ペットショップだよ凜子ちゃん!
月曜日の朝、俺が教室に入った時には、
「……♪」
凜子ちゃんが幸せオーラを出していた。こんなに幸せそうな凜子ちゃんは初めて見るけど、目つきの悪さはそのままなので、何だかヤク中みたいで怖い。
『うさぎ可愛かったなあ……持って帰りたかったなあ……』
心の声から察するに、休日にうさぎ島にでも行ったのだろう。意外と人生をエンジョイしている。
残念ながら脳内イメージを読み取る能力は備わっていないが、大量のうさぎと触れあう凜子ちゃんを想像する。ついでにバニーガール姿の凜子ちゃんも想像するが、ツインテールにうさ耳ってバランスが悪い気がする。
「おはよう佐藤さん。機嫌良さそうだね」
ともあれ凜子ちゃんが上機嫌な今なら、円滑な会話もできるだろうと爽やかに挨拶するが、
「……おはよう。別に」
『人が折角余韻に浸っていたのに……はあ、台無し。聖人気取りはいいけれど、私が他人を拒んでいるっていい加減気づいて欲しいものね。気づいていて、私に他人と仲良くさせようとしているのかしら? 冗談きついわ、私は動物だけが友達なの』
残念ながら俺にはデレてくれず、更に凜子ちゃんの邪魔をしてしまった。
俺に変身能力があれば、凜子ちゃんと触れ合えるのに。
それにしても凜子ちゃんは本当に動物好きなんだろう、よく見るとストラップ類が全部動物系だ。
動物だけが友達……か。でも凜子ちゃん、この間の猫への対応を見るに、自分は動物に好かれてると思って馴れ馴れしく動物に接しようとして、結局動物にも嫌われてるんじゃないかなあ。
「そういえばさー、近くにペットショップ出来たらしいよー?」
「氷吐く方の?」
「何それ、意味わかんない」
凜子ちゃんが自分は動物に嫌われていると思い込んでしまったらいよいよ精神崩壊しちゃうのかなあと不安になっていると、クラスの女子のそんな会話が聞こえてくる。
「……!」
『ペット……ショップ……』
ピクつく凜子ちゃん。この分だと、放課後にそこに行くつもりだろう。
凜子ちゃんはところでペットを飼っているのだろうか、今まで一度もそんな心の声を聞いたことはないけど、動物大好きな凜子ちゃんなら飼っていそうなものだ。
放課後、頭の中が動物でいっぱいな凜子ちゃんの後をつけるとやはりペットショップに到着。
凜子ちゃんの後に続いて店内に入る。どうにもこの獣臭さが俺は好かない。
「……♪」
凜子ちゃんにとっては天国なようで、入るや否や辺りをきょろきょろと見回してはしゃぐ。
その結果、
「……げっ」
「やあ、奇遇だね佐藤さん」
速攻で見つかってしまった。
「……何で斎藤さんがこんなとこに?」
「ペット飼おうかなあって。ハムスターとか可愛いよね」
はしゃいでいるところをクラスメイトに見られて恥ずかしげに、忌々しげにこちらを睨む凜子ちゃん。何気に初めて凜子ちゃんに名前で呼ばれた気がする。とりあえず尤もらしい言い訳をしようとしたが、喋った後に失言だったと気づく。
そうだ、凜子ちゃん昔俺の事を動物虐待が趣味の男だと思ってたんだった。折角悪い人じゃない、くらいの評価までこぎつけたのに、また設定がぶり返すかもしれない。ただでさえ動物虐待されやすいハムスターだなんて。
「……わかってるじゃない」
ペットショップに虐待用のハムスターを買い求めるクズ男にされないか心配だったが、凜子ちゃんは少し口元を緩ませる。
『うんうん、ハムスター可愛いわよね』
良かった、この間の時は猫に逃げられたのを俺に責任転嫁したから動物虐待なんて発想が出ただけで、逃げも隠れもしないペットショップなら普通に好意的に受け止めてもらえるようだ。
「佐藤さんもペットを飼うの?」
「私は見にきただけよ。どの種類のハムスターを飼うの? ジャン? ゴール? ロボ?」
「いや、種類とかよくわかんなくて」
「そう、だったら特徴とか教えてあげるわ」
『仕方ないわね、ロクな知識もなしに飼っても不幸な動物を生むだけだから手伝ってあげるわ』
適当に誤魔化すつもりだったのが、予想以上に食いつかれて凜子ちゃんの方からペットショップデートを提案してきた。動物が絡むと凜子ちゃんは本当に積極的だね。
「で、これがゴールデン。公太郎はこの種類なのよ。ハムスターの中じゃ飼育しやすいと思うから、私はこれを勧めるわ」
『ああ、ハムスター可愛いなあ、飼いたいなあ』
それからペットショップ店員ばりの凜子ちゃんの講座を聞くことに。
とはいえ、俺は別に本当にハムスターを飼うつもりは無かったので適当に聞き流して、代わりに凜子ちゃんの心を覗く。飼いたいなあ、と言っている辺り、凜子ちゃんはどうやらハムスターを飼っていないようだ。
「ま、こんなところね。今日飼うの?」
「いや、もう少し考えてみるよ。ありがとうね、俺のために」
「別にペット見にきただけだし構わないわよ、飼うならちゃんと責任持ちなさいよ」
動物が絡むと対応も良くなる凜子ちゃん。機嫌もいいみたいだし、少し聞いてみるか。
「ところで佐藤さんは、ペット飼ってるの?」
「……飼ってないけど?」
「あれ、そうなんだ。詳しいから飼ってるのとばっかり」
「ネットとか、本とかで知識を蓄えただけよ。ペットは飼ったことないわ」
「マンション暮らしとか?」
「……別にアンタには関係ないでしょ。それじゃ、私はもう帰るわ」
再び俺の事をアンタ、と呼んで、不機嫌そうにペットショップを後にする凜子ちゃん。
『……あの親がいるうちは、ペットなんて飼えないわね』
去り際に心を読むと、そんな声が聞こえてくる。凜子ちゃんがペットを飼わないのは家庭環境の問題なのだろうか。




