レシピ3 フィナンシェ
「ただいま……」
あきらかに疲れ果てた声が小さな小屋に響いた。
小屋に入った途端、ソファに倒れこんだロンを見て、リンは手を腰に当てた。
「まったく、だらしないわね。なんで送ったくらいでそんなに疲れるわけ? 運動不足はあんたなんじゃないの?」
リンがそう言うと、ロンはソファに寝ころんだままで顔を上げた。
「あの子達さ、意外と元気でさ……。リンは知らないけど、本っ当に大変だったんだよ」
リンはため息をつくと、それ以上は何も言わずにまたお菓子を作ろうと考えた。
リンは頭を悩ませ、考え込んだ。
「何が、いいかなっ……」
リンは頭の中が新しいお菓子のことでいっぱいだったが、ロンは旅に出ることを考えていた。
ロンは、リンには黙って行こうと考えていた。
わざわざ旅に出るとか、言わなくてもいいと思ったからだ。
それと同時に、リンに別れを告げたりしたら、なんだか色々と予定が狂いそうだと思ったからだ。
リンがもし、寂しがったりしたら、ロンも旅に出るのが後ろめたくなるから、ロンは黙って出て行くことを決意した。
そして明日、リンが起きないうちに出て行こうとした。
「ロン~、お菓子何がいいかな」
リンが甘えた声で言った。
ロンは少し笑いながら「何でもいいよ」と言った。
どんなお菓子だろうと、ロンには関係がない。
そのお菓子は、ロンは食べられないからだ。
旅に出るから。
そのことを全く知らないリンは、のんきに新しいお菓子を考えていた。
おとといロンに聞いた旅の大体の日程も、リンはすっかり忘れていた。
「そんなこと言うなんて~! ひどいよロンっ! ロンにもお菓子あげるからぁ~っ!」
そんなリンの叫び声も、ロンは聞いてないふりをして本を開いた。
リンは頬をふくらませて「無視しないでよぉぉ~っ!」とまた叫んだ。
その声は、小さな小屋によく響いた。
でも、ロンは気にしていないというような顔で、もくもくと本を読んでいた。
ロンはリンに何も伝えないまま寝てしまった。
もちろん、リンだって何も知らずに寝た。
「ふぁぁぁ……ロン、起きてるぅ?」
リンは布団をめくるとリビングに行った。
そこには誰もいない静かな場所になっていた。
「あ、あれ? ロン、まだ寝てたかな」
リンは慌ててロンの部屋へと向かった。
でも、そこには風に揺れる淡い水色のカーテンと、布団がキレイにたたんで押し込んであるクローゼットしかなかった。
「れ、れれ? あれれ、ロン、どこ行っちゃったんだろ。どこ行ったんだろ」
リンは無意識に同じことを二回も言って、バタバタと小さくて隠れる場所もないくらいの小屋を駆け回った。
それでも、ロンはどこにもいなかった。
「ロン、どこに――――あ、旅、かも」
リンは口に手を当てて絶句した。
「なんで、何も言わずに行っちゃったんだろ……」
リンは、必ず言ってくれると思っていたから、とてもショックだった。
それと同時に、今まで一人でいたことのないリンは、とても寂しくなった。
「ロン、ひどいよ……」
リンは泣きそうになったが、それを堪えて立ち上がった。
そして、リンは何かを思い出したかのように早足でキッチンに向かうと、バターや卵などを出した。
「フィナンシェ……作ってやるんだから」
リンはそうつぶやくと、小さい頃のことを思い出していた。
リンたちのお母さんがよく作ってくれていたお菓子が、フィナンシェだったのだ。
リンは懐かしみながら、すばやく小鍋にバターを入れて焦がした。
卵は卵白だけを使い、混ぜだした。
そこに、砂糖や薄力粉、それにセリア達にもらったバニラエッセンスを加えた。
最後に焦がしバターを入れて混ぜると、型に入れていつものオーブンで焼いた。
「うん、いい感じっ!」
リンはパッと笑顔になった。
それでも、寂しさを紛らわすだけで、完全に吹っ切れたわけではない。
いくらリンでも、ショックは意外と続くタイプだったりもするのだ。
20分後、リンがオーブンの中を覗くと、きれいなきつね色になっていた。
「わ、おいしそ~。ロン見、て……あ」
ついいつものくせでロンを呼んでしまったリンは、誰もいないのに、急に恥ずかしくなった。
「あたし、何言ってるんだろ。恥ずかし……」
そうつぶやくと、リンは一人で静かに泣き出した。
涙がリンの頬をつたって床に落ちると、リンはクスッと笑った。
「あー、もう。あたし、バカだ」
リンは額に自分の手を乗せると、そのまま寝そべった。
どのくらい時間が経っただろう。
いつの間にか、太陽が一番上まできたようだった。
リンは今日、何も食べていなかったので、立ち上がると適当にパンを焼いて食べた。
それと一緒にフィナンシェも食べたが、静かな小屋で一人で食べていると、おいしいものもおいしく感じないほどだった。
「寂しい……」
リンはつい、本音を漏らした。
誰も聞いているわけではないのに、リンは口を手で押さえ、ツインテールの髪を揺らす。
窓からは気持ちいい風が入っていた。
ソファの前にあるテーブルには、ロンが忘れたのか、一冊の分厚い本が置いてあった。
その本は風でページがめくられていた。
リンがその本をよく見ると、それはロンがいつも読んでいた本だった。
「あんなに大切だった本なのに、忘れるなんて、ロンもバカだね。運動不足でボケたんじゃないの」
リンは一人で笑った。
それが虚しくなって、リンはすくっと立ち上がった。
そして、さっきのフィナンシェの残りをセリアがクッキーを作った時に使ったラッピングの袋に入れた。
「これで……取りに来てくれるかな? はぁ……そんな訳、ないか」
リンはまた独り言を言って、ソファに座った。
そして、ひとりでにめくられていくページをとめた。
そのとき、リンはある文字に気が付いた。
「えっ……髪の色の違う、双子?」
リンとロンは髪の色の違う双子だ。
リンは自分に関係あることかと思って、よくそのページを見た。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【髪の色の違う双子】
髪の色の違う双子には、2つの種類がある。
1.血の繋がっていない双子
2.2人が父親・母親のの髪の色を受け継いでいる双子
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
それ以上はなぜか汚れていて黒くなっていた。
そのせいで、それ以上は見れなかった。
しかも、他のページはすべて白紙にされていた。
「うそっ……。ロンが読んでた時はもっと、文字がたくさん並んでたはずなのに。なのになんで?」
リンは絶句した。
静かに風でカーテンがなびいた。
リンは無言で窓をしっかりと閉じると、カーテンはまるで力をなくした蝶のようにだらんと垂れ下がった。
その様子を見ると、リンはまたソファに座った。
「どうして……ロンが、こんなとしたなんて思ってるの、あたし!」
リンは両手で頬を叩くと、ガバッと勢いよく立ちあがった。
そして、ドスドスと強く地面を踏みつけながらロンの部屋へ向かった。
全て木でつくられた小屋は、リンが歩くたびにギシギシと頼りない音を立てた。
リンはそれに気が付くとドスドスと歩くのをやめた。
リンはロンの部屋のドアを開けると、部屋にある机に向かった。
そこには、ロンが書いたと思われるメモがあった。
〈本読んだ? 僕たちは本当の双子じゃないらしいよ。血が繋がってないらしい。これ以上リンに迷惑はかけられないし、そろそろ旅に出ます。ロン〉
「何それ……。私たち、双子じゃなかったなんて……。信じられない。だって、私たち小さい頃から、一緒に過ごしてたよね?お母さんとお父さんの姿が見えなくなってからも、ずっと一緒にいたよね?だって、私たちは双子だったから。似てなかったけど、でも、双子だって信じてた。信じてたのにっ……!」
リンはまるでロンがそこにいるかのように話した。
でも、もちろんそこには誰もいなかった。
それでも、リンは叫んだ。
「ひどいよ、嘘つくなんて。お母さんもお父さんも……ロンも」
リンは泣きながらそう言った。
そして、フィナンシェを取りにリビングに戻った。
しかし、そこにはあのラッピングされたフィナンシェはなかった。
「えっ、なんで? えっ、えっ!?」
リンは叫んだ。
「リン」
リンは振り返った。
そこには、ロンがいた。
「ロン? え、ロン!? えっ、え、どこ行ってたの? えっ!?」
リンはパニックになりながら、とりあえず驚いたと思わせる声を出す。
その様子を見て、ロンは静かに笑った。
リンはロンをロンの部屋に連れ込もうと思って、ロンの腕をつかんだ。
――――――はずだった。
ロンの腕をつかむことは出来なかったのだ。
「あれっ、え、ロン?」
再びパニックになるリンに、ロンは優しく微笑んだ。
「魔法だよ。さすがにここには来れないからね。分身みたいな感じかな」
その言葉を聞いて、リンは目を見開いた。
「ぶ、ん……しん。じゃあロンは今どこにいるの?」
リンが聞くと、ロンはまたいつもでは見られない優しい笑顔で言った。
「旅してるよ」
リンは泣きそうになったが、それをこらえて笑顔で言った。
「じゃあ、もう帰らなくちゃ。ばいばいロン」
リンが手を振ると、ロンも手を振った。
そして、帰る直前に彼は言った。
「フィナンシェ、おいしかったよ。さすがリンだね。旅先でも自慢できるよ」
ロンが帰った後、リンは涙をこぼした。
でも、それをすばやく袖で拭くと、すべて振り切ったように笑顔になった。
「私、ロンが自慢できるくらいすごいお菓子屋さんになってあげるんだから」
リンは堂々とそう言うと、またお菓子を作りはじめた。
「悲しいときや、困ったときはリンのお菓子やさんへ来て下さいね!」
今日も、リンの元気な声が小さな小屋に響いた。




