我が家へようこそ凜子ちゃん!
「うし、掃除するか……」
ゴミ屋敷とまでは行かないものの、それなりに物が散らばっている自分の部屋はとてもじゃないけど彼女を呼べるような状態ではない。母親にいつも『いい加減部屋の掃除しなさいよ、私が勝手にするわよ』と言われつつも面倒くさがってやってこなかった部屋の掃除だが、彼女ができたことで自主的にやることに。
「この本は……隠しておこう」
漫画の棚に入っている、お色気分の強い少年漫画をダンボール箱に詰めて押入れに封印する。エロ本ではないのだが、凜子ちゃんにこんなものを見せたくない。
「履歴も全部消去、と……」
自分のノートパソコンの、インターネットの検索履歴等を全て消去。
凜子ちゃんが興味を持って履歴を調べて、実はエロサイトとか見ていることがばれるのは嫌だ。
別に凜子ちゃんに完璧超人と思われたいわけではないが、男としてね。
「うん、いつでも凜子ちゃんを呼べる」
3時間程ですっかり綺麗になった部屋を見て満足。
掃除機もかけたし、消臭剤も使ったし、いつ凜子ちゃんが遊びに行きたいと言い出しても大丈夫だ。
丁度その時携帯電話が鳴る。凜子ちゃんからだ。
『もしもし、俺だけど』
『あ、この前の家に遊びに行きたいって話だけど』
『うん、いつでもいいよ。何なら今から来る?』
『いいの? それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら。住所知らないから学校まで迎えにきてよ』
『オッケー』
掃除をした後に電話が来るなんて凄いタイミングだ。運命の赤い糸という物を信じそうになる。
「母さん、ちょっと家に彼女呼ぶから」
「え? いつのまにそんなのできてたの」
「とにかく今日家に呼ぶから、邪魔しないでね」
『今まで浮いた話なんてちっともなかったけれど、高校デビューってやつかしら』
息子の彼女なんて母親からすれば興味津々だろうけど、あんまり興味を持たれても何かと面倒な事になるだろうと思い釘を刺しておく。家を出て学校へ向かうと、
「こ、こんにちは」
「やあ凜子ちゃん。……何でスーツ?」
何故かスーツ姿の凜子ちゃんが学校で待っていた。
「え? だって家族とかにもご挨拶しないといけないし、そういう時ってやっぱり正装でしょ?」
「いや、結婚するわけじゃないんだし、それはおかしいと思う」
「そ、そうなの? 私恋人の家に行く時のイメージってそれしか無くて……一旦着替えに戻るわ」
「いやいや、面白いからこのまま行こうよ」
「うう、意地悪……」
ロクに人付き合いをしないとこんな変な事になってしまうものなのか、凜子ちゃんは元々変なとこがあるのかはしらないが、スーツ姿の凜子ちゃんを見ることができるとは思わなかった。
「それにしても暑いわね」
「スーツ着てるからだよ、家を出る時に部屋のクーラーつけっぱなしにしておいたからすぐに涼めるよ」
「至れり尽くせりね」
心を読まずとも、俺なりにデート雑誌を読んだり、ネットで素敵な彼氏になる方法を調べたりと頑張ってきたのだ。今日は暑いし凜子ちゃん家まで歩く途中で汗だくになるだろうと思ってクーラーで予め部屋を冷やしておくこの気配り。まさかスーツ姿で来るとは思わなかったけど。
しばらく歩いて俺の家に到着。凜子ちゃんの家同様、ものすごく貧乏なわけでもお金持ちでもない、ローンをようやく返せそうといった一軒家だ。
「すごくいい家ね!」
「そうでもないと思うけど……ただいまー」
「お邪魔します」
凜子ちゃんと一緒に家の扉をくぐる。さっさと凜子ちゃんを部屋に連れ込みたいところだが、残念ながらリビングで早速料理の準備をしている母親とエンカウントしてしまった。
「……えーと、社会人の彼女さん?」
『同い年くらいの彼女さんかと思ったけれど、スーツ着てるし社会人よね。それにしてはえらく若い気がするけど、ひょっとして中卒かしら。ってあれ、この子授業参観の時に信也の隣にいた子じゃなかったかしら』
まさか彼女がスーツ姿でやってくるとは母親も思っていなかったようで困惑する。
「こ、こんにちは! 佐藤凜子って言います! 信也さんとは同じクラスで、いつもお世話になってます!」
『ああどうしよう、早速変な子って思われちゃった』
母親に挨拶をしながらもスーツ姿で着たのを後悔する凜子ちゃん。
「まあ、というわけで彼女の凜子ちゃん。スーツ姿なのは友達の結婚式の帰りだからだよ」
「そう。何もない家だけど、ゆっくりしていってね」
「はい! ありがとうございます!」
『実際話してみると、すごく素敵なお母様だわ。この家の子になりたい!』
凜子ちゃんのフォローをして、自分の部屋に連れて行く。
凜子ちゃんの母親に比べれば女神なのかもしれないけど、そんないいものかねえ、ウチの母親。
「はい、俺の部屋だよ。まあ、何もないけど」
「うわ、綺麗な部屋ね。デザインも素敵だわ」
俺の部屋に入るなり目を輝かせる凜子ちゃん。
事前に掃除しておいた甲斐もあり、俺が綺麗好きであるというイメージを植え付けることができた。
とはいえど、実際俺の部屋に凜子ちゃんを喜ばせるようなものなんてない。
とりあえず飲み物とお菓子を取ってこようとリビングに戻る。
「信也、もうすぐお父さん帰ってくるけど、ついでだから彼女さんも夕食一緒にどうかしら?」
「ああ、いいね。聞いてみるよ」
割と凜子ちゃんが家に来た時間が遅かったので、2時間くらいで我が家の夕飯タイムだ。
飲み物とお菓子を部屋に運んで凜子ちゃんにそのことを伝えると、
「いいの!? 是非ごちそうになるわ!」
『家族団らん、なんて素晴らしいのかしら!」
大はしゃぎする凜子ちゃん。凜子ちゃんからみれば俺の一家は理想の家族。自分もその輪に加われることが、とても嬉しいのだろう。
凜子ちゃんとゲームをしながら遊び、母親に呼ばれて凜子ちゃんも交えた夕食会。
「佐藤凜子って言います! 信也さんにはいつもお世話になってます!」
「ははは、息子にはもったいないくらい出来た子じゃないか」
両親にもバッチリ好印象を与えた凜子ちゃん。それだけ凜子ちゃんが柔らかくなったということなのだろうけど、なんだかんだ言ってスーツが効いているのかもしれない。
「すごく美味しかったわ、今までで一番美味しかった」
「そんなもんかねえ、まあ、俺は食べ慣れているからなあ」
「少なくとも私の母親が作る料理に比べれば、サルミアッキとベルダースくらい違うわよ」
夕飯を食べて、再び俺の部屋で談笑する。常日頃から母親の愛情のない料理をまずいまずいと食べてきた凜子ちゃんからすれば、俺の母親の料理は愛情たっぷりなのだろう。夕食の後、凜子ちゃんは母親の食器の片づけを手伝った。それだけ俺の家族に憧れているのだろう。
「はー、今日は楽しかった。……さてと、それじゃ、そろそろ本題に入ろうかしら」
たっぷり凜子ちゃんとお喋りして、たっぷりお互い笑った後、凜子ちゃんはそういって俺に向き直る。
そう、凜子ちゃんが俺の家に来たのは単純に遊びに来ただけではない、凜子ちゃんは今から大切な話をするのだ。
「本題って、前に言ってた大事な話?」
「ええ、よーく聞いてね。私……私……」
俺の顔をじっと見つめて、緊張しているのか何度も何度も深呼吸をする凜子ちゃん。
急かすことなく、じっくりと凜子ちゃんの顔を見据えて次の言葉を待つ俺。
1分程して、ようやく凜子ちゃんは口を開いた。
「私、他人の心が読めるの」




