被害妄想であって欲しかったよ凜子ちゃん!
凜子ちゃんに手をひかれてやってきたのは、動物のぬいぐるみとか写真とか、凜子ちゃんの趣味が見てわかる女の子っぽい部屋。
「あんまりじろじろ見ないでよ。で、携帯」
「ああ、はい」
「ありがと。……ねえ、折角だから何かして遊びましょうよ。格ゲーとか、桃欠とか、ドラポンとか」
『ま、私が勝つんだけどね。でも折角だし、接待してあげようかしら』
凜子ちゃんに携帯電話を渡すと、嬉々としながらゲーム機のセッティングを始める。
しばらくすると部屋のドアが開いて、凜子ちゃんの母親がジュースとお菓子の載ったお盆を手にやってきた。
「これくらいしかないけど、ごめんなさいね」
「わざわざすみません」
凜子ちゃんの代わりにお盆を受け取りながら、もう一度彼女の心を読む。
さっきのは、何かの間違いに違いない。凜子ちゃんは親に愛されているに違いない。
「ねえ」
「何?」
凜子ちゃんの部屋で、ジュースを頂きながら友情破壊ゲームをプレイする。
「私の母親、どう見えた?」
「……優しそうな母親だと思うよ」
「そう。アンタにはそう見えたのね……あの女は、クズよ」
レベルアップボーナスを全て攻撃に割り振った凜子ちゃんが、俺に必殺をカウンターされてアイテムを奪われる。いつもなら心を読んだはずなのにアテが外れて動揺するところだが、凜子ちゃんは気にすることなく母親を貶し始める。
「私の両親、今33だったかしら。私くらいの年で私を産んだのよ。出来ちゃった婚ってやつ? 周囲の反対を押し切って、一生愛し合うことができると思っていたのかしらね? 所詮高校生の恋愛なんて、お子様の恋愛でしかない、ただ快楽を求めていただけでしかないのに、円満な夫婦生活が送れると思っていたのかしらね?」
「夫婦の仲、悪いの?」
魔王に魂を売った凜子ちゃんが、サイコロを5つ振って一気に俺に詰め寄ってくる。
素直に凜子ちゃんにやられながら、聞きたくないけど凜子ちゃんの口から聞いておかなければいけないのだろうと踏み込んだ質問をしていく。
「私が物心ついた時には、もう夫婦仲は冷め切っていたわね。離婚しないのは、社会の目を気にしているのと、私がいるから。どちらも私を引き取るつもりはないみたいだし、私が家を出て行ったらすぐにでも離婚するでしょうね。私はあの二人にとって邪魔な足かせでしかないのよ、愛されてないわ」
「そんな……でも、ご飯だって作ってもらってるし、お小遣いだって貰ってるんでしょ?」
「ご飯を作っていれば、お小遣いを与えていれば、それで親の責務が果たせるの? 愛したことになるの? 私にはわかるのよ、あの二人が仕方なく私を養っていることに。仕方なくで与えられるご飯がどれだけまずいか、素敵で料理も上手な母親を持つアンタにわかるかしら」
「……ごめん」
「動物だって飼えやしないわ、あの二人と一緒の空間にいたら動物が穢れちゃうし、私のいないところで虐待するに決まってる……あーもうやめた。何か面白いことないかしら」
雑魚モンスターにもやられてしまった凜子ちゃんはコントローラーをぽいと投げ捨てると、ベッドに転がって大きなため息をつきながら、携帯電話でネットを見始める。
凜子ちゃんは、親に愛されていないと思っている。
そしてそれは、被害妄想でも何でもなく、現実だった。凜子ちゃんの母親の心を覗けど覗けど、凜子ちゃんに対する愛情のかけらも出てこない。聞こえてくるのは夫と結婚したことへの後悔、凜子ちゃんを産んでしまったことへの後悔、自分を束縛する凜子ちゃんへの憎悪……
「あ、カラオケのクーポン貰ってたんだった。行きましょうよ」
『もうすぐ父親が帰って来ちゃうわ。母親一人だけでも彼が毒されてしまうかもしれないのに、すぐにでも家を出ないと』
「……うん」
俺を純粋な動物と同列に扱う凜子ちゃんと一緒に部屋を出て1階に降りると、丁度玄関のドアが開いて男が入ってくる。
彼を見た瞬間、凜子ちゃんの顔が不機嫌に。凜子ちゃんの父親だろう。
無言で俺の手を引っ張って、親に行き先も告げずに家を出ようとする凜子ちゃん。
その最中、俺は藁にもすがる思いで凜子ちゃんの父親の心を読む。
ひょっとしたら、父親は凜子ちゃんの事を愛しているんじゃないかって期待を込めて。
「……♪ ~♪」
『うーん、誰かに歌を聞いてもらうのって楽しいわね』
カラオケで、最近やっていた心を読む女の子が出てくるアニメの主題歌を歌う凜子ちゃんに合いの手を入れる。凜子ちゃんに限らず漫画に出てくるような読心能力者は、大抵周りの人間が信じられなくなったりと苦しむ。
けど、俺は違う。俺は心が読めるからこそ、人間を信じることができていたし、人間不信にはならなかった。
心が読めるからこそ、性格が歪んでしまった原因だとか、そういうものを理解することができた。
過去にいじめられたトラウマから、いじめられないようにいじめっ子になる人間。
酷いフラれ方をした結果、女性を蔑視するようになった男の人。
一般的に悪人として見られる人間でも、そうなるだけの原因が何かしらあるということを理解することができたからこそ、俺は今まで強く他人を憎むことがなかった。そういう意味では、凜子ちゃんの言うとおり俺は聖人なのかもしれない。
凜子ちゃんがああなった原因だって、しっかりとあった。
物心ついた時から凜子ちゃんは母親にも父親にも、全く愛されていない。
凜子ちゃんの両親は、ご飯を与えていれば、お金を与えていれば、物を与えていればいいと考えていた。例え愛する気持ちがなくとも、表面上だけでも優しくしておけば、凜子ちゃんは問題を起こすことなく普通に育って、そのうち自分達の前から消えてくれると考えていた。
けど、大人が思っているよりも子供というのは、察しがいい。
読心能力が無くたって、親が自分を愛していないことくらい、一緒に生活していれば気づいてしまうんだ。そのうち親が心の中では自分を憎んでいることを意識し始めて、妄想のような心の声を聞くようになって、周りの人間も親と同じようなものなのだと思うようになって……
凜子ちゃんの両親がああなった原因も、きっと色々あるのだろう。
けれど、凜子ちゃんの両親を憎まずにはいられない。
ああお母様、貴女は大嘘つきです。高校に行かせてもらっても、ご飯を作ってもらっても、本当に愛されていない、そんな少女がここにいました。
「うーん、歌った歌った。……ねえ、私の両親はクズだけどさ、周りの人間も、本当は大差ないのよ。私にはわかるの」
「そんなこと……」
「そんなことあるわよ。世の中ね、クズばかりなのよ。私も性格は悪いと思うけどね、自覚できてるだけで周りよりはマシだと思うわよ。アンタから見れば自惚れかしら?」
「佐藤さんは性格悪くないよ」
「そう。お世辞でも嬉しいわ」
『彼は私の性格が悪いのを知っていてなお、私をなんとかしようと思っているのね。私が周りよりはマシだから、更生可能だって思ってるのね。ふふふ、周りよりはマシだって褒められちゃった』
たっぷり歌った凜子ちゃんはルームの中で大きく背伸びをしながら、俺に人間は悪い奴ばかりなんだと諭し始め、一人頭の中で俺に褒められて舞い上がる。
凜子ちゃんの両親はクズだ。この俺が言うんだから間違いない。
けど、周りは凜子ちゃんの両親みたいな人間ばかりではない。でも、身近な存在である両親基準でしか凜子ちゃんは他人を測ることができないんだ。
「……ねえ」
「な、何?」
突如凜子ちゃんは、座っていた俺の元へと向かうと、ぴとっと身体を密着させてくる。
「エッチなことしない?」
「は、はぁ?」
「私、アンタの事好きなんだわ。アンタになら何されてもいいわ」
『ふふふ、動揺してる動揺してる。動物としての本能かしら?』
耳元で魅惑の言葉をつぶやく凜子ちゃん。クーラーの効いたルームで、俺は冷や汗を流す。
「……ついさっき、自分の両親を貶してたじゃないか、快楽がどうのこうのって」
「例え子供ができてしまったとしても、私は絶対に愛せるわよ。アンタの子供なら、とても素晴らしい人間に決まってるわ。多分ブッダとかの生まれ変わりよ」
「とにかく離れてよ。あ、ほら、もう部屋出ないと」
「……冗談よ、何本気にしてんの? うふふ」
『エッチなことしたら、絶対に彼は責任を感じて私を一生守ってくれるわ。でも、彼は不幸になるし、私も本当に幸せにはなれないのでしょうね。でも、彼を苦しめようと、偽りだろうと、私は救われたいのよ、きっと』
心の中でヒロイン願望をぶちまけながら、部屋のチェックアウトに向かう凜子ちゃん。
正直危なかった。OKしてしまいそうだった。でも駄目だよ、これじゃあ駄目なんだ。
あんな自暴自棄になっている凜子ちゃんの愛なんて、劇薬でしかないよ。
「家まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫よ。それじゃあまた月曜日に会いましょう」
カラオケボックスを出て凜子ちゃんと別れる。
もうそんなに時間は無い。夏休みまでには、この不適切な関係を一度終わらせないといけないんだ。




