授業参観だよ凜子ちゃん!
田宮君の告白劇も一件落着して数日。
「私に告白してきたあの男、この間彼女と歩いているところを見たわ」
「そうなんだ、そういえば洞爺君の妹さんがうんぬんかんぬん言ってたね」
「……ふん」
「悔しいの?」
「はぁ!?」
『そんなわけないでしょ。大体私はね、恋愛したくたってできないんだから』
楽しそうにオタク集団と会話している田宮君を見ながら俺に話しかけてくる凜子ちゃん。
自分の能力のせいで恋愛ができないだけで、やっぱり凜子ちゃんも女の子。人並みに恋愛願望はあるようだ。
そしてここのところ、凜子ちゃんは自分から俺に話しかけてくる頻度が高くなっている。
凜子ちゃん本人は気づいていないようだが、俺への好感度はかなり高くなっていると見ていいだろう。
当初の目的では、凜子ちゃんが自分の能力を告白するくらい俺を信用してくれないかなと思っていたが、この分なら順調に凜子ちゃんの信用を得ることができそうだ。
HRで教師がプリントを配る。授業参観のお知らせだ。
凜子ちゃんの方を見ると、
「……」
すごく不機嫌そうな顔に。HRが終わるや否や、凜子ちゃんはそのプリントを紙飛行機にして、
「……!」
窓を開けて飛ばしてしまったが、折り方が下手くそなのか全然飛ばずに垂直落下してしまう。
「佐藤さん、プリント捨てたら駄目だよ」
「アンタには関係ないでしょ。私にも関係ないのよ、授業参観なんて」
「でも保護者懇談会とかもあるみたいだし、親に知らせた方がいいと思うけど」
「うるさい」
『人の家庭環境も知らないで、大きなお世話なのよ、ふん』
やっちまった、何とか凜子ちゃんの親に授業参観に来てほしくて誘導しようとしたが、凜子ちゃんの機嫌を損ねてしまった。
凜子ちゃんが両親とうまくいっていないのはわかるが、何せ凜子ちゃんは被害妄想。勝手に親を悪者扱いしては嫌っている可能性が高いだろう。思春期の女の子ってそういうの多いし。何でも凜子ちゃんは親がお弁当を作ってくれるのにわざわざ断ってコンビニでパンを買ったり、たまに自分でお弁当を作ったりしている。お弁当を作ってくれるのだ、凜子ちゃんは親にきちんと愛情を注がれているのは間違いないだろう。だから実際に凜子ちゃんの親を見て、凜子ちゃんの事をどう思っているのか確かめたかったのだが、失敗してしまった。
うーん、凜子ちゃんともっと仲良くなって、家にお呼ばれするくらいの関係になるしかないのだろうか。でも、そこまで来るともう恋人だよな……
「ただいま母さん」
「お帰り信也」
「そうそう、週末に授業参観あるけど、忙しいなら来なくていいよ」
「何言ってんの、我が子の晴れ姿を見ようとしない親がどこにいるのよ」
「そんなもんかねえ。クラスメイトがさあ、お弁当親に作ってもらってるのに、それを拒否してるんだよね。自分は親に愛されてないとか思ってるらしくて。どう思う?」
「馬鹿な子ねえ。本当に愛されてなかったら高校だって行かせてもらえないわよ」
「だよねえ」
人生の先輩である母親に凜子ちゃんの事をそれとなく伝えると、やはり俺と同じような返答。
まったく凜子ちゃんにも困ったものだよ。
そして週末。
スーツ姿の学生の親が教室の後ろに並ぶ中、凜子ちゃんは授業中だというのにすやすやと寝息を立てる。
『人が多すぎる。何とか寝て心を閉ざさないと……』
そういえば凜子ちゃんはそんな設定だった。クラスの密度は普段の倍くらいあるし、凜子ちゃんからすれば地獄なのだろう。端っことはいえど一番後ろの席で保護者からは目立つというのに、お構いなしに机に突っ伏して、
『羊が1匹、羊が2匹、可愛い……』
羊を数える凜子ちゃん。本当に授業参観があることを親に伝えていないのか、それとも親は来る気が無かったのかはわからないが、後ろの保護者の心の声を一通り覗いても、凜子ちゃんの親と見られる人間はいなかった。皆自分の子供しか興味はないだろうとタカとくくって、すやすやと本当に眠りはじめる凜子ちゃん。けどね、意外と皆凜子ちゃんの事見てるよ。
『まあ、授業参観なのに寝るなんて、しつけがなってないわねえ』
例えば、俺の後ろにいる俺の母親とか。ま、凜子ちゃん本当に寝ちゃったし、今はそっとしておこう。
「んあ……」
「おはよう佐藤さん。駄目だよ授業中に寝てたら」
「アンタだって普段の授業に寝ることあるでしょ」
「そりゃそうだけどさ……保護者だって見てるんだから」
「自分の子供を見に来た人にどう思われようが気にしないわ」
授業が終わり、ムクリと起き上がった凜子ちゃん。
凜子ちゃんは親というのは自分の子供にしか興味がないと思っているようだ。
自分が親に興味を持たれていないと思っているから、あるかないかでしか物事を測れないのかもしれない。
そんな感じに凜子ちゃんの境遇を想像していると、
「ところで、アンタの親は?」
「俺の親? 今あそこで他の保護者と会話してる、メガネかけてる人だよ」
「ふうん……いい親ね」
「わかるの?」
「ええ、私の人を見る目は正確なの」
『息子への愛で満ち溢れているわ。愛されているのね、羨ましいわ』
凜子ちゃんが俺の親に興味を持つ。
普段女性を心の汚い存在だと食って掛かっている凜子ちゃんにしては珍しく、俺の親に好意的。俺の母親が人柄の良さそうなオーラを出しているからなのか、凜子ちゃんが段々と更生されてきたからなのかはわからないが。
羨ましいなら、凜子ちゃんもきちんと親に授業参観を報せて来てもらえばよかったのに、そうすれば来るに決まっているよとは言わずに、自分の母親を眺めるのだった。




