大胆なサボタージュ
トイレに行って顔を洗って、一旦落ち着く。
さっきからドギマギが止まらない。
なんか最近、ツグミが女子みたいに思えてきて仕方がない。
これじゃぁ、まるで変態だ。
小学生の頃からいつも一緒だったし、あいつとは町内会の温泉旅行で一緒に風呂も入った仲だ。
「あの時のことを思い出せ…。」
そうつぶやいて、過去の記憶を掘り起こす。
最後に一緒に温泉旅行に行ったのは小4の時だ。場所は平湯温泉。
ぼんやりと大浴場の光景を思い出す。
そうだ。確か大きな木の梁があって…。吹き抜けがあった。なんか昭和レトロというか…。よし、鮮明に思い出してきた。
俺は記憶を早送りする。
ツグミがいた。等倍。
ツグミと自分の目線が同じ事を思い出す。スローにして、体つきを思い出す。あの頃のツグミは成長が早くて、俺より少し大きいくらいだった。しかし、身体のラインは今と同じように柔らかい。あまり筋肉を感じさせない。
さらに記憶画像が鮮明になる。具体的に言うとHD画質手前くらいにまでは鮮明になった。
俺たちは露天風呂の無駄な広さに感銘を受ける…。そうなれば、馬鹿なガキが二人いるんだ。
当然、水泳競争になる…。
と話が決まった瞬間、ツグミは俺の背中を押して湯船に落とす。ザブン。
湯船に落ちた俺を尻目に、ツグミは泳ぎ出す。
負けじと俺も泳ぎ出す。スロー。後ろについた!スロースロー。
頑張れ、俺。まだやれる。ツグミは少し前でバタ足をしている。モアスロー。
尻が浮いて、足があがってぇ…。
「おい!もうすぐホームルームだぞ!」
同じクラスの田中の声で俺は覚醒する。
「どうしたんだよ?汗ダグだぞ?」
そう言われて、確かめてみると背中まで汗をかいていた。
「すまん。昔のことを思い出していたんだ。」
「すごい形相だったぞ。お前。どんだけすごい過去抱えてるんだよ?」
「いや、気にするほどの過去じゃないさ…。」
ふぅとため息をつく。落ち着いて考えてみると、男の尻と股間を必死になって脳内ビジュアルに映し出そうとしていた。下手すりゃ、変態の誹りを受けかねない行為だった。
思い出して、思わずゾッと震える。
「昔の事だよ。どうしても、向かい合わなければならない過去っていう程のもんじゃないさ。」
「そうか…。色々大変なんだな。お前も。」
田中が神妙な顔でうなずく。何が大変なんだろうか?
「ところで、早送りとかスローとか言ってたの、何だったんだ?」
「そのまんまだよ。お前出来ないのか?」
「すげぇ機能ついてんな。おまえ。」
田中と馬鹿話をしながらトイレから教室に戻る。ホームルームはまだ始まっていない。委員長とツグミが一緒にいる。こうしてみると、お似合いの美男美女って感じだ。
「田中さん。おはようございます。」
「委員長。おはよう。」
「あっ、アカハラ…。」
ツグミは俺の顔を見て急に涙ぐんだと思ったら、教室を飛び出していった。何事かと思ったけど、とりあえず追いかけようとした時、担任の吉岡先生が教室に入ってきた。
「ちょっと、二人ともホームルーム始まりますよ!」
「サボります!」
とツグミが叫んで出て行った。
「阻止します!」
立場上そう言ってツグミを追いかけた。さらば、皆勤賞。
「なんか、大胆なサボタージュをされましたね。先生、泣きそうです。」
そして、吉岡先生。すいません。なんか、ホント。すいません。