猫より可愛い凜子にゃん!
「「「「さようなら」」」」
今日の授業おしまい。掃除当番もないし真っ直ぐ帰ろう。
「……」
ところで凜子ちゃんは、どんな家に住んでいるんだろう。家族とはうまくやっているんだろうか。
気になるな、凜子ちゃんの帰りを追うことにしよう。
教室から出て行く凜子ちゃんを追って、下駄箱で靴に履き替えたところで、自分がとんでもないことをしようとしている事に気づく。
いやいや、ストーカーだよこれ。犯罪だよ。凜子ちゃんの心のプライバシーは覗いても、凜子ちゃんのプライバシーは守ろうよ。心を覗きすぎて感覚麻痺してたよ。心を覗くのはいいんだよ、凜子ちゃんを救うためだから。あれ、じゃあ凜子ちゃんをストーキングするのも、凜子ちゃんを救うためだからいいんじゃないかな?
などと意味不明な供述をしているうちに、凜子ちゃんの姿は見えなくなってしまった。
仕方がない、帰って脳内凜子ちゃんといちゃいちゃしようと我が家に向かって歩いていると、
「……♪」
その途中でしゃがみこんでいるのは我らが凜子ちゃん。お腹が痛いのだろうかと駆け寄ろうとするが、彼女が幸せそうな顔をしていることに気づく。こんな道端で用を足して気持ちよくなるなんて、とんだ変態だね凜子ちゃん……と一瞬興奮しかけたが、凜子ちゃんの見つめている先を見れば、一匹のトラ猫が尻尾の毛を逆立てて凜子ちゃんと対峙していた。
『はー、猫可愛いなあ。【お腹がすいたにゃあ、遊んで欲しいにゃあ】だなんて、人間と違って動物は心が綺麗で癒されるにゃあ~』
ぶふふっ、と思わず吹き出してしまうが凜子ちゃんはこちらに気づいていない。
でもこんなアレな心を読んでしまったら、吹き出さずにはいられない。にゃあって。
凜子ちゃんと対峙している、心なんて読まなくても明らかに威嚇しているとわかる猫の心を読もうとする。凜子ちゃんの妄想のように、にゃあなんて語尾のついた日本語が聞こえてくるなんてそんな都合のいい話があるはずもなく、恐怖や怒りを感じさせる、漠然としたもやもやが脳に響く。
基本的に日本人なら日本語、外国人なら一番使用しているであろう言語が聞こえてきて、まだうまく考えることができないであろう赤ん坊とか幼児、動物とかだったら漠然とした感情のイメージが流れてくる。間違っても、『ニャー、ニャー、フーッ!』とか猫語が聞こえてくるわけではない。
凜子ちゃんの中では動物は人間と違って綺麗な心を持っていておまけに凜子ちゃんに好意的という設定なのだろう、きっと。そうでもしないと凜子ちゃんは耐えられないのだろう。
綺麗な心を持っているのかはわからないが、少なくとも大抵の動物が人間を怖がっているのは心を読まなくたってわかる。この猫だって自分よりも数倍大きな凜子ちゃんが寄ってきて怖がっている。
触りたいのかじりじりと猫に詰め寄る凜子ちゃんであったが、とうとう逃げ出してしまった。
「あ……」
残念そうにそう漏らす凜子ちゃん。多分脳内では自分の記憶を書き換えてまで尤もらしい心の声を聞いているのだろう。悲しくって、心を覗けないよ。
「大丈夫だよ佐藤さん。人間に慣れてないだけだから、根気強く頑張れば向こうから寄ってくるよ」
「そうよ……ね……?」
ついつい凜子ちゃんに声をかけてしまい気づかれてしまう。
「……ふん」
『こいつのせいだわ、こいつの身体から溢れる邪悪なオーラのせいで猫が逃げたんだわ。【猫をエアガンで撃ちたいぜぐひひひひ】とか考えてるし。動物苛めて力を誇示しようだなんて、なんて弱い人間なのかしら』
立ち上がった凜子ちゃんは俺を犯罪者に仕立て上げると、今度こそ家に帰るのか早足で去って行ってしまった。
辛いぜ。でも根気強く頑張ろう。