あるある名探偵
私の名前は明智耕助。
東京で私立探偵をしている。
今日は幼なじみの現役アイドル、万雪と、お忍びで長野のペンションにやってきた。
11月だと言うのに急に降りだした大雪でペンションに閉じ込められた私たちの目の前で、客の一人が刺殺体で見つかるという事件が起こったのはほんの数分前。
電話もケータイも通じず、交通も遮断されたペンションの中。殺人犯と共に密室に閉じ込められた私たち、ペンションのオーナーを含めて8人は、食堂に集まった。
「皆さん。私は私立探偵の明智耕助と言う者です。……突然ですが、犯人はこの中に居る!」
私は左手で帽子のつばを掴み、右手を客達の方へ向けると指をつきだした。
「ええっ?! そうなの?! こうちゃんかっこいい!」
胸の前で手を握りあわせて、キラキラとした目で私を見つめるまゆきに一瞬視線を向けると、私は唇の端を歪め、笑った。
「ちょっと待て! 探偵風情に話を任せられるか!」
突然、ヨレヨレのトレンチコートを着た男が話しに割り込んできた。
自己紹介によれば、たまたま休暇でやって来た警視庁の西山警部だそうだ。念の為に身分証を確かめたが、確かに本物だった。
ザワつく客達を見回し、ポケットに手を突っ込んだ私は、落ち着いて椅子に腰掛ける。
「私には全て分かっていますが、どうせ、この雪の中表にも逃げられない。解説は明日にして、今日は食事を取りましょう」
指をパチっと鳴らすと、その「食事を」が自分に向けて言われていることに気づいたペンションのオーナーが、恐ろしそうに客を見ながら台所へ向かう。まゆきは私の後ろに逃げてきた。
「……じょ、冗談じゃない! こんな殺人鬼の居るような所で飯が食えるか! 私は部屋へ戻らせてもらう!」
客の一人が二階の部屋へと逃げてゆく。
ドアが閉められた後、鍵のかかる音が聞こえた。
「おい! 聞け! 私の調査によると、殺された男と言い争っていた女性が居る。……そう、あなただ!」
一瞬のシンとした空気の後、西山警部が客の女性を指さす。
「あなたが犯人だね?!」
「ちがいます! 確かに言い争いはしていましたが、それはおみやげを何にするかを話し合っていただけで、殺すなんてとても!」
取り押さえようとする西山警部と女性がもめている中、玄関の方からドサリという物音が聞こえた。
「こうちゃん、今の音、なに?」
まゆきが怖がって私の首に抱きつく。
全国数百万のファンが夢見る胸が、私の顔を圧迫した。
他の客も一様に身をすくめて、気にはなっているようだが、ただ玄関の方を見つめるだけで、行動を起こすものは居なかった。
「……なにビビってんだよ! よし! 俺が見てきてやる!」
客の一人、若い男が玄関の方へ向かう。
結局、食堂に残ったのは、私と万雪、西山警部と容疑者の女性、それともう一人の客だけだった。
それを待って、私はその最後の一人に向かって真っ直ぐに指をさす。
「……これで決まった。犯人は、あなただ!」
「な……何を証拠に?!」
私はまとわりつくまゆきの手を外すと、立ち上がる。
「なに、消去法ですよ。私とまゆきは犯人ではありません。オーナーは殺人があった時、私たちと一緒に居ました。西山警部も二流ではあるが、ちゃんとした警察官です」
私の言葉に「なにっ?!」と怒鳴り声で返す西山警部を軽く手をあげて制し、推理の説明を続ける。
「最初に部屋へ戻った男。彼は『こんな所に居られるか! と部屋に入って鍵をかけ、密室で殺される』タイプの被害者です、犯人ではありません」
まゆきは「おおー」と歓声を上げうんうんと頷くが、西山警部は納得がいかない表情でこちらを見ている。
私は無視して話を続けた。
「次に、最初の被害者と口論をしていたあなた。あなたは『名探偵に対抗心を燃やした二流の刑事に犯人と間違えられる』タイプの一般人です、犯人ではありません」
女性は「ほらみなさい」と警部の手を振りほどくと、腕組みをして私の話の続きを待った。
「そして最後に、玄関を見に行った男性。彼は『俺が見てきてやるよ! とわざわざ人気のない所に行って殺される』タイプの被害者です、犯人ではありません」
玄関から「雪が落ちただけだったぜ」と戻って来た男を見て、西山警部はますます首をひねる。
「そう、つまり、この中に犯人であり得る人物は、あなたしか居ないのです!」
「こうちゃんすごい! 超かっこいい!」
「まてまて! なんだそのバカな推理は?!」
私を褒めちぎりながらグリグリと抱きつくまゆきと、私に詰め寄る西山警部の背後で、プルプルと震えていた犯人はガックリと膝をついた。
「まさか……こんな名探偵とペンションで一緒になるとは……運が悪かった……。すみません、私がやりました……」
スープを運んできたオーナーが、ひざまずく犯人と仁王立ちになった私を見て、「どうしました?」と恐る恐る状況を訪ねて来る。
私は胸を張ると、高らかに宣言をした。
「事件はこの明智耕助が解決した。さぁ、食事を楽しもう」
私は席に座り、軽やかにナフキンを止めると、まゆきと一緒の食事を楽しんだ。
西山警部は犯人に手錠をかけたが、いつまでも首をひねっていた。