はっきりいってアホだね凜子ちゃん!
学園生活が始まって数日が経過した。
その数日の間、凜子ちゃんを観察してわかったことがある。
凜子ちゃんはアホだ。
すごく勉強ができないというわけではない。たまに内職もしているが、授業は比較的真面目に聞いている。本人も何かに集中している時は幻聴が聞こえないのを理解しているようだ。
「ではここの問題を、斎藤君」
「……は、はい」
この日凜子ちゃんばかり見ていた俺は授業中に当てられてしまい困惑する。しまった、全然聞いてなかった。
けれど大丈夫、こんな時のための読心術。俺と違って真面目に授業を聞いている凜子ちゃんに頼ればいい。
『ぷぷぷ、動揺してる。一番後ろだからって油断してるからそうなるのよ。こんなの超簡単な問題じゃない、答えは7x+4よ』
ぷぷぷ、ドヤ顔で答えを教えてくれてる。人が心を読めないと思ってるからそうなるんだよ。
「7x+4です」
「全然違うぞ、授業真面目に聞いてるのか」
クラス中に笑われる。恥ずかしくなって凜子ちゃんの方をこっそり睨むと、何故か凜子ちゃんまで笑っていた。凜子ちゃんに笑ってもらえて本望だけど、アンタも間違えてるじゃん!
まあそんなこともあるけど、凜子ちゃんの学力が致命的でないことは観察していればわかる。
問題はそっちではない。
『まったく、こんな簡単な問題も間違えるなんて、聖人気取りしてもアホさは隠せないわね』
凜子ちゃんの設定、コロコロ変わりすぎなのだ。
今だって、自分も問題を間違えていた癖に自分は間違えてないと思っているようだし、朝凜子ちゃんに挨拶した俺のことを聖人気取りのメサイアコンプレックスか何かだと思っている。
しかも俺の設定に至っては、昨日までは『自分のことを簡単に堕とせそうだと思って接してくるナンパ者』か何かだと思っていた。俺の恋愛感情は歪んだ形で伝わっていたのに、今日の俺は凜子ちゃんに恋愛感情なんて抱いておらず、誰にでも優しくする自分に酔っている人間になっている。
何もしなければ自分の事をキモいと思っている人間にされて、
少し優しくすれば自分の事をすぐに堕とせると思っている人間にされて、
いつのまにか誰にでも優しくする自分に酔っている人間にされて……
とにかく自分に都合の悪い設定なら、一貫性が無かろうが設定がループしようが不思議に思わない。だから凜子ちゃんはアホなのだ。
多分凜子ちゃんは人間嫌いで他人に興味を持てないから、自分の中での他人の設定がコロコロ変わっても不思議に思わないのだろう。仮に不思議に思うことがあったとしても、さっきみたいに自分の設定すら変えて無理矢理こじつけたりして誤魔化してしまうことだろう。自分に都合の悪い幻聴ばかり聞いている癖に、本当に都合が悪い時は都合のいい人間なのだ。
自分の事をキモいと思っている悪人だとずっと思われるよりはマシかもしれないが、これじゃあいつまでたっても凜子ちゃんの間違いに気づけないし、俺の恋愛感情がストレートに伝わらない。
どうしたもんだかと授業にも身が入らず悩んでいると、
『グギュルルル……』
近くからそんな恥ずかしい音がなる。凜子ちゃんを見ていると、滅茶苦茶顔を真っ赤にしてうつむいてプルプル震えている。どうやら凜子ちゃんのお腹が鳴ったようだ。それまで静かだった教室に鳴り響く卑しい音は、たちまち皆の注目を浴びる。
「いやーすいません、腹減っちゃって」
凜子ちゃんを守るために颯爽を立ち上がって恥ずかしそうに俺がそう言うと、たちまちクラスが笑いに包まれる。今日の俺はエンターテイナーだ。
ひとしきり笑われた俺が席について凜子ちゃんの様子を見ると、こちらを信じられないといった目で見ていた。心の様子も見ておこう。
『ふん、女の子をかばう俺カッコいいとか自分に酔ってるような馬鹿に感謝なんてしないわよ……』
今回は普通に自分がやったという認識のようだ。俺は凜子ちゃんに感謝されるためにやっているわけではないので別にいい。
けれどその後心情の変化があったのか、授業が終わった後、
「あの、ありがとう」
恥ずかしそうにペコリと俺に頭を下げると、トイレにでも行くのだろうか小走りで教室を出て行った。
ひゃっほう。




