被害妄想だよ凜子ちゃん!
「んじゃいってきます」
俺の名前は斎藤信也。今日から高校生となる、割と平凡な日本人だ。
身長170cm、黒髪黒目、成績も運動も特に言う事がなし。
「いってらっしゃい、信也」
俺を見送る母親を意識して念じる。高校生になった俺をどう思っているのだろうか?
『我が息子ながら、平凡な子に育っちゃったわねえ』
何をおっしゃいますか母上殿、平凡に育つって素晴らしいことですよ、と俺を育ててくれた母親に感謝しながら家を出る。
強いて人と違うところを挙げるとするならば、今のように心を読むことができるということか。
心を読むというよりは、『何について、今どう思っているか』を読むと言った方が正しいかもしれない。
理由はわからない。気が付いたら心を読む能力を習得していた。
しかしこの能力を俺が多用することはない。心が読めても、あんまりいいことがないからだ。
幸いにもこの能力はパッシブではなく、アクティブ。
何もしなくても自然と周りの心の声が聞こえてきて鬱になってしまう、なんてことはない。
だから俺はこの便利な能力を持ちながらも、今までじゃんけんで相手の手を読んだり、テスト中に頭のいい人の思考を読んだり、割とこっすいことにしか使っていない。
多分それでいいのだ、俺のような凡人に、この能力は大きすぎるのだから。
「斎藤信也です。一年間よろしくお願いします」
クラスメイトとの顔合わせ。特にふざけたりせずに立ち上がって自己紹介を行う。
多分クラスメイトが自分をどう思っているかを読みたいところだが、これから一年間一緒にやっていく連中の心なんて、なるべく読みたくはない。俺も男だ、女の子が俺の事をどう思っているかは確かに気になるけど、キモいとか思われてたらショックだもんね……と席につき、自分の次に自己紹介をする人を見るためゆっくり後ろを振り返ろうとし、
「……佐藤凜子」
真後ろから聞こえてきた、凛とした声に思わずガバっと振り返ってしまう。
そして声の主の姿を見て、更にびっくりして瞳孔を開きっぱなしにしてその子を見てしまう。
お……お……俺のタイプだ!
透き通ったその声もそうだが、見た目も俺好み。身長は155くらいだろうか、地毛なのか染めているのかわからないが茶色がかったツインテールはよく似合っているし、スレンダーだけど成長の余地を残していそうな肉付きも個人的には垂涎モノだ。何より目! ちょっと人間不信っぽい悪い目つきが、心を開いてあげたい! という俺の欲望をえぐるえぐる。普段から俺が寝る前の妄想でイチャイチャしている、理想の彼女像そっくりなのだ。
「……? ……!」
突然前の席の俺がガバっと振り返って彼女を見たため不審に思ったのか、少しだけ彼女と俺の目が合う。
彼女は俺を不審がっていたが、すぐに俺を睨むような目になって、不機嫌そうにガタンと椅子に座り、彼女の自己紹介も終わった。
その後もクラスメイトの自己紹介が続くが、俺の頭の中は彼女のことでいっぱいだ。
自己紹介している人を見るフリをしながらチラチラと彼女を見る。終始彼女は不機嫌そうだが、そこもまた可愛らしい。
読みたい。
彼女の心が読みたい!
第一印象が良くはないであろうとはわかっていたが、それでも彼女の事が気になる俺は、彼女の心が気になって気になって仕方なかった。
気づいた時には、彼女の方を向いて念じる。彼女は俺の事をどう思っているか……
『くっ……何が【なんだこの目つき悪い女、まじきめえ】よ、しょうがないじゃない、私だって好きで目つき悪くなったわけじゃないのに……』
うーん、心の声も可愛らしい……ってちょっと待て。【なんだこの目つき悪い女、まじきめえ】? 俺は可愛いとは思ってもキモいなんて思っていないのに、どういうことだ?
まるで彼女、俺の心の声を読んだかのような反応をしている。しかも見当違いの。
違和感を感じる俺を後目に、彼女は歯ぎしりをしながら忌々しそうにうつむく。
更に彼女の事が気になった俺は、彼女が全体的に現在何を考えているか、一般的な意味での心の声を読み取ろうとする。彼女の方を向いて目をつむり集中すると、
『誰だって、誰だって私みたいに周りの人の心の声が聞こえてきたら、人間不信にだってなるし、目つきだって悪くなるわよ……」
そんな彼女の悩ましげな、恨めしげな声が脳内に響いてきた。
……心の声が聞こえるだって? まさか彼女、俺と同じ能力を持つ人間なのか?
『心の声なんて聞きたくないのに、耳を塞いでも聞こえてくる私の気持ちも知らずに、目つきが悪いだの捻くれてるだの、周りの人間はいつもそう。その周りの人間の汚い心が私をこうさせているのに。隣の男子はエロいことばかり考えているし、前の男子は私をキモいって思っているし、どうすればいいのよ……』
その後も彼女の心の声が脳内に響く。
そっか、彼女は俺と違って、パッシブな能力なんだ。意識しなくても、周りの人間の心の声が勝手に聞こえてくるんだ。そりゃ確かに、人間不信になったって、目つきが悪くなったっておかしくないよ。俺ですら、やめとけばいいのに他人の心を読んで、ショックになった事が何度もあったもん。
彼女に同情しながらも似たような能力を持つ者同士、彼女の良き理解者になって、彼女の心を開けないかなと思っていたが、彼女の心の声を思い返す。
『前の男子は私をキモいって思っているし』?
彼女の前の男子というのは、ずばり俺だ。俺は彼女をキモいだなんて思っていないのに、彼女は俺が彼女をキモいという心の声を聞いている。どう考えたっておかしい。
まさか俺の深層心理では、彼女の事を本当にキモいと思っているとか?
それとも俺が今まで聞いてきた心の声は、偽物だったとか?
不安になった俺は、彼女の隣の男子の心の声を同様に読もうとする。
『あー、早く帰って野球見てぇ……』
聞こえてきたのはそんな声。エロいことは特に考えていないようだが……?
悩んだ末、自己紹介が終わった後の休憩時間に俺はその男子に話しかけることにした。
「なあなあ、お前って、野球好き?」
「! お、よく気づいたな! そうだぜ、俺は大の野球好きよ。お前も野球好きか? 野球っていいよなぁ、今日も学校終わったら試合見に行くんだ、よかったらお前も一緒に見ないか?」
「あー、今日はその、用事が」
「んじゃしょうがねえなあ、そうだ、俺の野球好きを当てたついでにクイズだ、俺の贔屓球団はどこでしょう?」
再び彼の脳内を探り、彼の贔屓球団を読み取る。
「セリーグなら半神、パリーグなら河豚丘、メジャーならヘッドロックスかな」
「……お、お前ひょっとして俺の心を読んでるのかよ、すげえな……」
驚かれながらも、俺の心を読む能力はまぎれもなく本物だと確信する。
だとすると、偽物なのは……
『はあ、中学二年生の時に少しずつ周りの人の心の声が聞こえてきて、それから段々頻度や範囲も拡大していって……うるさいし、気持ち悪いし、もう嫌……』
耳を塞いでうつむいて、そんな事を考えている彼女の方、ということになる。
中学二年生、中二……厨二……
たまに自分は人とは違う能力があると思い込む人間がいるらしい。
ひょっとして彼女も、その類の人間なのではないだろうか?
周りの心の声が聞こえてくるという設定に憑りつかれ、しかも自分に都合の悪い、被害妄想のような心の声を聞き続ける……
なんて、なんて可哀想なんだ。
決めた。俺は彼女を救うぞ。
俺にこんな能力があるのは、きっと彼女を救って、彼女と結ばれるために違いない。
絶対に君の被害妄想を取っ払ってあげるよ凜子ちゃん、と脳内で勝手に下の名前で呼びながら彼女の方を見る。
「……」
俺の視線に気づいたのか一瞬面をあげた凜子ちゃんは、俺を一睨みすると再びうつむく。
彼女の俺への印象を読むと、
『こ、こいつSNSで私をクラスにキモい女がいたとか晒そうとしてる……信じられない、お前の方がキモいわ、死ね!』
そんな罵倒の言葉が脳に響く。た、例え嫌われたって、絶対に凜子ちゃんの被害妄想を取っ払ってあげるからね!
これは、心の読める俺が、心を読んでるつもりの彼女を何とかして矯正させようと奮闘するサトリサトラレラブコメディー。