祭りだわっしょい凜子ちゃん!
『夏祭り行こうよ』
『勿論よ、私の方から誘おうと思ってたくらいだわ』
8月の一大イベントと言えば祭りに花火。
凜子ちゃんの浴衣見たさに電話して誘うと一発OK。
恋人関係になってからも順調にデートをしたり電話をしたりと仲を育み、凜子ちゃんもかなり自然と笑顔を見せるようになった。
こんなに楽しい夏休みは初めてだ、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「おまたせ」
「やあ凜子ちゃん。……私服なんだね」
「浴衣なんて大層なもの、私は買って貰ってないのよ」
『流石に高いしね。……がっかりされちゃった』
「ははは、私服の凜子ちゃんが一番凜子ちゃんらしくて、俺は好きだよ」
「……本当? そうよね、夏祭りだからって浴衣着るような女、わかってないわよね」
浴衣を持っておらず、私服姿で来ては浴衣姿で楽しそうに祭りを謳歌する周りの女性を見てしょんぼ凜子ちゃん。すかさずフォローをすると、今度は浴衣の女性のヘイトを一気に稼いでしまった。性格が柔らかくなっても、凜子ちゃんは凜子ちゃんということか。
「……あ、金魚すくいだわ」
「懐かしいね。やろうかな」
合流して祭りの道をぶらつくと、まずは金魚すくいの屋台が目に飛び込む。
赤い金魚に黒の出目金がうようよと泳いでる様を見て、凜子ちゃんは悲しげな顔に。
親を嫌悪するあまり動物を飼えないからかと思っていたが、
「哀れよね。劣悪な環境で飼育されてほとんどは病気持ち。子供に掬ってもらっても、大半はすぐに死なせちゃう。金魚の嘆きが聞こえてくるわ」
動物が好きだからこそ、金魚すくいの現実とか、そういうものを知ってしまうのだろう。
凜子ちゃんにとってみれば、金魚の辛い声が押し寄せてくるのだろう。
凜子ちゃんの言っていることは事実だが、未来を想像して嘆く程、金魚は頭が良くないよ。産まれた時から当たり前のように餌を貰って育てられ、気が付けばこんなところに連れてかれて、巨大なポイから本能的に逃げているだけだ。嘆ける頭もないんだよ。それが幸せなことか不幸なことか、嘆いてばかりの凜子ちゃんを見ているとよくわからなくなる。
「餌を貰ってそれなりに生きて、子供を産めれば金魚的には大満足だと思うよ」
「そうだといいけれどね。あ、リンゴ飴だわ。食べましょ」
一度根付いてしまった被害妄想やマイナス思考を払拭することは、それこそ洗脳でもしなければ難しいらしい。心の声が聞こえなくなったところで、凜子ちゃんの思考は変わるのだろうか。そんな凜子ちゃんを、俺は支え続けることができるのだろうか。
「甘ったるいわね。子供の頃はこの味が大好きだったはずなのに、もう味覚も変わっちゃったのかしら」
「だろうね。俺もこういうの駄目になったよ」
「悲しいわね、大人になるって。一生子供でいたかったわ」
『周りの人間と同じく、私も成長して心が汚れてしまった。皆子供の頃は純粋だったはずなのにね。それとも、そうでもないのかしら。汚い人間は、産まれた時から汚い人間なのかしら。ああ、子供に戻りたいわ。親に愛されていなくても、ご飯を貰えるだけで、お小遣いを貰えるだけではしゃげるような、無知で愚かで、でも幸せだった、そんな頃に戻りたいわ』
ブドウ飴を舐めながら、はしゃぐ子供をみつめてピーターパン症候群になる凜子ちゃん。産まれつき汚い人間なんて、いるわけないよ、多分。でも俺もたまに、馬鹿な人間になりたい時もあるよ。盲目的に神様を信仰したり、この世の全てをポジティブに考えて、自分は幸せだと感じ続けてみたいと思う時もあるよ。でも凜子ちゃんが病んでいた頃の、盲目的に俺を崇拝していた頃の凜子ちゃんは、ちっとも幸せそうには見えなかったよ。
「でも俺達もまだまだ子供じゃん」
「そうかしら。私もあなたも、同年代に比べれば遥かに大人びていると思うわ」
「そうかなあ。もうリンゴ飴食べきれないや。凜子ちゃんあげる」
「いらな……いいわ、代わりに食べてあげる。逆に信也は、私のブドウ飴食べて」
『よくよく考えたら、間接キスね。しかも飴だから彼の唾液がべっとりついて……って変態か私は。大丈夫、彼も私と間接キスができると興奮しているわ』
心の中でノリ突っ込みをした挙句勝手に人を興奮させる変態凜子ちゃん。俺も凜子ちゃんの食べかけブドウ飴をじゅるじゅると舐める。甘酸っぱい青春の味だ、興奮する。お互いそんなプレイをしているうちにこっぱずかしくなり、舌ではなく顔が赤になる。ああ、実に健全な恋人生活だよ。
「さて、そろそろ花火大会の時間かしら」
「実は前もって、隠れ家的スポットを探しておいたんだよ。凜子ちゃん人多いの苦手でしょ」
「気が利くわね」
『実は私も、こっそり花火を持ってきてたのよ。二人きりで花火を見終えた後に、今度は二人きりでする花火。ふふふ、彼の驚く顔が目に浮かぶわ』
祭りをそれなりに満喫して時間を潰し、花火大会が近付く。
ごめんね、心を読めるからサプライズが通じなくてごめんねと凜子ちゃんに謝りながら、事前に調べておいた隠れ家的スポットへ凜子ちゃんを招待する。
「……随分と人の多い隠れ家ね。テロリストのアジトか何かかしら」
「あれー?」
ところが他の人も考えることは同じようで、それなりに隠れ家は繁盛していた。
「ごめん凜子ちゃん」
「別にいいわよ。あ、そろそろ始まるみたい」
『お祭りとか花火とか、そういう楽しいイベントなら、周りの人の心の声も自然と楽しいものになるから、それほど苦じゃないわ。うるさいけどね』
ちょっと前までの凜子ちゃんなら、お祭りや花火に来たって、『男はナンパすることしか考えてない』だの、『花火を綺麗だと思ってる自分に酔ってる女ばかり』だのと被害妄想をまき散らしていたことだろう。でも、今の凜子ちゃんはそれなりに周りの綺麗な心の声も妄想で聞くことができるようになっているようだ。
「綺麗だね」
「ええ、綺麗ね」
『正直、今まで花火なんてつまらないと思っていたけど、それは私が一人だったからなのね。恋人と一緒に見る花火がこんなに楽しいなんて!』
俺の横で花火を眺めながら、花火の楽しさに目覚める凜子ちゃんはとても可愛くて綺麗で、私服姿でも浴衣の女性になんてちっとも負けていなかった。
その後も凜子ちゃんと花火を眺めつづけ、花火大会も無事終了。花火を見に来ていた客が帰りはじめる中、
「ねえ、もう少しここに残りましょうよ」
戻ろうとする俺のすそをひっぱって引き留める。そういえば凜子ちゃん花火を持ってきてたんだったね。
隠れ家から人が消え去り二人きりになったところで、凜子ちゃんが得意げな顔をして、
「じゃじゃーん」
二人ならそれなりに楽しめそうなボリュームの花火セットを取り出す。
「え! 花火!? すごいよ凜子ちゃん、なんて気が利くんだ」
「……え、何かわざとらしくない?」
「そんなことないよ、すごく驚いたよ」
「そ、そう」
『嘘をついてもバレバレよ。私が花火を持ってくるであろうことを予想していたなんて、流石ね。二人はまさに以心伝心ってやつかしら』
勿論知っていたわけだが、凜子ちゃんのために精一杯驚いてしまう。けれどあっさりと嘘を見破られてしまった。まあ凜子ちゃん喜んでくれたしいいか。
「……今日はすごく楽しかったわ。……あ、火が落ちちゃった」
「俺も楽しかったよ。俺も落ちちゃった、難しいねえ」
凜子ちゃんと二人で花火をたっぷり楽しみ、二人向かいって座って〆の線香花火。
凜子ちゃんも途中で凹んだりはしていたが、なんだかんだ言ってお祭りを楽しめたようでよかったよ。
「さて、そろそろ帰りましょうか。……今度」
「今度?」
立ち上がってすそをパンパンと払った凜子ちゃんは俺の方を向くと、真剣な眼差しになり、
「今度家に遊びに行ってもいいかしら」
「勿論いいよ」
俺の家に行きたいと言ってくる。
勿論断る理由なんてない、両親だって大歓迎することだろうと快くそれを承諾する。
「ありがとう。……その、その時に、大事な話があるから」
「大事な話?」
「ええ。とても大事な話よ。覚悟しておいてね。それじゃ」
「あ、ちょっと凜子ちゃん!」
凜子ちゃんはそう言って、俺を置いて一人で走り去って行ってしまった。
『彼になら、話しても大丈夫。いえ、話さなければならないの。私の、この秘密を』
悪い癖で、またも心を読んで大事な話の中身を知ってしまう。
そうか、とうとう凜子ちゃんは俺に打ち明けるつもりなのか。
それじゃあ、俺も打ち明けないと、駄目なんだろうな。覚悟しておいてね、凜子ちゃん。




