恋に悩むよ凜子ちゃん!
「その、音楽の授業に行く時に、人とぶつかって、その人が、カッコよくって」
「ああ、それなら俺も見てたよ。確かに佐藤さんぶつかったね。それで一目惚れ?」
「うん……多分。ドキドキが止まらなくて」
俺が邪魔する気まんまんだとも知らずに俺を信用してペラペラと恋愛相談をする凜子ちゃん。
いつものツンツンした態度はどこへやら、しおらしくなった凜子ちゃんは指を合わせてもじもじしだす。
俺と会話している時はツンツンしているのに、あの男が憎い。
とはいえあの男に罪はないので、あの男に迷惑がかからないように凜子ちゃんを何とかしないといけない。
「……それって、恋愛感情じゃないんじゃない? 佐藤さん確か音楽の授業の前に本読んでたよね、何の本?」
「その、最近話題のケータイ小説……」
「恋愛物か。俺はケータイ小説よくしらないけど、運命的な出会いとか結構あるジャンルだよね。それを読んだ後だから敏感になっちゃって、たまたまぶつかった人を好きだと勘違いしちゃったとか。産まれたばかりのヒナが、初めて見たモノを親と思う感じの」
まずは凜子ちゃんの恋愛感情自身を否定しにかかる。勘違いで好きになったはいいが、後々それが間違いだったと気づいて後悔する……そういう話、凜子ちゃんだって聞いたことはあるだろう。
「た、確かにそれは……。確かに、ぶつかったのがアンタでもときめいてたかもしれない。でも、過程なんてどうでもいいと思わない? 現に私は今ドキドキしてるんだし。アンタは、自分の恋愛感情が全部勘違いでないと言い切れるの?」
「それは……」
凜子ちゃんを押し切って納得させようとしたが、凛子ちゃんの言うことも一理ある。
俺だって、この凜子ちゃんへの気持ちが100%純粋な恋愛感情だとは言い切れない。
見た目だけで判断しているのかもしれないし、被害妄想に悩む凜子ちゃんへの憐みなのかもしれないし、逆に被害妄想に悩む凜子ちゃんに萌えを感じているのかもしれない。凜子ちゃんの被害妄想が治ったと同時に魅力を感じなくなってしまう、なんて未来を否定できないのが怖い。
「確かに将来になって、ただならぬ関係になった辺りで魔法が解けたら、後悔するでしょうね。でも私は、アンタにそんな説教を食らうために相談したわけじゃないわよ。魔法が解けるのが怖くて恋愛ができるか! ってさっき読んだ小説のヒロインも言ってたわ」
凜子ちゃんの恋愛感情を否定するのは無理そうだ。望みはないと理解させるか、実際に告白して玉砕させるか、どちらにせよ凜子ちゃんが傷つくのは免れそうにない。恋とは辛いものだ。
「恋愛? 恋の悩みか? だったら百戦錬磨の俺に任せろや」
「げっ」
「遠藤君……」
教室の隅で小声で話していたつもりだったが、凜子ちゃんが少し興奮して喋ってしまったため、よりにもよって遠藤君に食いつかれてしまう。
「……」
『ばらしたら殺す』
凜子ちゃんがこちらを睨みながらテレパシーを送ってくる。確かに遠藤君にばらしたらロクなことにならないだろう。
「いや、佐藤さんの友達の女の子の恋愛相談なんだけどね、佐藤さん恋愛経験ないから俺に相談してきてさ」
「なっ……!」
『ちょ、人を何勝手に恋愛経験ない寂しい女にしてんのよ!』
「なんだ、佐藤さん友達いたのか」
「なっ……!」
『こ、こいつら私を何だと思って……いないけど』
友達もいなけりゃ恋愛もできない可哀想な凜子ちゃんはおいといて、凜子ちゃんの友人という体なら安心して遠藤君にも助力を求めることができそうだ。
「ぶつかって一目惚れしたらしいんだけどさ、相手がどこの誰かもわかってないらしくて」
「ええと、私が友達から聞いた話によると、背は高くて、髪の色はベージュで、爽やかそうな感じで……」
「ああ、それなら多分隣のクラスの本村じゃないか? サッカー部の」
「た、確かに体育の授業で見かけた気がするわ。サッカーもうまかったわね」
最後に隣のクラスと合同でサッカーをした時、凜子ちゃんはずっと学校の外の野良猫を見ていて試合なんて見ていなかったはずなのだが……。彼が本村君ということは俺も知っていたが、そこまで詳しく調べたわけじゃないし、一言も喋ったことのない人との仲介を凜子ちゃんに頼まれても困るし、凜子ちゃんに彼女がいるとばらすのが辛いから知らないフリをしていただけ。遠藤君ならもっと詳しい情報を知っているかもしれない。悪役を被って、彼女がいることをばらして凜子ちゃんが素直に諦めてめでたしめでたし、となればいいが。
「俺はそいつのことよくしらねーけど、やめた方がいいと思うぜ? 何かあいつ見てると腹立つんだよな。ああいう爽やかそうな奴ほど心の中では何考えてるかわかんねえよ」
『馬鹿な女はああいうのにひっかかって痛い目見るんだよ。モテる男は全員肉食系に決まってんだろ」
遠藤君が本村君に腹を立ててしまうのは、互いにモテる人間だけどベクトルが正反対だからなのだろう。
肉食系でガツガツしている遠藤君からすれば、爽やかなイケメンというのは草食系の皮を被った肉食系にしか見えなくて、それに騙される女ごとアホだと思っているというわけだ。
「よく知らないのにしゃしゃらないでよ。いい人に決まってるわ」
『一瞬だったけど、私には聞こえたの。彼のとても優しい心の声が』
「? 何で佐藤さんがムキになんだよ」
「え、あ……わ、私の友達が好きになった人ですもの、いい人に決まってるわ」
「へいへい、そいつはすいませんでしたね。ま、俺はよくしらねーし力になれねーや。んじゃな」
鼻歌を歌いながら去って行く遠藤君。遠藤君に本村君を侮辱されたと感じたのか凜子ちゃんはお怒り状態だ。やっぱり遠藤君を絡ませるんじゃなかった。
「行くわよ」
「? どこへ」
「隣のクラス。敵情視察よ」
「好きな人なのに敵なのか……」
お怒り状態のまま教室を出て隣のクラスへ向かうプリプ凛子ちゃんの後に続く。
「いた……っ!」
「ありゃりゃ」
怪我をしたわけではない。隣のクラスのドアの前で立ち止まり、中を窺うと、
「えー、やっぱ3-4-3がベストっしょ」
「いやいや、4-5-1だよ、今のチーム状況なら」
そこにはクラスの女子と仲良くサッカーの話をしている本村君の姿が。うわあ、修羅場の予感だ。修羅場も何も戦いの舞台にすら立ってないけど。




