幸運な爺さん
……災いは、本当に転じて、福となるのでしょうか?
この世に幸運な人生を送ったヤツがいる。
昔の話である。
まだ中国が唐と呼ばれていた時代のこと。
ある爺さんが馬を持っていた。
その馬は、利口で足も速かったため、爺さんはこの馬を他人に貸して、そのお金で生活をしていた。
ところが事件は起きた。
爺さんの馬が、ある日突然逃げたのである。
近所の楊おばさんや、親戚の張さん一家も、爺さんを心配して彼の家を訪れた。
しかし、爺さんは顔色も変えず
「悔やんどらん」
一言のみ吐いたのだ。
楊おばさんも張さんも、呆然とした顔をしつつ、少しホッとして帰っていった。
ところが事件はふたたび起きた。
いなくなった馬が帰ってきたのだ。
しかも、ただ帰ってきたのではない。馬を何十匹も引き連れて帰ってきたのだ。
やはり、近所の楊おばさんや、親戚の張さんが、お祝いに駆けつけたが
「嬉しくなんぞ無い」
爺さんは、そう呟いた。
そして、二度あることは三度ある。
事件が起こったのは、それから数年経った日のことだ。
爺さんは無償で得た何十匹もの馬で、そこそこに裕福な暮らしを送っていた。
大好きな孫も成人し、誰が見ても「幸せ爺さん」だった。
しかし、事故は孫に起こった。
孫が落馬し、腕の骨を折ったのである。
またも楊おばさん、張さんが駆けつけ、心配そうに爺さんの顔を覗き込んだ。
しかし…いや、もちろんと言った方が、しっくり来そうである。爺さんは一言
「悔やんどらん」
楊おばさんも、張さんも、いつものようにため息をつき、いつものように帰っていった。
孫が落馬してから一ヶ月後、爺さんの国は戦争に巻き込まれ、それが激化していった。
当然のように、若い者たちは総動員で戦争に送られた。
四つの国を巻き込んだ戦争である故、生き残った者は、ほんのわずかだったそうである。
しかし、爺さんの孫はというと、骨を折っていたため、非戦闘員として隊から除外され、幸運なことに命拾いしたのである。
またまたまやしても、楊おばさんと張さんは爺さんの家に駆けつけた。
そして、やはり爺さんも
「嬉しくない」
の一点張りだった。
このように、いかなる事があっても、爺さんのように冷静に対処することで、幸運を引き寄せられるという言い伝えが、中国では広がっているそうである。
しかし、この話には裏があった。
一見、頑固で冷静な爺さんだが、客が帰ったとたん、滂沱なる涙を流し、奇声とも言える喜びの声を上げていたのである。
その様子を間近で見ていたのが、楊おばさんと張さんであった。
……馬がいなくなった時。
おばさんは、必死で馬を探し出した。見つけた場所は、隣国だったのである。
しかし、馬は既に売馬とされていて、持ち主からは「他の馬も一緒に買わなければ売らない」と、ことごよく弱みに付け入られた。
しぶしぶ、おばさんは張さんと割り勘で馬を飼ったのである。
その数三十二匹!
……孫が骨を折った時。
張さんは政府の役所に勤めていて、戦争が起こることを見据えていた。
孫が死んだら、爺さんがどれだけ悲しむだろうと思い、楊おばさんと共に「落馬大作戦」を実行したのである。
罠のひもを張ってみたり、落とし穴を作ったりと奮起した結果、どうにか孫を怪我させる事に成功した。
そして、国は戦争に突入していったのである。
私はつくづく思う。
この爺さんは、なんと幸せであろうかと。
馬を得たことでもなく、孫が生き延びたことでもない。
何より、心優しき友を持っていることである。
これは友が良いだけに限らない。
素晴らしい友を引き寄せる、爺さんにも魅力があるのではないか、と。
そう思うのだ。
(『塞翁が馬』の由来となった物語による。)