恋に気づいた凜子ちゃん!
「おはようございます凜子ちゃん」
「おはようバステト」
凜子ちゃんとバステト……じゃなくて猫神さんが仲直りして数日。
相変わらず妄想の心の声を聞いてはいるが、被害妄想は少し軽減されて、友達ができたことで性格も少し柔らかくなった凜子ちゃん。この分なら、時間と共に普通にクラスにも受け入れられるのではないだろうか。というかね、猫神だからバステトって、どういうネーミングセンスしてるのさ。
まあ、強いて残念な点をあげるとすれば、二人が仲良しになった結果、
「……」
俺が寂しい。失って初めてわかる、俺の学校生活の中の凜子ちゃんの支配度。
朝は隣の席で仲良くお喋りする凜子ちゃんと猫神さんを眺めて、
お昼は隣の席で仲良くお弁当を食べる凜子ちゃんと猫神さんを眺めて、
放課後は気分よく帰る凜子ちゃんを見送って……
凜子ちゃんは俺の事を意識してはいるのだが、折角出来た友人を失いたくないのかそっち優先のようで、前と比べると俺との会話が減って来ていた。極端な子だよ。
『うーむ、百合百合しいでござる。見ていて癒されますなあ』
仲良さそうな二人を見てござる男も満足げだが、俺は正直嫉妬心が芽生えてきたでござる。
凜子ちゃんのためを思って友人作りを手伝った? のに、友人が出来てしまうと嫉妬してしまうとは、人間というのは実に醜いものでござるなあ。
「ねえねえバステト、一緒にテスト勉強しない?」
放課後になり俺が寂しく教室の掃除をする中、猫神さんにもうすぐやってくるテスト勉強のお誘いをする凜子ちゃん。
馬鹿だなあ、テストなんて心を読めば楽勝じゃないか。凜子ちゃんは実際には読めないけど。
『心の声が聞こえるからって、テストでインチキするのは人間としてクズよね。大体周りの人の解答なんてアテにならないし、勉強に集中すれば声も聞こえにくいし、真面目に勉強しなきゃ』
……しくしく。
「はい、いいですよ。場所はどうしますか? 私の家でもいいですけど、あ、凜子ちゃんは猫アレルギーでしたね……それに斎藤さんもいますし、図書室とか、ファミレスにしましょう」
「? 何でそこであの男が出てくるのよ」
「だって恋人同士じゃないですか。あ、それだと逆に私がお邪魔ですね」
「ああ、今はもう何でもないわよ」
「え?」
猫神さんが信じられないといった表情でこちらを見てくる。そういえば猫神さんには言ってなかったな、俺達の関係を。あの時も別に恋人同士だと公言していたわけではないが、俺達の様子を見ていた猫神さんからすれば付き合っている風にしか見えなかっただろうし、そもそも猫神さんがビンタされた原因は凜子ちゃんの嫉妬によるものが大きいし。
「図書室で勉強しましょう。私は先生に提出するものがあるので凜子ちゃんは先に行っててください」
「ええ、わかったわ」
「……どういうことか、説明してくれますか?」
猫神さんは凜子ちゃんを先に図書室に行かせると、若干キレ気味の顔で俺に説明を求める。どうしてキレ気味なのかはわからないが、ありのまま、凜子ちゃんに告白されて心の拠り所になって、友達ができたからお役御免になった事を話す。
「……それって、つまり私のせいで二人は別れたってことですよね……」
『そんなことにも気づかず、友達ができて浮かれるなんて、私最低です……』
「いやいや、あの調子で付き合ってても、絶対お互い不幸になるだけだったから」
「でも、斎藤さんは凜子ちゃんの事を」
「うん、好きだよ。でもまあ、きちんと俺のありのままを評価して欲しかったから、あんな俺しか縋れる人がいないみたいな状況で愛されても困るから」
「……はー、これだから男は。そんな調子じゃ、今の凜子ちゃん絶対振り向きませんよ? 自意識過剰かもしれませんが、今の凜子ちゃん愛情より友情ですよ。間違いなく凜子ちゃん斎藤さんの事好きなのに、その気持ちを片隅に置いちゃってます。斎藤さんの好意にも気づいてないみたいですし、告白したって冗談だと思われるでしょうね」
ため息をついて呆れ顔になる猫神さん。大人しくて気弱なイメージのある彼女だが、たまに大人びた女性っぽい仕草も見せるのは大人と子供の境界線ともいえる女子高生ならではなのだろう。
「だろうね。でも別に俺は、佐藤さんが友達できて幸せそうなら」
「嘘つかないでください。本当は夏休みまでにきちんと恋人同士になりたいんですよね?」
「……はい」
心を読まれてしまった。そうです凜子ちゃんと正式に恋人になって夏休みたくさん遊びたいです。
現状凜子ちゃんの中では猫神さん並に俺も重要なポジションではあるのだが、やはりそこは同性か異性かという違いがある。同性なら夏休みに遊びに誘えるけど、これが異性だとそうもいかない。
「私に遠慮する必要なんてないんですよ、凜子ちゃんなら十分恋愛と友情の両立はできます。というわけで私に任せてください、ばっちり凜子ちゃんに恋愛を意識させてきますから。そうすれば自然と凜子ちゃんは斎藤さんへの恋心を認めるようになります、後は告白するなりされるなり」
「そんなうまくいくものなのかね……? 大体何かそれって、卑怯じゃない? 誘導尋問っていうか、洗脳っていうか」
卑怯とか言うなら、そもそも心を読める能力を恋愛に用いること自体が卑怯極まりないのだが。
「何言ってるんですか、凜子ちゃんは普通に斎藤さんの事が好きなんですから。少しその気持ちに気づかせてあげるだけです。当人なうえに男の斎藤さんには無理だと思いますから、ここは私が恩返しというわけです。それじゃあ明日を楽しみにしていてください」
張り切って図書室に向かう、今までにない程饒舌な猫神さんを見送る。女の子って他人の色恋沙汰大好きだよねえ。
けど、実際心を読める俺からすれば、自意識過剰でもなんでもなく凜子ちゃんが俺の事を素の状態でも好きだということはわかっていたし、かといって『自分の事を好きな女の子を誘導して、うまいこと恋愛を意識させる』というのは、あまりにも人として情けない気がするし、こういうのは女の子の方が得意なんだろうし、猫神さんが代わりにやってくれるならありがたい話だ。
けど問題は、猫神さんに任せてうまくいくのだろうかということだ。猫神さん恋愛強者っぽいこと言ってたけど、心を読んだ結果恋愛経験ゼロだったし。
おかしな流れにならないといいけどなあと思いながらその日は帰路についたのだが。
「お、おはよう」
「おはよう佐藤さん」
翌日、俺が教室に入って自分の席につくと、隣の席の凜子ちゃんが顔を真っ赤にして挨拶してくる。
『や、やっぱりバステトの言ってた通りだわ。私、こいつに惚れてるんだわ。こいつの事考えるとすごいドキドキするし、今までだっていつも優しくしてもらってたし、話も合うし、何で今まで気づかなかったの? 何で私こいつと別れちゃったの?』
凜子ちゃんの心を読むと、しっかりと俺を意識していた。
猫神さんの方を見ると、ドヤ顔で親指を立てている。あの子あんなキャラだったかなぁ……心の声も猫を被っていたのだろうか、猫神だけに。
しかしどんな手を使ったのだろうか、物凄い効果だ。
ただ、猫神さんにも誤算はあった。
『告白……ダメよ、成功しないってわかりきってるもの。だって彼の心の声を読んでも、私への恋愛感情なんてないもの。彼はただ、皆に優しいだけ。友達のできなかった私に、何とかして友達を作らせようとしていただけ。わかってるのに、わかってるのに、どうして好きになったの? 私は馬鹿なの? こんなことなら、一生弱い女を演じて彼と付き合い続けていればよかった……ああ、でもそんなことしても、いつかは別れる時が来るわよね、辛いだけだわ』
それは凜子ちゃんが物凄い被害妄想の持ち主であり、ここにきて俺が凜子ちゃんの事を何とも思っていないと思い込んでいるということだ。
これでは凜子ちゃんの方から告白してくれないし、かなり深刻に考えているから俺が口で『好きだ』と言ったところで信じてくれないかもしれない。
というわけで、ここからは俺の仕事。さりげなく凜子ちゃん好きですアピールをして、凜子ちゃんが『こいつ私に惚れてるわ! ふはははは』くらい思えるくらいにしてあげよう。




