キューピッドだよ凜子ちゃん!
「佃君今日誕生日でしょ? はいこれ」
「お、おう、サンキューな」
朝からいちゃついてる二人を眺めるとこう、イライラするね。
『男ってホント単純ね』
隣に座っている凜子ちゃんもイライラしているようだ。
お次は凜子ちゃんどうするつもりなのだろう、長瀬さんには彼氏がいると信じきっているみたいだし、そっちの証拠を見つけようとするのではないかと思いきや、
「もう告白させましょう」
ぼそりと隣の席の俺にそんな提案をしてくる。
「え、告白?」
「そうよ告白よ。間違いなく成功するわ」
勿論俺も間違いなく成功すると思っているが、当初は協力する気なんてさらさらなかったはずなのに。
『この男は恋のキューピッドが気取れて、あの男は間男としてでも好きな女と付き合えて、あの女は金づるを手に入れる。騙されていても本人が幸せならそれでいいのかもね、私は騙されることができないけど』
俺に現実を教えてくれるはずだったのに、先日の援交じゃなくて選考でした事件で自分に自信が持てなくなってやる気を失ってしまったということだろうか。
『それに、どうせすぐにボロが出るわ。結局私が何もしなくても、この男は自分のした事を後悔するし、あの男は間男だと知って絶望するし、あの女は二股かけているのがばれて評価を下げる。そうやって私達は現実を知って大人になるの』
いつも以上に悟りを開いている上から目線の凜子ちゃん。ともあれ、俺も元々佃君には告白させようと思っていたところなのだ。二股をかけていないことの証明は悪魔の証明だから難しいけれど、いくら凜子ちゃんとは言え本当に愛し合っている二人を見れば、そのうち考えも変わってくれるだろう。短い間だったけど、凜子ちゃんと共同作業が出来て楽しかったよ。
「でもどうやって告白させるの? 佃君ヘタレだよ」
「それはアンタの仕事でしょ、ハッパかけなさい」
「それもそうだね」
これ以上ないってくらい正論と吐き捨てると、もう興味は失せたと言わんばかりに凜子ちゃんは机に突っ伏して休み始めた。
「なあ佃、連れションしようぜ」
「おういいぜ」
ここからは俺の仕事だ。1時間目の休憩時間に早速佃君をトイレに連れ込む。
「なあ佃」
「何だよ」
「お前長瀬さんの事が好きだろ」
「な、なななななっ!?」
バレていないとでも思っていたのだろうか、滅茶苦茶動揺する佃君。その純粋さが羨ましい。
「お、おおおおお前何言ってんだよ、つうか本人に聞かれたらどうすんだよ」
「ここ男子トイレだぞ……」
顔を真っ赤にして、ションベン中だというのに慌てるもんだからズボンに飛び散ってる。汚いなあ。
「いや、まあそりゃな、俺は長瀬さんが好きだけど、告白したって失敗するし」
「何でだよ」
「だって俺馬鹿じゃん、長瀬さん可愛いし性格もいいし格が違うじゃん」
「お前誕生日プレゼント貰ったんだろ? 好きな人でもなきゃ普通はあげないよ」
「いやいや、長瀬さんは優しいから多分知り合いほとんどの人に誕生日プレゼントあげてるよ、俺だけが特別ってわけじゃないんだよ。それで浮かれあがって告白して撃沈して辛い目に合うほど、俺は馬鹿じゃないんだ。だからな、この高校三年間で男を磨いてな、長瀬さんと釣り合うように頑張って、卒業式の日に結婚してくださいって告白するんだ」
どうしようもない馬鹿だな、こいつ。しかもいきなり結婚かよ。
「その間に長瀬さんが他の人と付き合っても知らないぞ。ああ、つうかもう付き合ってんのかもな、知り合いの女が長瀬さんは男の影があるとか言ってたし」
「……ま、マジで?」
「さあな、んじゃ、俺教室戻るわ。かかったションベンはちゃんと拭いとけよ」
凜子ちゃんとはまた違った意味での被害妄想だが、可愛い凜子ちゃんと違ってこんな馬鹿男の被害妄想はイライラするだけだ。心を読んだってどうせネガティブまっしぐらだろう。
けれど確かに、どっちに転んでも特に実害のない周りの人と、天国か地獄かの本人とじゃあ違うよな。俺は最悪心を読んで、告白が成功するかしないかを見極めることができるけど、普通はこれくらい慎重にならざるを得ないのかもしれない。
「駄目だったよ、佃君相当なヘタレだ」
「ふうん。絶対告白すれば上手くいくのにね、アンタが告白してもOKされるわよ」
「それはないでしょ」
「絶対成功するわよ」
「何でさ?」
「それは……とにかく、女の勘よ」
教室に戻って再び隣の凜子ちゃんに話しかける。やっぱり席が隣というのはいい、自然に話しかけられる。俺が告白しても長瀬さんはOKするという謎の自信に満ち溢れている凜子ちゃん。
『だってあの女が欲しいのは都合のいい金ヅルだし。こいつも女に貢ぐタイプっぽいから、佃君の代わりに金ヅルとしてOKするでしょ』
心の中も、そんな妄想に支配されていた。凜子ちゃんの誤解を解いて、佃君の告白も成功させる、そんないい案は無いだろうか……そうだ。
「凜子ちゃん、お願いがあるんだけど」
「……え、今何て言った?」
「……お願いがあるんだけど」
「私の聞き間違いかしら……? お願い? もう私協力する気ないわよ、後はアンタ一人でやりなさいよ」
「そう言わずにさ、お願いだよ、乗りかかった船って言うじゃないか」
「……はあ、しょうがないわね」
とうとう凜子ちゃんと下の名前で呼んでしまったが、何とか誤魔化せたようだ。
協力する気はないと言っても、凜子ちゃん根はいい人だし、なんだかんだ言って頼まれると断れないタイプだと心を覗きまくって確信しているので、来るべき明日のハッピーエンドに向けてお手伝いをしてもらおう。
翌日の放課後。
「え……あ、斎藤君だったんだ」
長瀬さんの下駄箱に放課後屋上で待ってますとラブレターを仕込んで時間通りに屋上へ向かうと、俺の姿を見るや意外そうに、そして残念そうな顔になる長瀬さんが待っていた。俺と長瀬さんは一言も喋ったことがないし、佃君が来ると思っていたみたいだし、当然だろう。
「単刀直入に言うよ。長瀬さん、俺と付き合ってくれ」
彼女の期待を裏切ってしまったことは申し訳ないが、後々歓喜することになるだろうから許して欲しいと思いながらも、彼女に愛の告白をする。
「ごめんなさい」
即答。考える間もなく即答だ、フラれてしまった。わかりきっていたことだけど。
「……他に好きな人がいるの?」
「……うん」
「教えてよ」
「それは……」
「佃君なんだろっ!?」
最後の言葉だけ確認するように大声で叫ぶと、ビクっと震えながらもコクリとうなずき、
「……うん。私は、佃君の事が好きなので、貴方とはお付き合いできません! ごめんなさい!」
改めて俺をフる。茶番だとわかっていても、結構傷つくねこれは。
「そっか。……おい、そろそろ出て来いよ、聞こえてただろ?」
「え?」
けどこの茶番も全てはハッピーエンドのためなのだと、屋上の貯水タンクの方を向いて呼びかけると、
「……」
顔を真っ赤にした佃君が登場。凜子ちゃんに頼んで連れてきてもらったのだ。
「つ、つつつ、つっくん!?」
「な、長瀬さん……」
さて、後は俺が何をしなくても何とかなるだろう。
「佐藤さん、戻ろうか」
顔を真っ赤にした二人の初々しい恋愛をもう少し見たいとこだけど、二人っきりにするべきだろうしお邪魔虫はさっさと退散しますかと、同じく貯水タンクに隠れていた、信じられないと言った目で一部始終を見ていた凜子ちゃんに呼びかける。
「え、ええ……」
凜子ちゃんに当初この計画を打ち明けた時は、
「わかったわ、何とかして連れてくるわ。でも……」
『こいつがあの女に告白して、あの女がそれをOKして、どんな悲惨なことになるんでしょうね。見たくない光景だわ。でも、馬鹿な男にはいい薬なんでしょうね、見届けてあげるわ』
凜子ちゃんは長瀬さんが俺の告白をOKして、佃君が心に傷を負って、俺も心に傷を負って、自分もそんな光景を見て心に傷を負うと思っていたのだろう。
けれど現実はどうだ、長瀬さんは俺の告白をきっぱりと断ったし、誰がどう見たって長瀬さんのあの反応は、金ヅルに対する反応じゃない。
「つっくんの馬鹿! ずっと私告白して欲しかったのに! 本当はつっくん私の事何とも思ってないんじゃないかって、たまに不安になってたんだよ?」
「わ、悪い……それじゃ、お、俺と付き合ってくれ」
「今更遅いよ! よろしくお願いします!」
顔を真っ赤にして、涙をポロポロと流しながらも嬉しそうな長瀬さん。ハリウッドスターでも、演技であんなことをするのは無理に決まってる。
「大丈夫? 佐藤さん、保健室行く?」
「大丈夫よ……話しかけないで、気が散る」
屋上に二人を残して凜子ちゃんと教室へ戻る途中、ずっと凜子ちゃんは頭を抱えて唸っていた。
今回も記憶捏造モードに入るようだ。
『今回はたまたま両想いだったからうまくいったけど、現実はそうでない事の方が多いものよ。心の声が聞こえてくる私には、誰が誰を好きかなんて丸わかり。それを絶対にうまくいくからって囃し立てたり、無理矢理くっつけようとしたり……いずれこいつも、恋のキューピッドなんて天使じゃなくて、悪魔でしかないと気づくでしょうね。それに、人を愛する心があっても、汚い心は汚いままなのよ』
教室につく頃には立派に偉そうな思考になっていたが、それでも二人が両想いであるとは認めてくれたようだ。一歩前進ってとこかな、めでたしめでたし。
それにしても厳密にはキューピッドと天使は別物らしいけど、何だか凜子ちゃんって堕天使みたいだよね。
男は馬鹿で単純で、救うべき存在。女は心が汚くて憎むべき存在。凜子ちゃんからすれば男子は人間、女子は悪魔と言ったところか。でも汚い心に触れすぎて、凜子ちゃんの心も荒んでしまい、目つきも悪くなり、羽根も無くなってしまったのです。……いかんいかん、凜子ちゃんに毒されて変な設定つけちゃった。




