謝るべきだよ凜子ちゃん!
『なんで彫刻なんて描かなければいけないのかしら。それより猫よ、描と猫って似ているし今度から美術の授業では猫を捕まえてそれを描くべきだわ!』
次の授業は美術。今日もよくわかんない事を考えながら美術室へ向かう凜子ちゃんの少し後ろを歩く。俺も凜子ちゃんが描きたいけど、あんまり絵心ないから凜子ちゃんを汚すようなことになってしまう。涙を飲んでカエサルの彫刻を描くことにしよう。
「わひゃっ!?」
今日は雨が降っているので、全体的に学校が湿っていて滑りやすい。
意外とドジっ子なのか凜子ちゃんも滑って転んでしまった。受け身は何とかとれたみたいだし怪我とかは無さそうだけど、ここは男として手を貸そうとすると、
「いだぁ!」
「わりいわりい、ゴミかと思った」
後からやってきた遠藤君が、立ち上がろうと手を床につく凜子ちゃんの手を踏みつけて悪びれもせず美術室へ向かって行ってしまう。
「大丈夫?」
「いつつ……大丈夫です」
手を貸そうとしたが凜子ちゃんは自分で立ち上がり、涙目になりながらも美術室へ向かう。
『あの男……絶対わざと踏んだ、死ね! 性病になって死ね! つうか喋んな! 耳に精子がかかる! いつもいつもやらしい妄想して私を辱めて……本当に男って最悪』
心の中はあまりにも荒れていて口調も汚く、ひたすらに遠藤君への罵詈雑言。
遠藤君の野郎いつも凜子ちゃんを辱めてたのか、俺も脳内で凜子ちゃんを辱めよう……と対抗意識を燃やしている場合ではない。
遠藤君が凜子ちゃんに酷い事を言われた事を思い出して以来、遠藤君の凜子ちゃんへの態度はかなり悪くなっている。顔を見るなり舌打ちをしたり、他の男子に『佐藤さんウゼーよな?』と同意を求めたり……
遠藤君はクラスの男子じゃ地位はかなり高い方だ。遠藤君を敵に回すとかなりやばい、事態が深刻になる前に何とか遠藤君を落ち着かせないといけないのだが……
遠藤君と凜子ちゃんの件が本当ならば、悪いのは凜子ちゃんだろう。
お世辞にも遠藤君は善人とは言えないけど、少なくともその件に関しては凜子ちゃんは謝る必要があると思う。遠藤君もその件が原因で凜子ちゃんを嫌うようになったし、逆に言えば基本的に遠藤君は女性には優しいらしいから、凜子ちゃんがきちんと謝れば許してくれるんじゃないだろうかと推測する。
ただ問題はプライドの高い凜子ちゃんがそんな簡単に謝ってくれるかだ。
美術の授業中に凜子ちゃんの遠藤君への印象を覗く。もう最悪。常にエロいことを考えていて女を食っては捨てる女の敵、性犯罪者として認識している。女は腹黒いから嫌いだというスタンスなのに、女の敵も嫌いとはこれいかに。
一方遠藤君の凜子ちゃんの印象を覗くと、俺の予想通り凜子ちゃんのあの発言を滅茶苦茶根に持っているらしく、それに対する恨み辛みしかない。この分なら、凜子ちゃんが誠意をもって謝れば何とかなるだろう。
さて、どうやって凜子ちゃんを謝らせるか。
長瀬さんの時と同様、実際に遠藤君の日常を見せて遠藤君は凜子ちゃんが思っているような人間でないと理解させるのが一番なのだろうけど、ここで問題が生じる。
長瀬さんと違って遠藤君はクリーンな人間じゃない。凜子ちゃんが思っている程性の事しか頭にない人間ではないけれど、学年でも屈指の性に乱れたプレイボーイであることは間違いないだろう。
『あー腹立ってきた。学校早退してセフレと家でヤるか……?』
何せこうして授業中にそんな事を考えているのだから。住む世界が違うとはこのことだ。遠藤君は凜子ちゃんが思っている程性の事しか頭にない人間ではない、という仮定を思わず棄却しそうになる。
わかりやすく言えば、凜子ちゃんの他人への妄想による悪人度を100とすると、長瀬さんはほとんど0だが、遠藤君は恐らく70くらいだろう。凜子ちゃんのこじつけ能力を以ってしても0を100にはできないようだが、70なら100にしてしまうだろう。
けど、遠藤君の人間性なんてどうでもいい。仮に遠藤君の悪人度が120でも200でも、凜子ちゃんの言った言葉が真実だとしても、凜子ちゃんのクラスの地位をこれ以上下げないように、向こうが悪かろうがどうにかして機嫌を直して貰わないといけない。
美術の授業を終えて昼休憩。いつものように凜子ちゃんの隣でご飯を食べていると、
「……ねえ、ハムスターは結局飼ったの?」
凜子ちゃんが自分から話しかけてくる。
「いやあ、親と相談中なんだけど、無理っぽいなあ。父さんがネズミは嫌いだとか言ってさ、母さんは俺にペットは飼えないとか言ってくるし」
「そう、あなたも大変なのね」
『こいつも家庭が原因で動物飼えないなんて、私と一緒ね。少しだけ同情しちゃうわ』
親にハムスターを飼っていいかなんて相談したことはないが、適当に話を合わせていると勝手に同情されてしまう。ペットショップの件で凜子ちゃんに動物好きだと思われて印象が良くなったようだ。
遠藤君が俺の方を睨んでいることに気づく。大方『佐藤さんと喋ってんじゃねえよ』と言いたいのだろう。
その視線に耐えながら、凜子ちゃんがある程度俺を信用? している今こそ、凜子ちゃんを説得して遠藤君に謝らせるチャンスなのだろうと凜子ちゃんを説得するための論理を組み立てるのだった。




