! そんな馬鹿な!! ハイドさんがそんなこと言うはず……
「だってリリアンはレオのことが好きだろ? そっちの方が僕は見ていて面白い」
だよねー。何勘違いしてるの私……恥ずかしすぎる。自意識過剰だよ。羞恥心で顔が赤くなっていくが、ハイドさんは照れて赤くなっていると勘違いしたらしい。
「いやー、人の恋路は見てる分には楽しいねぇ」
あぁ、忘れてた。今、ハイドさんにヴェルモートさんの事でいじられてるんだった。それにしても勝手なことを言ってくれる!
「楽しまないでください!」
睨みつけても効果はなし。ニヤニヤと笑い続けるハイドさんに腹は立つが、もはやため息しかでない。
「……好きじゃなくなろうとしてるんです」
「どうして?」
「どうしてって……将来国を支えるであろうヴェルモートさんと私、釣り合わないじゃないですか。地位も実力も容姿も全て」
情けなさで声がどんどん小さくなっていく。初めて愚痴ったかもしれない。だって愚痴れるティアやザックは気付いていなさそうだから。
「まぁ、釣り合うかといえば難しいかもね。あれでも侯爵家の次男だもんね」
えー、フォローとかじゃないの! そこ認めちゃうの! 否定して欲しかった訳じゃないけど……いや、して欲しかったのかもしれない。頑張れば望みはあるんじゃないかとか言って欲しかったのかもしれない。
諦めなきゃっていう気持ちと、好きって気持ち。今どちらが大きいのか自分でもわかる。あんな近くで彼を見ていたら忘れる方が難しい。じゃあ当たって砕ける? そんな勇気はない。それで関係が壊れるのも嫌。だから、仕事仲間として近くにいても大丈夫な距離感を作りたかった。逃げ道を作りたかった。
「レオってさ、人間関係を築いていくの苦手でしょ。だから友人も少ない。だからって貴族として欠陥があるかと言えば、そういうところは卒なくこなす。部下にだって慕われてる。不思議な奴なんだよね」
本当に凄い人ですよね。だからこそ男女問わず人気がある。
「根本は優しくて真面目なんだよ。人と関わるのは嫌だけど、困ってる人はほっとけないし、面倒くさいけど、適当にはできない。敵には容赦ないけど、味方はなんだかんだ守る。そういうところにみんな惹かれるのかもね」
私もその内の1人だ。そう、彼に好意を寄せる大勢の中の1人。
「自分にないものを持つ人、だから釣り合わないって思う。僕は、別に諦めてもいいとは思うよ。でも後悔してほしくはない」
「そんなこと無理ですよ」
諦める時点で後悔するのは目に見えている。でも諦めないという選択肢はない。
「まぁ難しいよね。でも、今のようにレオに並ぼうとすると苦しむことになる」
「え?」
仕事仲間として頼られるくらいになりたいと思っていることバレてたのかな。
「だって、レオは今でも隠れて努力しているから。剣術もウィリアム様を支えるために貴族としての地位も揺るがないようにしてる。そんなレオを見てたら、リリアンはもっと釣り合わないことに苦しむだろ?」
「……はい」
「レオの横を目指さなくていい。だって無理だから。なら、リリアン自身の持っているものを磨けばいい。それで振り向いてもらえないほうが諦めつくだろ? 後悔だってしないさ」
私自身を磨く。私の持っているものって何だろう。
「どうせ、今、自分の持っているものが何かわからないんじゃない?」
「はい……あんまり考えたことなくて」
「いい機会だ。今まで培ってきたものを思い出してみるといい。まぁ、あんまり悩まれるのも嫌だから一つアドバイス。リリアン、自分に自信を持って。君は素敵な女性だと僕は思うよ」
そう言って優しく微笑むハイドさん。やばい、少しだけときめいた。
「まぁ、僕は楽しませてもらうよ」
一言余計だぁ! でも、この気持ちをどうしたらいいかわからなくなっていたから、いいキッカケになったかもしれない。前向きが私の取り柄の一つ。今までみたいに悪いことばかり考えても進めないのかもしれない。なら、ハイドさんが言ったように諦めるための自分磨きでもしてみようかな。
「ありがとうございます、ハイドさん。私、諦めるための自分磨き頑張ってみます!」
「うん」
微笑みながら眼鏡の位置を直しつつ、頷き返してくれるハイドさん。ハイドさんって意外とみんなのことよく観察しているのかもなぁ、としみじみ思った。
「さぁ、レオ。君はどうするのかな……」
「え? 聞こえませんでした。なんですか?」
「なんでもないよ。さぁ、冷めないうちに飲んでしまおう」
ハイドさんはおちゃらけたり、いじったりするけど、何だかんだ1番みんなを観察して理解してます。そういう所は、さすが隠れ兄ポジション。(笑)
でも今回は楽しい方に持っていきたいだけのような気がするんですけど、リリアン大丈夫かな?




