おかず食べなよ凜子ちゃん!
「……」
『えーと、解の公式は……なんだっけ?』
席替えも終わり、早速授業が始まる。
隣の席で教科書とノートを広げて真面目に授業を受けている凜子ちゃんをチラチラ見ながら、チラチラと心も覗く。周りの心の声が聞こえて苦しむような様子は見られず、俺への印象を読もうとしたが全く聞こえてこなかったことからそれほど勉強に集中しているようだ。どうやら何かに集中している時は、周りの心の声が聞こえないらしい。本当に自然と聞こえてくるなら、何かに集中してようが聞こえてくると思うものだが、都合のいい設定だ。
「あ」
そのうち凜子ちゃんが手を滑らせて消しゴムを落としてしまう。
転がったそれは、丁度俺の椅子の真下に。
「う……」
手を伸ばして取ろうとするが、椅子に座ったままでは手が届かない。
ここはカッコよく俺が取って優しく微笑みながら手渡すのがベターだな、と思い消しゴムを拾ってあげようとするが、立ち上がって消しゴムを取ろうとすればいいのに、ゴム人間でもないのに必死で手を伸ばそうとする凜子ちゃんを見ていると、ちょっと意地悪したいと思ってしまう。
なので彼女が消しゴムを落としたことには気づいていないフリをして授業を受ける。
凜子ちゃんがこちらを睨んでいることに気づき心を読めば、
『くっ……気づいているのに無視して困らせてやろうだなんて、何て陰湿な男なの』
初めて彼女の妄想が正解したが、いずれにせよこのままだと好感度が下がってしまいそうなので消しゴムを拾って彼女に渡してやる。
「はい、これ」
「……どうも」
爽やかスマイルを彼女に向けると、彼女は少し顔を赤らめてペコリと一礼し授業に戻る。
あれ、今の感触って結構いんじゃね? と思い、心を読む能力はあまり使わないという信念はどこへやら、邪な気持ちで彼女の俺への印象を覗く。
『ふん、騙されるもんですか。私の心の声が聞こえる能力の前では、人の好さそうな笑顔なんて何の意味も持たないわ。しっかりと私の脳内には、【ちょっと優しくしてあげればコロっと堕ちそうだな】っていう声が聞こえてきてるんだから……』
ちょっと優しくしてあげたくらいで凜子ちゃんがコロっと墜ちてくれればどんだけ楽か。
実際にはちょっと優しくしてあげたら勝手に好感度を下げられてしまうのだ、ギャルゲーだったら返品ものだぜ。
でもまあ、ちょっと優しくしてあげたくらいで墜ちたとしても、ギャルゲーだったら返品ものだ。
凜子ちゃんを墜とすためには、ちょっとだけじゃ駄目だ、凜子ちゃんが自分の能力の矛盾に気づくくらい、滅茶苦茶優しくしないといけないのだ。燃えてきたぜ。
その後は持ち直したようで授業に集中する凜子ちゃん。
午前の授業が終わり、楽しい楽しい昼食タイムがやってくる。
まだ友達グループが形成されていない初日の昼食タイムというのは、なかなか見ていて楽しい。
とりあえず中学の知り合いと見られる人の席に向かう人や、一緒に食べない? と周りの人に声をかける人、食堂に向かう人……
俺にも一応クラスに中学時代の知り合いがいるからそこに行くのもいいが、凜子ちゃんはどうするつもりなのだろうと彼女の席を見ると、
「……」
カバンからごそごそと菓子パン2つとお茶を取り出して、手を合わせる。
誰かと一緒に食べようなんて気は全く無いようだ。
「佐藤さん、よかったらお弁当一緒に食べない?」
彼女がパンに口をつけようとすると、近くの席の女子が彼女に声をかける。
積極的なリーダータイプの女の子のようで、既に近場の女子が何人か机を囲んでいる。新天地で不安な中こういう人間はありがたい存在だが、
「結構です」
「そ、そう」
凜子ちゃんはそれを断ってしまった。気まずそうに元いた場所に戻り、即席の友人グループと食事をしながらお喋りをするリーダーさん(仮名。名前は忘れた)。
『ふん、私の事を引き立て役にしか考えてないような女と楽しくお喋りしながらランチなんて、誰がするもんですか』
不機嫌そうにもしゃもしゃとパンを食べる凜子ちゃんの心は荒んでいる。
凜子ちゃんの方がリーダーさんより可愛いのに、引き立て役だなんてそんな事思ってるはずがないじゃないかとリーダーさんの心を読もうとするが、すんでのところでやめる。能力の悪用はよくないし、何より本当にリーダーさんが彼女を自分の引きたて役にしか考えていなかったら、俺の心まで荒んでしまいそうだ。凜子ちゃんの能力は妄想で、周りの人が悪人だらけなんて嘘だけど、周りの人全員が良い人、なんてのも嘘だからね。心を読まないに越したことはない。
さて、凜子ちゃんをおかずに俺もご飯を食べるとするかとお弁当を机に広げて手をあわせて食べ始める。
「……」
凜子ちゃんがチラチラとこちらのお弁当を見ているのがわかる。
いいだろう、俺の母さんは料理教室の先生なんだぜ、お弁当の質もすっごいぜ。
『いいなあお弁当……いやいや、隣の席の男子のお弁当羨ましがるとか、あいつが好きみたいじゃない、馬鹿じゃないの?』
何を脳内でノリ突っ込みしているんだと若干不安になるが、それだけ俺のお弁当が羨ましいらしい。
「……よかったら、おかず食べる?」
「は、はひい?」
消しゴムの時は気づいていないフリをしたお詫びに、今回はばっちりと気づいて声をかける。
声をかけられるとは思っていなかったようで可愛い反応をする凜子ちゃん。漫画だったらツインテールが逆立っていることだろう。
「いや、佐藤さん何か物欲しげな目でこっち見てたからさ、パンだけじゃ物足りないのかなって。俺の勘違いだった?」
「いや、その」
「でも栄養バランスはちゃんと考えないと駄目だと思うよ。俺の母さん料理教室の先生だからさ、栄養も味も一流なんだよね。よかったらおかず食べない?」
「……それじゃあ」
初日から隣の男子にこんな事を言われたら凜子ちゃんじゃなくても色々と疑ってしまうかもしれないが、余程お弁当が羨ましかったのかひょいと卵焼きをつまんで頬張る凜子ちゃんマジ可愛い。
「美味しい? よかったらこっちの煮物も食べなよ」
「いえ、もういいです」
美味しそうに卵焼きを咀嚼していた凜子ちゃんだったが、デレ期は終わってしまったようでふん、とこちらを睨み、窓の方を見ながらパンをもしゃもしゃと食べだす。
『騙されちゃ駄目よさとりん、あの男は私を餌付けして遊んでポイするつもりなんだから、でも卵焼き美味しかった、じゃなくて……ああもう、わけわかんない!』
わけわかんないのは凜子ちゃんの中での俺の立ち位置だよ、そもそもついさっきまでは俺が凜子ちゃんの事をキモいと思っているという設定だったはずなのに、今では遊んでポイしようとしているという設定になっているし。本当にキモいと思ってたら遊んでポイしようなんて考えるもんかね、ていうかさとりんって。
そのうち俺が凜子ちゃんでエロい妄想ばかりしているという設定になるんだろうかなあ、なんて考えて、俺も高校生だからそんな事考えたら本当に意識しちゃって軽くエロい妄想しながらご飯食べちゃって、今心の中を覗かれたらまずいなあなんて思うもそういえば凜子ちゃんは心が読めなかったなと一安心するのだった。