料理に目覚めた凜子ちゃん!
4時間目の授業が終わり、昼食の時間。
今日の凜子ちゃんは一体何を食べるのかなとお弁当を広げながら横を見れば、
「……」
凜子ちゃんがカバンからカップラーメンを取り出す。カップラーメン?
「佐藤さん、お湯は?」
「お湯なら食堂にあるわ」
「食堂? ポットなんてあったっけ」
「ほら、あれよ。ボタン押して水とかセルフサービスで入れるやつあるでしょ。昨日お湯もあるって知ってね」
「なるほど……」
カップラーメンを持って教室を出て行った凜子ちゃん。その発想は無かったなと感心するが、女の子がお昼にカップラーメンというのはどうなのだろうか。料理の先生の息子としては、やっぱり凜子ちゃんの食生活が気になって仕方がない。親にお弁当を作ってもらえないし、学食は混んでいるから嫌だ……多分そんな理由でパンだのコンビニ弁当だのカップラーメンだの、一人寂しく自分の席で食べているというわけだろう。
でも成長の余地を残している凜子ちゃんの身体がこのままでは成長しなくなってしまうかもしれない。個人的にはもう少し一部分が膨らんでいる方が好みなのだ。
凜子ちゃんの食生活について悩んでいると、
「……♪」
凜子ちゃんがカップラーメンを持って教室に戻ってきた。
わざわざ携帯電話でタイマー機能まで使って3分間測っているようだ。
『まだかな、まだかな』
出来上がるのを楽しみに待つ凜子ちゃん可愛い。カップラーメンも悪くないのかもなと認識を改めていると、3分間経ったようで凜子ちゃんが手を合わせてカップラーメンをすすり、
「……」
すぐに渋い顔になる。
「美味しくなかったの?」
「……ぬるい」
「考えてみれば、飲む用のお湯ってそんなに温度高くないでしょ。カップラーメンに入れるお湯は普通100度くらいだけど、せいぜいそれ50度くらいじゃないの?」
「確かにそうね……失敗だったわ。はあ……」
いらないなら俺が貰うよ、と男らしいアピール&間接キスのチャンスを得ようとしたが、凜子ちゃんはため息をつきながらも食事の邪魔をするなと言わんばかりに不機嫌そうにズルズルとカップラーメンをすすり、あっという間に食べ終えてしまった。
『うう……美味しくないし、カップラーメン1個じゃ物足りない……』
心もお腹も満たされていない凜子ちゃん。
「俺のお弁当少し食べる?」
ここぞとばかりに優しい男アピール&餌付け&凜子ちゃんにまともなものを食べてもらおうとしたが、
「いいわよ、別に。午後の授業家庭科で調理実習でしょ」
「え? マジで? 忘れてたよ、エプロンと三角巾誰かに借りなきゃ……何作るの?」
「確かブラウニーよ」
「ブラウニー? あの木槌持ってる?」
「何それ? チョコケーキみたいなものよ、ブラウニーも知らないの?」
「男がお菓子とかに詳しかったら逆に引かない?」
「それもそうね。さて、カップラーメンの汁を捨てるから、アンタはエプロンとか借りにいくことね」
『女子トイレの流しにカップラーメンの汁を捨てるのって冷静に考えたらかなりアレよね……適当にグラウンドとかに捨てよっと』
凜子ちゃんに午後に調理実習がある事を知らされる。割とフレンドリーに会話が出来て嬉しいが、凜子ちゃんの言うとおりエプロンとかを借りないと。同じクラスの人間が貸してくれるはずがないし、上級生とかなら午前に調理実習やったクラスもあるかもしれないけど、上級生の知り合いもいないし、調理部とかなら持ってそうだけど、調理部って女の子ばっかだろうし……背に腹は代えられないか。なんたって、
「……ふふふ」
「佐藤さん、言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
「いや、何でもないわ」
『花柄って。男が花柄のエプロンって。見てるこっちが恥ずかしいわ、くくくっ』
出席番号の関係上、俺と凜子ちゃんはこういう時は大抵同じ班なのだから。
調理部の女の子に可愛いエプロンを貸してもらった俺は、エプロン姿でこちらを見て、心の中ではっきりと俺を笑っている凜子ちゃんを見てほっこり。いいねえ、女の子にエプロンって。新妻って感じがして。
やっぱりエプロンと言えば想像してしまうのは裸エプロン。家に帰ると裸エプロンの凜子ちゃんが出迎えてくれて、
『おかえりなさいあなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも……くしゅん』
『凜子ちゃん、裸にエプロンなんて風邪ひくよ? 凜子ちゃんがお風呂入りなよ』
『うう……』
いい。素晴らしい。そんな妄想をしながら凜子ちゃんの心を覗くと、
『どうせ男子って裸エプロンとか想像してるんでしょうね……何がいいのかしら、寒いでしょ』
エロい心の声が聞こえなくなったのに、普通に俺の心を読まれてしまった。最近の凜子ちゃん侮りがたし。
さて、そんな訳で凜子ちゃんと一緒にお料理の時間。
「アンタ、料理はできるの? 親が料理の先生なんだっけ?」
「いや、俺は全くできないよ。料理のうまい男子高校生って、ちょっと引かない?」
「確かに、ちょっとアレかもね。大人ならともかく、高校生で料理好きの男って」
『私はいいと思うけどね、家庭的な男の人って』
口では一般論を吐きながらも心の中では家庭的な高校生も悪くないと思っている凜子ちゃんを前に、親に師事して少しは料理を習おうと決意。いつか凜子ちゃんに手作りお弁当を食べさせてあげるんだ……流石にキモいな。
「佐藤さんは、料理できるの?」
「できないわよ」
「女の子なのに?」
「女の子は料理ができるべきなんてステレオタイプな考えはもう古いわよ。今の時代は男も料理ができないと」
だからと言って凜子ちゃんが料理できないのを正当化するのはどうかと思うけどなあ……
「ちょっとそこの二人、サボってないで卵とか割って」
割と仲良く談笑ができていたのに、空気の読めない同じ班の女子によって俺と凜子ちゃんの仲は引き裂かれてしまった。
言われた通り卵を割ろうとする凜子ちゃんではあるが、料理ができないというのは本当なようで卵をボウルに入れる際にポロポロと殻を入れてしまう。
「ちょっと佐藤さん、今殻入ったでしょ。ちゃんと取り除いて」
「え、ええ」
『……ふん、少し料理ができるくらいで偉そうに』
同じ班の女子に怒られてしまい不機嫌になる凜子ちゃん。凜子ちゃんはいつも偉そうだけどね。
偉そうだけど、料理の腕は確かなようでてきぱきと俺や凜子ちゃんみたいな無能にも指示を出してきちんと手伝わせる女子。
「やっぱ家庭的な女っていいよなあ、性格ちょいキツめだけど、俺結構アリかも」
もう一人の班員である男子が本人に聞こえないように俺にそんな事を言う。確かに男も家事をする時代になったとはいえ、やはり家庭的な女性というのはいいものだ。
「……」
途端に不機嫌になる、性格かなりキツめで家庭的でない凜子ちゃん。脳内を覗くとやはり、あの女子が料理で男を釣ろうとしているだの勝手な設定を作っては家庭的な女性を否定していた。
なんだかんだいってブラウニーが完成。貢献度で言えば俺と凜子ちゃん合わせても1割もない、ほとんど班員の女子がやったものだろうけど、それでも凜子ちゃんと一緒に作ったブラウニーだ。
一口食べればほろ苦くも甘い青春の味。それまで不機嫌そうに家庭的な女性を脳内で叩いていた凜子ちゃんもそれを食べると、
『……美味しい。自分でお菓子作るのも、悪くないかもね』
ほっこりとした顔になり、料理に少し興味を持ったご様子。
料理と言えば聞きたいことがあった。
「ところで佐藤さんさ、いつもパンとかだけど、お弁当とか作ってもらえないの? 料理が下手とか?」
「別にそういうわけじゃないけど……私が作らなくていいって親に言ったのよ」
「? どうしてさ」
「アンタには関係ないでしょ」
『あの女の弁当を食うくらいなら、コンビニのパンの方が余程マシよ。でも、自分で作るのも悪くないかもね』
途端に不機嫌そうな顔になる凜子ちゃん。親をあの女呼ばわりしている辺り、相当親が嫌いなのだろうということはわかるが、何せ被害妄想の凜子ちゃんだし、真相はわからない。その辺の心を読もうとするが、情報が少なすぎて難しい。いずれ仲良くなれば、凜子ちゃんの方から話してくれるのだろうか?




