元気だしなよ凜子ちゃん!
「4-6-0とかどうなの?」
「うーん、新しいタイプだし、何とも言えないね……」
隣のクラスで、サッカーの話で盛り上がっている本村君と女子。
「ねえ、何の会話してるのかしら……三連単?」
「何馬鹿な事言ってるの佐藤さん、サッカーのフォーメーションだよ。佐藤さんサッカー得意なのに知らないの?」
「ボール蹴るのが好きなだけで、知識は全然……」
『あれ? 何であんなに仲良さそうに話してるの? 彼女? まさかね。うん、ただのクラスメイトって彼も思ってる。向こうはそうでもないみたいだけど』
二人が仲良さそうに会話していたのと、会話の内容がわからないのとでいきなり焦る凜子ちゃん。
早くも本村君が自分の事をいいなと思っているという妄想が揺らぎ始めているようだ。
さてさて、あの子は本村君の彼女なのだろうか。さっき調べた時は本当にちょびっとしか心を覗いていないから、今度はもう少し踏み込んでみよう。本村君の彼女は……え?
「あ、それじゃ私そろそろ行くね、それじゃ」
「うん、またね」
本村君と会話していた女子もまた別のクラスだったようで教室を出ていく。ちなみに彼女はただのサッカー少女で本村君の彼女ではない。本村君がフリーになって話しかけるチャンスではあるが、サッカーについて詳しくもない凜子ちゃんは会話の種が見つからなくて、教室の前で立ち往生。
「……あ、さっきはごめんね、ぶつかっちゃって。痛くなかった?」
ところがここで、本村君の方から凜子ちゃんに接触するという思いもよらぬ展開が。
「え! あ、はい。大丈夫です」
『彼の方から話しかけてきた! やっぱり彼は私に気があるみたいね』
「ところで君、確かサッカーの授業で大活躍してた女の子だよね」
『あのディフェンス技術は素晴らしかったなあ』
「は、はい。見てくれてたんですか!?」
そしてそれまでは凜子ちゃんの事を何とも思っていなかったのが、顔を見て凜子ちゃんがサッカー上手だったことを思い出して興味を持ち出す本村君。しかしかなりまずい展開になった。本村君は心を読む限り一見? 爽やかな人間で彼女持ち。凜子ちゃんの告白は断るだろうと思っていたのだが、もう少し深く心を読んでみると、凜子ちゃんに告白されたら付き合うのではないかという懸念が。しかもそうなったとして、凜子ちゃんは後々絶対に後悔する。
「あの反応見たかしら? 彼も私に気があるのは間違いないわ」
『心の中で、サッカー上手な女の子と付き合いたいって思ってるもの』
教室に戻り、好感触で舞い上がる凜子ちゃん。凜子ちゃんに本村君に告白させるわけにはいかなくなった。なので今回は普段とは逆に、本村君の負の面を知ってもらうことにしよう。
「そうだね。とりあえず今日、本村君を追跡しない? もう少し彼について知るべきだと思うよ」
「なるほど、一理あるわね。勿論協力してくれるんでしょう?」
「うん、俺と一緒なら怪しまれないだろうしさ」
凜子ちゃんをうまいこと説得して、放課後に本村君をストーキングすることに。
今日はサッカー部もないようなので、放課後にそのまま帰宅する本村君。
「流石サッカー部ね。アンタとは足の美しさが大違いよ」
『なんてたくましい背中なのかしら……』
「美しくなくてすいませんね……」
ノリノリでストーキングする凜子ちゃん。凜子ちゃんみたいな妄想癖のある人間は、ストーカーになりやすいから気をつけようってこの前ニュースでやってた。凜子ちゃんをストーカーにしないようにするのも、また凜子ちゃんの苦しみを理解する俺の勤め。けど今回はストーキングさせていただきます。
「待った?」
「うん、もう暑くなってきたよねー」
帰り道にある喫茶店に入る本村君を追って俺達も中へ入ると、そこでは丁度本村君が彼女と一緒にいるところだった。そう、彼は今日放課後に彼女と会う予定だったのだ。それを凜子ちゃんに見せてやりたかったのだ。
「あ……あ……?」
彼女がいないと信じきっていた凜子ちゃんも、この光景を見れば信じるしかない。
頭を抱えてお決まりの記憶改竄モード。10秒程すると、
「彼女がいるみたいだけど、私に乗り換えてくれるかもしれないわよね」
『彼、あまり今の彼女を好きじゃないみたいだし。これなら私が告白すれば……!』
彼女がいる事実を突きつけられても、ポジティブシンキングが止まらない凜子ちゃん。
正直そう来ると思っていた。だから、
「その通りだよ。だからもう少し彼の事を追跡しよう」
「わかったわ」
ここは凜子ちゃんを応援するフリをして、ストーキングを続行させる。
「それじゃーね」
「うん、またね……もしもし、俺だけど。うん、もう着いたとこ?」
彼女と別れた本村君を遠巻きに眺める俺と凜子ちゃん。
本村君は携帯電話を取り出すと誰かに電話をし始める。
そして再び歩き出す本村君を追跡すると、今度はゲームセンターへ。
『ゲームセンター好きだなんて、私と気が合うわね。彼も格闘ゲーマーみたいだし』
勝手に舞い上がっているところ悪いが、凜子ちゃんはこの後辛い現実を見る羽目になる。
「お待たせー」
「やあ、受験勉強は順調?」
「うん、同じ高校行きたいからね」
「……は?」
『え? え? どういうこと?』
目を丸くする凜子ちゃん。その先では、本村君が先程とは別の、中学生とみられる女の子と出会っていた。
混乱する凜子ちゃんを気遣いながらも、女の子とUFOキャッチャーをして遊ぶ本村君を監視する。
「それじゃーね! ぬいぐるみありがとー!」
「うん、またね……もしもし、うん、わかった」
女の子と別れて、再び電話を誰かにかける本村君。
「……? ……?」
一方現実を受け入れることができず、混乱しっぱなしの凜子ちゃん。
「どうする佐藤さん。もう少し彼の様子を見る?」
「え、ええ。もう少し見ましょう」
これ以上凜子ちゃんの心の傷を広げたくはないが、こうでもしないと凜子ちゃんは諦めてくれないだろうから、とストーキングを続行させる。
「お待たせ。それじゃ、行きましょうか。大人の魅力、たっぷり教えてあげるわ」
「お手柔らかにお願いします」
年上の女性と見られる人と出会った本村君がホテルに消えていくのを見たところで、
「……ああああああっ!」
凜子ちゃんがとうとう壊れてしまった。
そう、本村君は彼女がいた。それも別の高校の生徒、中学生、女子大生と3人も。
『複数人と付き合うのはやっぱり駄目だってわかってるけど、俺の事を好きな女の子を悲しませたくもないしね……でも、いつかバレるのかなあ……』
本村君は単純に、自分の事を好きな女性は全員喜ばせようという一心で三股をかけていたのだ。
今同じ高校に彼女はいないから、凜子ちゃんが告白すれば受け入れた可能性もあったのだ。
遠藤君の言うとおりだった、彼はロクでもない人間だ。純粋に相手を喜ばせようとしての三股だから余計性質が悪い。
しかし本村君のエセ聖人思考なんて関係ない、大事なのは本村君が三股をかけていたという事実。
凜子ちゃんが好きになった人間が、心が綺麗で自分に気があると思っていた人間が三股かけていたという事実。
混乱して、記憶がごちゃごちゃになって、俺の服を掴みながら苦しそうに震える凜子ちゃんの頭を撫でながら、ごめんね、辛い現実を見せちゃって。でも凜子ちゃんのためなんだよと心の中で謝罪する。本人には伝わってないだろうけど。
「……帰る」
「あ、うん。またね、佐藤さん」
しばらくして落ち着いた凜子ちゃんは、目に涙を浮かべながら去って行った。
『三股かけていることも勿論心を読んで知っていたけど、見た目がタイプだし諦めきれなかったから追跡してみたけど、やっぱりこの目で三股もかけているとこを見たらイライラが止まらないわね。あースッキリした、あんな女の敵に危うく告白するところだったわ』
そこには本村君への好意など、もうどこにもなかった。こうして凜子ちゃんの運命的な恋は、たった一日で終わりを迎えたのである。ごめんね凜子ちゃん。俺はズルい男だよ。
「……よろしく」
『またこいつが隣か……ま、このクラスじゃマシな方よね。それにしても連続で隣の席なんて、運命だったりね。まさかね』
本村君の事をすっかり諦めた凜子ちゃん。席替えをして、今回も裏で暗躍して凜子ちゃんの隣を勝ち取った俺。運命の赤い糸は、こうやって自分で紡ぐのさ。




