リベンジマッチだ凜子ちゃん!
この日の凜子ちゃんのお昼ご飯はお弁当。この前の調理実習で料理にもチャレンジするかと意気込んだ結果、見事にお昼ご飯を自分で作ることができたようだ。
「佐藤さん、自分でお弁当作ったの?」
「ええ、そうよ。なかなか楽しいわよ」
『家にいる時でも、私の苦痛を紛らわせてくれる。料理もなかなかいいわね』
凛子ちゃんの家庭環境の謎はともかく、新しい趣味を見つけたことはいいことだろう。
相変わらずクラスでは浮いているし基本的に俺くらいとしか喋らないが、多分凜子ちゃん自身自覚していないだけで、俺と喋ることで割と心が安定しているようだ。やっぱりなんだかんだ言って人付き合いは大切ということだろう。問題行動も起こしていないし、着実に凜子ちゃんは更生できている気がする。この分なら、夏休み前くらいには凜子ちゃんまともになるんじゃないだろうか。
微笑ましく凜子ちゃんのお弁当の中身を見る。白飯に、冷凍食品のほうれん草とコーンのバター炒め、冷凍食品のコロッケ、冷凍食品の……凜子ちゃん、それは料理って言わないと思うな。
『今日は学校終わったらゲームセンターで遊んで、その後古本屋で立ち読みして帰ろ……』
午後の授業を受けながら、やたらとチンピラみたいな思考の凜子ちゃん。家に帰りたくないのかなあ。
しかしゲームセンターか。この前凜子ちゃんに格闘ゲームで負けたのが悔しくて、実はこっそりとコンシューマ版を買って特訓していたのだ。凜子ちゃんに負けたままでは男が廃る、雪辱戦といこうじゃないか。
『もうあそこのゲームセンターじゃ負け無しね。人が多いのは嫌だけど、大会にでも出てみようかしら』
放課後、自信満々に学校を出てゲームセンターに向かう凜子ちゃんの後を歩く。すぐにその自信を打ち砕いてやる。心が読めて、操作も覚えた俺に最早死角はない!
ゲームセンターに到着して、早速格闘ゲームの筺体に座る凜子ちゃん。俺もこっそりと凜子ちゃんの反対側の筺体に座って凜子ちゃんに勝負を挑むのだが、大きな誤算があった。
コントローラーじゃない!?
今まで俺が練習していたのはゲーム機でコントローラを用いてプレイするコンシューマ版。
しかし目の前にあるのはレバー。俺の特訓はほとんど意味を成さない。
コントローラーに慣れていたせいかレバー操作がまともできず、昔凜子ちゃんに負けた時より酷い結果になってしまう。
『うわ、何こいつ、弱すぎ。CPUと戦った方が楽しめたわ。興ざめね、別のゲームやりましょ』
俺を完膚なきまでに叩きのめした凜子ちゃんはそう言って筺体から離れてしまう。
悔しさに涙を滲ませながらも後を追うと、プライズの前で立ち止まっている凜子ちゃん。
「やあ佐藤さん。佐藤さんもゲーセン来るんだ」
「……! こんにちは」
『最近この男よく会うわね……まあゲームセンターに男が来るなんて珍しい話でもないし、疑りすぎよね。そうよ、私には心の声を聞く能力があるんですもの……こいつはただ脱衣麻雀をしに来ただけだわ』
確かに凜子ちゃんの言うとおり最近は偶然を装って出会いすぎている。凜子ちゃんは偶然をまだ信じているが、偶然が続けばそれは必然。あまりやりすぎると凜子ちゃんが俺を自分のストーカーという設定にしなてしまうだろう。そんな形で俺の好意がばれてしまうのは望ましくない、少しは自重しよう。それと凜子ちゃん、脱衣麻雀の設定は酷くない?
「この景品狙うの?」
「ええ、まあね」
凜子ちゃんがやろうとしているのは、ルーレットでポイントを溜めて、ポイントが最大になれば景品が貰えるというよくあるアレ。ルーレットの結果ポイントが下がることもあり、確か聞いた話では一定額つぎ込まないと絶対に景品が貰えないとかなんとか。
凜子ちゃんが狙おうとしているのはテディベア。そこそこ高級品そうだ、多分買えば数千円レベルではないだろうか。まあ俺はぬいぐるみなんて詳しくないから数百円レベルなのかもしれないけど、どちらにせよ簡単に景品が取れるとは思えない。
『大丈夫。……聞こえる、聞こえるわ。この筺体が、どのタイミングでボタンを押せばいいか教えてくれる! テディベアが私に貰って欲しいと言っている!』
筺体とテディベアの心の声を聞く凜子ちゃん。おいおい、いくら俺でも無機物の心の声なんて聞けないよ、凜子ちゃんひょっとしてわざとやってるの? このままだと将来パチンコとかで破産しそうで怖いよ、手遅れになる前に何とかしないと。
コインを入れて、筺体が教えてくれたらしいタイミングでボタンを押してルーレットを止める凜子ちゃんをしばらく眺めていたが、500円を費やしたところでルーレットはやる前よりも下のポイントに。
どのくらい費やせば景品が取れるのだろうかと、カウンターからこちらを眺めていた店員さんの心の声を覗く。
『あーあ、可哀想に。あの筺体絶対に景品が取れないように店長が設定してるのに。まあ、こっちも商売だから、ごめんね』
なんてこった、完全にインチキじゃないか。
「佐藤さん、もうやめた方がいいよ。多分この台細工がしてあって、絶対景品取れないようになってるよ」
「……そうね。私も薄々そんな気はしていたわ」
『店員がお金をつぎ込む私を笑っているわ。所詮機械、人間の設定には逆らえないのね。私はいち早くからくりに気づけたけど、気づけない子供はどんどんお金をつぎ込むんでしょうね。汚いわ、ゲームセンターって』
笑っているのではなく憐れんでいるのだが、凜子ちゃんは店員を睨みつけると名残惜しそうにテディベアにばいばいをして、今度はUFOキャッチャーに向かう。
「UFOキャッチャーなら、腕次第で景品が取れるでしょう」
「だろうね。さっきも、誰かが景品取ってたよ。佐藤さん、UFOキャッチャー得意なの?」
「まあ見てなさい」
『私を誰だと思ってるのかしら。真の声を聞いてしまう、呪われた少女。……けど、呪いもうまく使えば恵みをもたらすのよ。どのタイミングでボタンを押せばいいかなんて、筺体が教えてくれるわ』
今日の凜子ちゃんはいつにも増して意味がわからない。呪われた少女凜子ちゃんは得意げにコインを入れて、お菓子を狙ってボタンを押してアームを移動させる。
「……」
「何よ」
「いや、なんでも」
ところがアームはお菓子を掴むことすらできやしない。距離感覚ないね凜子ちゃん。
「はあ、クレジット1個余ってるけど、アンタに譲るわ」
『まあ、私は機械じゃなくて人間だし。タイミングぴったしに押すことなんて無理な話よね。この男私の事を心の中で馬鹿にしたけど、自分もUFOキャッチャーに失敗すれば私を馬鹿にすることなんてできなくなるわ』
「ありがとう佐藤さん……あ、取れた」
「……」
元々100円で2クレジット、お菓子もスーパーで100円あれば買えるようなものなので難易度は高くない。まぐれなのか実力なのかはわからないが、取り出し口に落ちたプレッツェルを凜子ちゃんに手渡すと、
「……どうも。私はそろそろ帰るわ」
『くっ……その優しさが私を苦しめる……どうしてそんな簡単に景品取れるのよ、うう……』
悔しそうに凜子ちゃんは去って行った。相手を打ち負かすことだけが雪辱を果たすわけではない、これもまた復讐の形なのだ。……いや、好きな女の子を苦しめてどうするのさ、俺。




