頼むから信じてよ凜子ちゃん!
「今日のお弁当は、冷凍食品じゃなくて自分で料理したのよ。まあ、失敗したから卵焼きが全部炒り卵なんだけどね」
「じゃあ俺の卵焼きと交換してよ」
「ええ、いいわよ」
10日後には期末テストとなるお昼時、念願の凜子ちゃんの手料理をゲットするも、予想以上に塩辛い。これが青春の味というやつなのだろう。
さて、加速する凜子ちゃんの人間不信をどうにかして食い止めるためにはどうすればいいか。
1つは、凜子ちゃんが周りの人間を評価する際にお手本としている、両親との仲を修復する。
まあ、無理だな。残念ながら俺は心が読めるだけの高校生でしかないし、心を読んだからこそわかる。凜子ちゃんの家庭はもう手遅れだ。残酷な話かもしれないけど、凜子ちゃんは両親に全く愛されていないという事実をしっかりと受け止めて、その上で両親のような人間にならないように前に進んで欲しい。
次に、凜子ちゃんが周りの人間を評価する際にお手本とする人間を、両親から俺にすり替える。
可能か不可能かで言えば可能かもしれないが、現状凜子ちゃんは俺を神格化しすぎているし、被害妄想も問題だが、周りの人間は素晴らしい人ばかりなんだ! という考えに固執するのは被害妄想とどちらがマシかと言われればどんぐりの背比べでしかないのだろう。
よって、周りは凜子ちゃんの両親のような人間ばかりじゃないし、凜子ちゃんの中での俺みたいな人間だってまずいない、良い所も悪い所も持ってる人間ばかりなんだと理解させる必要がある。
「……ところでさ、佐藤さん」
「何よ」
「猫神さんのこと、許してあげられないかな?」
具体的には、クラスの女子の中では一番凜子ちゃんに好意的と見られる猫神さんとの仲を修復させて、清く正しい友人関係で凜子ちゃんの心を癒したいのだが……
「許す? 許すも何も、私あの女には何もされてないけど?」
『あの女は私を騙そうとしていたみたいだけど、私はわかってたから騙されても全然悲しくなんてなかったし。だから許すとか関係ないし』
猫神さんの名前を出した瞬間、凜子ちゃんが露骨にイライラし始める。
何とかしてこの誤解を解かないといけないんだけどなあ。
「……実は猫神さん、かなり後悔してるみたいでさ。俺に謝ってきたんだよ」
「は? 何アンタ、それを聞いてあの女信用したっていうの?」
『信じられない。人の男に色目使って、私と彼の仲を裂こうとするなんて』
「いや、信用っていうか。別に猫神さんは悪気があって凜子ちゃんから離れたわけじゃ」
「アンタの欠点を挙げるとすれば、世界は善意で満ち溢れていると思い込もうとするその悲しい妄想ね。確かにあの女は人畜無害そうな見た目してるけど、それを逆手に利用するような女よ。私にはわかるの。ごちそうさま。次体育だからもう着替えに行くわ」
かなり気分を害してしまったようで、お弁当をパクパクと食べ終えてさっさと着替えをとりに教室に戻って行ってしまった。やっぱり俺一人の力で解決は無理だ、猫神さんにも協力して貰わないといけないのだろう。けれど彼女にも彼女の立場というものがある。
教室に戻り、女子がいなくなったのを見計らってジャージに着替える。
グラウンドを見ると、既に凜子ちゃんがリフティングをしていた。今日の授業はサッカーか。
「あ……斎藤、さん。その、佐藤さんとは、あれからどうですか? 今、付き合ってるんですよね?」
着替えてグラウンドに向かう途中、猫神さんと遭遇する。
「……どうだろうね。俺の事を神様か何かだと誤解している気がするよ、今の佐藤さんは。正直疲れる」
「わ、私のせいで、うっ、うう……」
「い、いやいや、猫神さんを責めてるわけじゃないよ?」
凜子ちゃん程情緒不安定ではないが、猫神さんは猫神さんで精神的に脆いところがある。
大事な協力者だ、刺激するのはよくないだろう。
「私、あれからずっと、罪悪感とかに悩まされて、佐藤さんと仲直りしたいんです。メール友達とかでもいいんです、恥を忍んでお願いします、手伝ってください」
「願ってもないことだよ。佐藤さんも本当は猫神さんと仲直りしたいって思ってるはずだし」
「……そうなんでしょうか。私が勧めたストラップも、もうつけてないみたいですし」
「あー……でも大丈夫だよ、俺も手伝うからさ」
猫神さんを慰めたり、励ましたりしながらグラウンドへ向かう。凜子ちゃんの相手で慣れていたからか、意外と疲れないもんだなと思っていると、
「……!」
俺達を見て凜子ちゃんの顔が信じられないといった様子に。しまった、今の凜子ちゃんに俺と猫神さんが仲良くしているところを見せるなんて。
「あ、あ、アンタね……」
「その、佐藤さん、私……」
「人が復讐とかしないからって調子に乗って、人の男に色目使って……」
「違うよ佐藤さん、猫神さんはただ」
「うるさい!」
『復讐はよくないって思ってたけど、私が甘かったようね。報いを受けなさい』
ずかずかとこちらへ歩み寄ってきた凜子ちゃんは俺と猫神さんの言い訳など聞く耳持たず、
「いたっ!」
猫神さんの髪を思いきり引っ張って、更にビンタをする。
「やめるんだ、佐藤さん」
「離してよ、何でこいつの味方するのよ。こいつは私が気にくわないからって、友達のフリして騙して、人の男も取ろうとして、そのうち私を完全に孤立させようとしてるのよ?」
「違う、猫神さんが佐藤さんから離れたのには理由があるんだ」
「だからその理由は嫌がらせなの!」
『何で私を信じてくれないの? 何であの女を信じるの? あの女の方が可愛いから? 人が良さそうだから? 所詮こいつもそんなんに騙されるような男だっていうの?』
すぐに凜子ちゃんを引きはがすが、今まで抑え込んでいた猫神さんへの憎悪がさく裂したようでわあわあと俺に拘束されながら妄言を垂れ流す。
「大丈夫? 猫神さん、保健室行こう?」
「う、うう、ごめんなさい、ごめんなさい」
顔を腫らし、女子の保健委員に連れられながらも凜子ちゃんに謝る猫神さん。
「何があったの?」
「わかんない……なんか佐藤さんが、いきなり猫神さんを殴って……」
「え、何それ。酷くない? 猫神さん体小さいのに」
クラスで浮いてはいるが問題行動を起こしているわけでもない猫神さんを、
クラスで浮いている上に問題児な凜子ちゃんが殴った。
理由を知らない周りの人間からすれば、どう考えたって凜子ちゃんが悪い。理由を知っていたとしても、凜子ちゃんが悪いんだろうけど。
皮肉にも凜子ちゃんの考えていた通り、猫神さん(を殴った)せいで凜子ちゃんは更に孤立し始めようとしていた。状況の悪化に、俺はただ自分の中で暴れる凜子ちゃんを抱きしめることしかできなかった。
次でシリアスパートはとりあえず終わり




