死神さん
ひとしきりツグミ様をからかって二人を送り出した。とりあえず満足する。
「相変わらず、にぎやかな事ね。」
カウンターの奧の席から女の子の声がする。
大釜を持ち、黒を基調としたローブを羽織っている。
人間の死と魂の管理人。死神だ。
名前はないらしいので、仮に私は死神さんと呼んでいる。
「相変わらず、気にもとめられないんですね。」
「人間は賢いからね。死を迎えるまで、死の象徴である私を無視し続けるわ。徹底的に。」
かつて坊主の説教は死んでから聞くと言った人がいたが、人は彼女に出会えるのは死んだ時だけらしい。何故そうなっているかは分からないが、人間という種が出来た時に出来たシステムらしい。私は人間として認定されていないらしく、彼女の姿を見ることが出来る。
「寂しくないですか?」
「寂しいとは思わない。そういう風に出来ているから。でも、まさか宇宙人にまで有効だとは思わなかったわ…。」
そう言いながら死神さんは寂しそうに言った。よく見れば表情まで寂しそうだった。
グラスを二つカウンターの上に置いて、冷蔵庫からボトルを出す。
「そう言いながら、顔に出てますよ。Ms。当店から一杯おごりますよ。」
「バーテンダーか、貴女は。」
「バーテンダーの語源は1800年代のアメリカで、酒場。つまりBarと世話役、Tenderを併せて出来た造語だそうです。」
ボトルの蓋を開けながら私はうんちくを語る。
「ヨーロッパの方じゃバーマン。女性はバーメイドって呼ばれるようね。」
どや顔で死神さんが割って入る。先に言われた。
「ちっ。」
「えっ、ちって言った?ちって言ったよね?」
「へぇ、それは知りませんでした。それじゃぁ、さっきのツッコミも言い直してもらいましょう。」
「…、貴女。根に持つタイプでしょう?」
「まさか。物事は正確な方が良いでしょう。勉強になりましたので、呼称も言い直して頂くのが正当な感じでしょう。ナナシ、覚えた。」
「なんだか、馬鹿にされているような感じ。」
「まさか?元々私は宇宙船の対人機械用制御AIですよ。誰かを馬鹿にするなんて事はあり得ない。」
「……、バーメイドですか、貴女は。」
「ふふっ。まさか本当に言い直すとは。」
少し笑う。
「死神さんって、いい人ですね。」
「うるさいっ!」
顔を真っ赤にして死神さんが叫ぶ。
ツグミ様も、死神さんもコロコロと表情が変わる。表情が豊かな人は見ていて楽しい。
もちろん、本気で怒り出さない人だけ、ですけど。
怒っている死神さんの前には大小の2つのグラス。
ボトルの蓋を開け、小さなグラスに茶色い液体を流し込む。あたりに香ばしい香りが広がる。丁度指2本分まで入れる。次に別のボトルを冷蔵庫から取り出して大きい方のグラスにナミナミと注ぐ。
「折角だけど…。私、お酒なんて飲めないわよ?」
「麦茶をツーフィンガー。それにチェイサーの冷やした水道水です。」
「麦茶かよ!」
ガチャ。
チリンチリン。
おもむろに店のドアが開く。
「おはよう、ナナシさん。モーニング一つ。」
そう言って本日最初のお客さんが来る。
うちの店のモーニングはドリンク代+100円で本日の朝食がつく。
今日はミニカレーうどんと、いなり寿司が2つ。あまりモーニングの文化がないこの地域としては、珍しいからか割と評判がいい。
関を切ったように次々とお客さんが来てくれる。出勤中によってくれる人が多いのに、今日は順番待ちまで出た。カレーうどんが熱かったのか、回転率が落ちたせいかもしれない。明日はサンドイッチにしよう。
お客さんの軽口をいなしながら、私は忙しく働く。死神さんはカウンターでそれを見ながら、水道水をチェイサーに麦茶を飲んでいた。
「人間は賢いからね。死を迎えるまで、死の象徴である私を無視し続けるわ。徹底的に。」
彼女の言う事に間違いはないと判断する。
彼女がただ見えないだけなら、カウンターの席は空いているものとみなして誰かが座るだろう。でも、誰も座ろうとしない。おかしいとも思われていない。
死神さんがいることを認知しているが、無視しているのだ。
死神さんは小さいから気がつかなかったか?
それはない。
なぜなら、死神さんは大きな鎌を抱えているのだ。粗末なローブを羽織った大鎌を抱えた女の子。普通ならそれだけで通報ものだ。
しかしそれだけじゃない。
彼女はローブの下は何も着ていない。すっぽんぽんなのだから。