それは素敵な秋と、ア・ネマチック状態姉妹
当作品は、上海アリス幻樂団(東方プロジェクト)の版権による二次創作です。
ピースブリッジさん主催による『ランダムカップリング企画』参加作品。第二弾。第二回のテーマは、紅美鈴と秋静葉です。
安定の締め切り二日越えです。御免なさいッッ!!!
だって、この規模になってし(ry
・・・・おねえちゃん・・。
・・・ねぇ・・・・、・・おねえちゃん・・・。
そんな、何だか、懐かしい様な呼び声が聞こえてくる。目を閉じて。五感を閉じて。今、意識も閉じかけ微睡んでいる門番は夢の世界の中にいた。
おねえちゃんか。――と、自分が寝ているという状況を自覚しながら、紅魔館の門番はうたた寝を堪能し続けていた。
だれを呼んでいるのだろう? 紅魔館の門番を忘れて、惰眠の意識が問いかけている。
だれが、呼んでいるの? 門番を忘れ続けている惰眠の意識が模索している。
「うーん、違っていたか・・・ニュアンスかな・・」
いま はっきり 聞こえた気がしたけど、ちがう私はまだ夢を見れている。覚めてないから。
ほら・・・ほら・・・。寝たいんじゃない、寝ているの。門番さんは夢を見てしまっているの。
「いや、無理やり三人称で・・・置k 」・・き換えても、お前は今起きてい・・・ら。
夢の中の不安定な意識が創り出しているらしい。そんな意味をなさない声も、門番の眠りが更なる深みへと沈み込んでいくにつれ、薄れていく様であった。
おねえ・・・ん。 ・・・・・・起き・・。
今度は。微睡みの中で本当に懐かしい様な声が聞こえてきた気が・・・。
「ふっ」 それは素晴らしい精度で耳の奥底へと吹き届いてくる息でした。
「うやひゃああ!」 ・・・どしゃっ。
紅魔館の門番。紅 美鈴は、素っ頓狂な声音を上げて目を覚ます。
十八番である立寝をしていた為、一気に力が抜けて膝から崩れてしまっていた。
「あははは、起きた起きた。御機嫌よう、我が館の門番」
目覚めた途端に掛けられた弾んだリズムの黄色い声。
その声を聴いた瞬間、美鈴はビクリと身を引き攣らせて顔を上げる事となる。
「うっ、うわわっっ、レレ・・・レミリアお嬢様っっ。ここれはその、決して寝ていたとかそう言った類いの展開の奴では無くてデスネっっ」
幻想郷は陽が暮れかけていた。紅魔館の主、レミリアお嬢様が本格的に活動するには少し早い時間である。
人間の感覚で例えるならば、午前4時半過ぎ頃に起床して広い邸内を散歩している様なものだ。
しかし。暮れ欠けに紅く濃く染まっている情景を目の当たりにした美鈴は、――この刻限こそ、レミリア・スカーレットお嬢様には相応しい。そう思わずにはいられない情景であった。
そして、お嬢様のすぐお傍にぴたりと控え。
日傘を以て、鋭く紅い陽光からお守りしている従者にも捧げたい言葉であtt。
サクッ♪
「こらこら咲夜。藪から棒にナイフを差し込んでやるな」
「こいつに用事があったから、こうして早起きしていると言うのに」
「あら、失礼致しましたわ。お嬢様。ついつい手を滑らかにスベらせておりました」
レミリアお嬢様が美鈴の傍へと寄ってくる。
咲夜も併せて美鈴へと寄り、そっとしゃがみ、陽とお嬢様との間に日傘を重ねる。
それは、少女三人で密談でも交えようかとしている様な光景だった。
「ねぇ、秋暮れの門番・・・」 それはとても密やかな小声であった。
「は、はい。どの様な御用事でしょうか? レミリアお嬢様・・・」
「この門番にどの様な御用事で御座いましょうか、お嬢様・・・」
「そう遠くない内に・・・、派手派手でパステルチックな奴が、もしも来たらな。なんと門番の奴が、そいつを黙って館に入れてしまったんだよ」
「えっ・・・それは・・・」
レミリアお嬢様は内緒話をするように、
片手を口元に添えて立てたまま、不敵な笑みを守っている。
「レミリアお嬢様からのご用命・・・と受け取って良いのでしょうか?」
「まぁそれは、咲夜からのお仕置きだな」
「えっ…」「それはお仕置きしなければなりませんわね、お嬢様・・・。そのパステルを私が退治せしめれば宜しいので御座いましょうか?」
「なんとメイド長の奴がな、危うい所で捕獲してくれるんだ」
「やはり」
「そして、ああ我が主が言っていたのはコレの事かと思いながら、大図書館のロビーへと持ち込んでしまったみたいなんだよ」
「ええっ… それはお仕置きされなければなりませんわね、お嬢様に・・・」
「まぁ、とにかく・・・それでちょっと、その・・・きっと賑やかになるんだよ。図書館が、うん。楽しそうになるから、みんなが」
ああ・・・。二人はそれとなく目を交わしあい。
今回の密談の重要たる所以を飲み込むのだった。
「妹 様 が、で御座いますね」
悪魔の従者は、臆する事も無く含んだ言葉を仄めかす。そんな人間のメイド長に紅魔館の門番がハラハラした眼差しで頻りに一瞥している。
レミリアお嬢様は昔から、この二人同士の大胆で端的なやり取りと微細で控えめなやり取りを堪能するのが、密やかな楽しみであった。
「そう言う事だから、二人ともそれと無く意識せずいつの間にやら忘れていなさい」
レミリアお嬢様の密談の盟達は、抑えた声を揃えて応えていた。
「畏まりました」
「そうだ、折角だからお前たちに・・・」
紅魔館に住まう大勢の従者や友たちの中では良くも悪くも毒気のない、稀少な二人の連れ合いに、密談の盟主はもう少しばかり都合を割いてお話する事にしたようだ。
日傘を持つ従者が門番へと日傘を渡し、門番が傘の柄を受け取った瞬間には、脚の短い一人用の円卓と椅子、ティーセットのワゴンとパラソルが配置されていた。
並べ立てると大仰そうに聞こえてしまうが、悪魔でレミリアお嬢様お一人が収まる、小規模で控えめなものなのだ。人間の女性でも一人で瀟洒に用意出来るセットであった。
レミリアお嬢様は優雅に紅茶を嗜みながら、
三人きりの門前でゆったりとした時間を過ごすのだろう。
「折角だから私と一緒に、・・・ある状態の物質化学の話をしないか」
「ネマチック状態という液晶の話をしよう」
―――――――それは、ある秋の暮れ空の幻想郷。
紅魔館の門番、紅 美鈴は微睡んだ意識で危うげに立っていた。
背後には紅く大きく立派な正門。門の先には自らが手を施している自慢の庭園と、更に先には紅い洋館が立っている。
結界に囲われた幻想郷においても、さらに湖の中に囲われた陸の孤島。幻想郷の秋暮れの孤島。
美鈴の仕事は立ちながら眠ってしまう事では決してなかったのだが、「秋なのだから、仕方ない」と独りでに口をついて出た言葉の通りに、危うい意識の綱渡りで体を揺らしている所であった。
門番の仕事は辛くはないが、暇なのだ。
秋には特に美鈴の中の 悪 魔 が、手強いのだ。
特にそう・・・。暴れる妖怪の噂を耳にし、レミリアお嬢様のご用命で咲夜が出てしまっている様な、こんな秋の暮れ頃には。
レミリアお嬢様と寄り添うように流れている気の軌跡が、今、館からは微弱にしか感じられない。
気の流れ、――気を操る程度の能力。――妖怪、紅 美鈴にとって。気の流れとは、単純に肢体を流れるエネルギーの支流というだけのものではない。
それはその人妖にとって拠り所となっている意識の先にも架かっているものである。
気を操り、気を修めている妖怪にとって、それは人妖の意識的・潜在的な関わりの流れや強弱を感じ取れる能力という事でもあった。
買い物に出ても、異変に出ても、それこそ地を流れる龍脈の様に紅魔館には咲夜の気が留まっている。
それが最近、咲夜がどこからか一見して妖刀と見られる短剣を拾って使いだしてから、咲夜の気が短剣の妖怪に囚われる事が怖くてずっと悩んでいたのである。
なぜ、レミリアお嬢様は面白そうに眺めていられるのか。紅魔館へ向かう分の咲夜の気が、どんどん短剣に流れ込んでいるというのに・・・。
昔なら・・・。と、美鈴は、ある秋の日。それは今日。
何処からか湖に吹き込んできた紅葉をのせた風を眺めている内に、今よりもっと少女だった頃の咲夜を思い出していた。
あの頃なら、美鈴はすぐさまレミリアお嬢様へと進言していたに違いなかった。
いや、そもそも。拾った長物など美鈴が取り上げていただろう。
それは美鈴がしゃがんで咲夜にお願いするだけで良かったのだ。
うん、そんな事を今の咲夜さんには絶対出来ないな。
そんな思いに囚われながら、最近眠れぬ門番を続けるうち、咲夜の気が門から湖へと渡って行くのが感じられた。
「美鈴、ちょっと湖の妖怪をお掃除しにいくわ。だから寝ていちゃ駄目よ」
そう言い残して門を出ていく咲夜を見たとき、レミリアお嬢様が面白そうに眺めていた理由を美鈴にも漸く感じ取る事が出来ていた。
――あ、咲夜さんは大丈夫だ。
付喪神や妖怪付きな道具に囚われた者の『気』なら、今までも沢山視てきた事がある。
咲夜のそれは、付喪神化している短剣の妖気を完全に『自分の道具』として掌握していたのだ。
幻想郷にて、そんな特別な強さの気を人間が纏う時、それは異変解決に直接関わる事を意味しているのであった。――咲夜さんが、久しぶりに・・・。
そ ん な わ け で、
今 私 は 悪魔 と 戯 れ て い る の で す。
咲夜が出かけて暫くしたのち、いつかレミリアお嬢様の言っていた派手派手でパステルチックな妖怪が湖上を超えてくる。
美鈴はすぐに寝たふりを・・・し続けている事にした。
青、紫、水色、赤、下駄。なるほどパステルチックな娘だと思った。
「 め い り ん ッッ !! 手始めにこの妖怪の首・・」「起きますッ 起きておりますッ、咲夜さん!!」
寝ている事を分かりやすくアピールする為に完全に横になっていた所だったのだが、咲夜にもアピールしている結果となっていた。
その手には左右各々、短剣とナイフが握られている。
どちらを頸へ迸らせたものかと、本気で迷っている様子であった。危ない所である。
「変な妖怪とか変なネズミ、どちらも侵入させたりしてないでしょうね?」
「はい! ご安心ください咲夜さん」 美鈴は背筋を伸ばして報告する。
「パステルな妖怪しか入れてませんッ!」
無言のまま、咲夜は短い方の刃物を片付け始めた。
「いや、ちょ ちょっ、咲夜さん違います、忘れています咲夜さん ほら レミリアお嬢・・・」
―――そろそろ、秋の陽が本格的に落ちてくる。
短剣の柄でゴスンと撃たれた額が割かし痛い。
咲夜が館に戻って、大分経った頃。
美鈴は湖を舞い揺れている紅葉を眺めながら、誰にともなく言葉をかけた。
「それで? あなたはいつまで、真っ赤な紅葉を降らせ続けているのかな?」
視線の先は、湖上に舞う赤い紅葉。風に流され舞うように降り揺れている紅葉。
しかしその一枚たりとも湖には着水せず、人知れず秋空の彼方へと舞い戻っていたのだ。
美鈴の視線は、その舞い戻る空の先。
その高低差を以て一面の紅葉色に染まっていた秋空の彼方であった。
「うふふ。・・・焦げ色の、・・・湖上を染め降る、下剋上」
紅葉達が一点の周囲を周回する様に秩序を持ち続ける。紅葉の一つ一つ同士は一つとして整然とは並びあわず。しかし一定の方向へと秩序だって動くことで、その景色は、塊り繋がって動くものよりも美しく壮観に感じられていた。
危うく心を抜かれそうになっていた美鈴の意識に、いつか聞かされた『ある状態の物質化学の話』が思い起こされていた。
不意に目の前の現象が、その時の難解極まる話を簡潔に表現させている様に見えて。
「・・・ネマチック状態」 小さく呟くと同時に視界がスッキリと広がって感じられ、1人の妖怪・・・いや、神様の姿を見つける事が出来ていた。
目線の合った紅葉色の神は、とてもお淑やかそうな微笑みを美鈴へと返す。
「ああ、寂しかな、・・・」 そしてゆっくり下降しながら、詠みかけの言葉を紡ぎ始めていた。
「 狂 い の 落 葉 」 ぴたりと。流れる軌跡で幽玄な焦げ色を描いていた紅葉が一斉に静止する。まるで、幻想郷の終焉を表現された気分になる。いや、終焉が表現されるのはこれからであった。
音もなく。秋空を紅く染めるイロハモミジは、それはそれは美しく弧を広げて襲いかかった。
情け無用のルナティック。葉符「狂いの落葉」が迫りくる。
迎え撃つ門番、紅 美鈴は明るく不敵に笑っていた。静かに紅く激しく降る紅葉を前に。
寂しさと終焉の象徴。秋 静葉を迎え撃つ。
「ああ~、染まり負けてしまったわ~。彩り下剋上もここまでねぇ~」
控えめの紙ふぶきのように紅葉を舞わせながら、弾幕勝負の負け神様が地面に降りた。
「彩りの勝負だったのですか」
「あなたの弾幕ごっこは彩り豊かで明るいわねぇ。もうすぐ暮れてしまう秋空に映えて私は好きよ♪」
打ち負かした相手に褒められて、美鈴は困ったように苦笑いしていた。
「秋に見ると目が痛くなる、って皆には言われてしまっているのだけどね」
「おやおや、そんな見えていない言葉を? どこの皆が言ってくれたのかしらねぇ」
いくら弾幕勝負の真っ最中であったと言えど、声の主に美鈴は全く気付けなかった。
気付いたら紅葉を踏みしめる音がすぐ近くで聞こえ、自ら日傘を携えたレミリアお嬢様がトートバッグまで提げて立っていた。
「レミリアお嬢様・・・。やっぱり、こちらに来てしまったのですか」
咲夜を連れていない紅魔館の主。
レミリアお嬢様に、美鈴は寂しそうな笑顔を向ける。
いつかの様に鋭く紅く染まる日傘を、美鈴の視線に傾げる様に向けて寄り添ってきた。
「秋の神様、ようこそ紅魔館へ」
「だが、我が館の門番に負けてしまった者は、断固として先には進めない事になっているんだ」
「あら、それは残念だわ。呼ばれている様な気がしていたのに・・・」
ふと、紅美鈴は、この神様の事を思い起こした。そして目の前の主様との共通点が一つだけ。
レミリアお嬢様は不敵な笑顔を浮かべながら、とても庶民的に提げていたトートバッグから真っ赤なシートと紅い葡萄酒を取り出した。
「だから残念だが、門前まででお留まりくださいな」
弾んだリズムの黄色い声。それを秋の神様は両手の指先を合せて受け答える。
「あら、それは残念だわ。妹も来ていたら良かったのに♪」
これ以上はないと言う様な、嬉しそうな笑顔であった。
美鈴がシートを綺麗に敷いて、なんとまぁ、グラスの代わりに用意されていた紙コップを三人分用意して。お世話に撤する積りでいた美鈴だが、断固拒絶を許さぬ『神様からの無言のお酌』を受けて。
三人分のワインが出揃った頃には完全に陽が暮れていた。
レミリアお嬢様が日傘をたたんだのを合図に、三人とも控えめにコップを掲げる。
「よし」と、小さく呟いたレミリアお嬢様が美鈴に振り向くと。
「美鈴、姉会の時間よ」
紅魔館の門前で何故だか美鈴まで交えた、秋の夜の宴が始まってしまった。
「それで、静葉さん。実際の所、どうして紅魔館に来たんですか?」
美鈴は何杯目かのワインをちびちびと飲みながら、秋を各々司る姉妹の神様・そのお姉さん。
秋 静葉に聞いていた。
静葉は思い出すように一人顔をあげると、あからさまに頬を膨らませてしまう。
「妹がね、・・・釣れないのよ」
「確か、妹さんは穣子さん・・・でしたっけ? つれないのですか」
美鈴は秋頃にも催されている、神社の宴会を思い浮かべる。
レミリアお嬢様はおもむろに腕を組むと、静葉の一言を我が事の様に受け止めて頷いている。
「そうか、妹が、・・・釣れないのか」
静葉の話を要約すると、妖怪の山を吹き抜けた謎の妖力が原因であったという。
山の中でも普段大人しい妖怪である程に、そわそわした気分に、暴れだしたい衝動に襲われる。
その気風は神様にまで及んでいたと言うから、影響力の凄まじさがうかがえる。
しかし麓の妖怪たちと山の神々妖怪たちとは、決定的な違いがあった。
それは『謎の妖力の影響』である事が最初から自覚されていた事である。
個々に影響をもたらしていた下剋上の気風は、すぐに互いの異常を認識しあえる状況下にあった妖怪の山において、それほど暴走効果を促せなかったのである。
『折角だから乗ってみよう』と言う野良神様を除いて・・・。
「いや、私もね。正直そんなに舞い上がっていた分けではないのよ?」
ワインによるのか、気恥ずかしさによるのか。少し赤らめた頬を隠すように片手を添えて、秋姉妹の姉神様は杯を重ねる。
「ただ、普段なかなか思い切れない私達なのだから、秋の季節で重ねた力を存分に振る舞ってね」
「この『憂き目を見ている野良神様ほどに力を増す』下剋上の気風に乗ってねっ! 姉妹で幻想郷中を真っ赤な紅葉色に染め上げてやってねっ! その秋色な景色を穣子に楽しんで貰いたかったのよ!」
しかし肝心の妹からは、およそ姉妹の姉に向けられる発言とは思えない様な。
思わず耳を覆いたくなる程の酷い言葉が投げ掛けられたのだそうな。
「・・・え? お姉ちゃん・・・下剋上、って・・・なに? (何かが)大丈夫?」
「そんな事より、今日も私、お呼ばれされちゃってるみたいだから出掛けるね。お留守番よろしく」
―――影響を受けていた『憂き目を見ている野良神様』は、姉の方だけだったのだ。
「もおおおーーーー!!! 何なの馬鹿なの死ぬの!! 穣子のばぁあかああ~~・・・」
これは流石に、ワインの6~7杯も紙コップ満杯に飲みあかしたい所である。
美鈴は一生懸命考えてみたものの、掛けてあげられる言葉など見つからなかった。つまりそんな言葉は存在しないという事である。
「うっ、ううっ、ぐす、な・・・なんて悲しい事を言う妹なんだ・・・」
そしてレミリアお嬢様は泣き出している。
レアな一面なのではない、姉会というものが、そうさせているのだ。
「美鈴も、昔はお姉ちゃんお姉ちゃん言われていたのに、・・・ね」
「えっ、私です・・・か・・、あ、そう・・・言われれば・・、・・・はい」
そう。美鈴にも覚えはあったのだ。姉に向けるような言葉を掛けられていた、昔の覚えが。
人間にとっては昔の事でも、長い年月を変わらず生きている妖怪にとっては最近の様に感じてしまう昔の思い出。―――おねえちゃん、か。
「まぁ、あなたにも妹がいるのね。あなたの妹は最近あなたに優しく接してくれるの?」
「それは皆無ですね」 美鈴とレミリアお嬢様が、完全にユニゾンさせて答えていた。
突然そのとき三人の体を、突風で煽られたかのような衝撃が貫通していった。
―― ズシッッッッ!!!!
と言うような感覚だった。
しかし実際には突風など吹いてはおらず、外のそよ風程度にしか髪も袖口も靡いていない。
三人の持っていた紙コップに張った赤ワインだけが、痺れている様に波打っていた。
「なんだ・・・今の感覚は」
レミリアお嬢様までもが首をかしげている。
どうやら今宵は、みんな等しく酔い回されているようだ。
美鈴は軽い眠気に微睡みながら納得する。
気の流れを探るまでもなく、
気を操る美鈴にとっては慣れ親しみのある感覚を解説していた。
「これはですね。妹様ですよ。レミリアお嬢様の妹様ですよ?」
「・・・、ああ。そうか」 レミリアお嬢様は深くワインを流し込む。
「いまのぉ、すごい衝撃だったわねぇ。お屋敷大丈夫なのぉ?」
「さぁなぁ・・・」 レミリアお嬢様は、またワインを深く流し込む。
「お屋敷はって言うより、まず壊れたのが無機物である事を神に願うばかりだなぁ・・・」
「だいじょうぶですよ、レミリアお嬢様ぁ~」
「今の衝撃感はぁ・・・、布地を木っ端したドカーンでしたねぇ」
「そんなのまで分かるのか。凄いなぁ~・・・」
三人ともに。「はぁ・・・」
溜息をついて夜空を見上げる。そして、まったくの同じ言葉が。
妖怪と、吸血鬼と、神様、各々毎の深い想いと憂いを孕んでこぼれていた。
「姉って・・・」
レミリアお嬢様がワイン瓶に残っていた最後の一滴を飲みきり、
美鈴と静葉へと顔を向けて、すう、と微笑む。
「姉妹って、幻想郷の私達って、ネマチック状態の液晶みたいじゃない?」
「ねま・・・ちっくの・・・状態?」
聞きなれない単語に静葉が小首を傾げている。
「あの、・・・いつか話されていた、話ですね?」
あの時。実際にはレミリアお嬢様お一人で。
美鈴と咲夜に理解させる為というより、ただ話そのものを語って聞かせる為に話している様な。
そんな難解な、外の世界の物質解釈の一つであった。
「極小で棒状の分子が・・・、同じ方向に確かに向いて、配列され並んでる」
「それなのに。そう見えても。配列している分子の隣同士が、みんな不規則に並んでいるの」
「確かに同じ方向を向いているのに・・・。2次元的にも、3次元的にも、隣同士の関係性は『縦軸の指向先を除いて』不規則なの」
「そして・・・」
この辺りで、聞いている方より聞かせている方が眠そうに体を揺らし始めていた。
「そして、そこに電圧の刺激を与える・・・と、・・・」「くあぁあ~~、・・・眠いわねぇ」
「ああー、レミリアお嬢様。こんな屋外で眠られてはなりません。館へ戻りましょう」
「あらぁ、そうねぇ、そろそろ山に帰らないとねぇ」
静葉も少し、眠気で辛そうになっていた。
「帰ってはダメよ。二人とも」
「今夜は・・・ここで寝てやるのよ」
「あらあら、」
「いやいやいやいやっ、レミリアお嬢様 何言い出してしまうのですか。そんな無茶苦茶な・・・」
「無茶苦茶なのは、・・・妹達よ。姉ばかりが憂き目を見て、妹ばかり萌え萌えか・・・。ちょっとは電圧的刺激でも受けて、妹の方から迎えに来させるべきなのよ」
―――――――それは、ある秋の夜闇に静まる幻想郷。
だだだだ・・・、だだだ、 駆ける足音が響く。
「お・・・ お嬢っ・・お嬢様っっ!」
息せき切って、紅魔館の前門まで走って来たのは。悪魔の従者、十六夜 咲夜。
紅魔館の扉を開いた瞬間の信じられない光景を認めた途端に、我を忘れて走ってきた非瀟洒な従者が到着した頃には、その場に妹様・フランドールと、妹様の一時的ペット・付喪神の多々良 小傘。
そして、湖上の先からフワリと舞い降りてきた豊穣の神様が揃っていた。
妹様も、突然やってきた秋の神様も、傘をさした付喪神も、一様に音を立てずに見下ろしていた。
咲夜も気を落ち着けて見下ろすと・・・。
広く広げられたシートの端々に、完全に空けられたワインの瓶と紙コップが転がっている。
そして、美鈴とレミリアお嬢様。そしてもう一人の秋の神様が。
それぞれの寝息をたてて、寝入っていたのだ。
三人共に、一様に同じ方向へと頭を向けていて、でも三人共に一人として同じ寝姿をとってはいないのだった。
その寝姿が不規則である事が、かえってどれ程に微笑ましさを増している事か。
「お姉様、・・・眠ってる。眠ってるお姉様見たのなんて何百年振りかしら」
妹様がしゃがんで、お嬢様の頬をつんつんと突いていらっしゃる。
「かぁわいいなぁ、お姉様・・・」
うおおおおおお!! おじょうおおさまああああ!!!
今で御座いますよおお!! いま奇跡が起きていらっしゃいますよおおお!!
起き・・・いや起きてはっ・・・いやいや、・・今こそ起きるべきで・・・・
「お姉ちゃんったら・・・。こんな遠くに遅くまでお呼ばれされて・・・」
秋を司る秋姉妹。その妹の神様、秋 穣子は『やっと会えました』と言う安心と疲労の交わった声を呟きながら、姉の顔を優しい笑顔で見下ろしていた。
「さて、」 咲夜は思いっきり眉間に皺を寄せて、美鈴を見下ろす。
見下ろす咲夜は一切背筋を曲げず、胡乱な表情でナイフを抜いた。
「こらっ・・・咲夜っ・・」 妹様が静かな声で咲夜を嗜める。
「そんな方法で美鈴起こして、お姉様を叩き起こす気っ?」
「あ、その通りで御座いました。妹様、申し訳御座いません」
「では、今回は静かに。まずはお嬢様にお目覚めいただきましょう」
ゆっくり、そっと屈んだとき。
咲夜は袖口を引かれ、見ると妹様が静かに微笑んでいた。
「ねぇ、咲夜。この間、お姉様から聞かされたのだけど。昔は美鈴の事を『おねえちゃん』って呼んでいたんだって?」
「・・・・っな・・」 慌てて声を落とす。「・・・ななっ、何を申されるのですか」
「その時に、咲夜が美鈴に特別な起こし方をしていたって聞いたのよ。それをこの間、久々に見られたって言ってたわ」
絶句と共に、咲夜の頬は紅葉色に染まっていた。
「ねぇ、どうやって起こしていたの? 命令よ、教えなさい。その方法で皆で三人を起こすから」
咲夜は、しかたなく観念して白状していた。その声は消え入りそうで微かな音量だったが、その場に居た全員が確かに聞き取っていた。
「それは、・・・・ ・・・、 て、そして・・・ ・・・です・・。」
「まぁ、素敵」 その方法を、秋の神様は両手の指先を合せて賛同していた。
「私もそうやってお姉ちゃんを起こすわ」
「じゃあ、私もお姉様を起こすわ」
妹様のその口元が、レミリアお嬢様のお顔へと寄せられる。
「だから、咲夜は美鈴を起こすのよ」
「はい、・・・畏まりました、妹様」
咲夜は、内緒話をする様に、片手を立てて口元に添える。そして美鈴の耳元へ。
思えばかつては、自分がもっと子供だった頃には。姉の様に慕っていた門番へと口元を寄せていく。
そこで不意に。
ほんの数日前にレミリアお嬢様から聞かされた、『ある状態の物質化学の話』を思い出していた。
「ああ、これが、・・・お嬢様が仰っておられた」
「 寝 待 ち っ く 状 態 と言う事なのですね」
三人の妹は。
それぞれの姉へと静かに顔を寄せるのだった。