拷問ごっこ
レティクの町で捕えられた貴族の数は老若男女合わせて二十人ほど。これで約半数である。数に含まれない連中は抵抗を試みたがその甲斐なく血祭りに上げられた者達だ。
生き残っている貴族を全員時計塔に収容すると町民の暴動は鎮静化に向かい、公開処刑を控えた夜明け前には嘘のように普段の静寂さを取り戻していた。
そんな夜の闇に満ちた時計塔の中を、ランプに照らされた人影が歩いている。
「うぅ~~、……寒ぃなチキショウ。風邪引いちまう」
パラベラから駄賃を貰ったアシムは時計塔の上層階の見張りを任されていた。階層の数は五、部屋数にして十七。このうち人質が閉じ込めてあるのが十部屋ある。人質が逃げ出さないようにするのが役目なのだが、各部屋の扉に錠前を掛けてあるので出られるわけがない。おまけに一人に一部屋を与えてあるので脱出の相談なども封じられているのだ。連中に出来るのは明日の処刑に怯えながら命乞いの文句を考えることくらいのもの。
せいぜい震えているがいい。
槍の石突きでコツコツと床を叩きながら歩いて回り、最上階への階段を上がった。
……ここは二人居るんだったよな。
この階層には部屋が一つだけだ。時計塔の大時計の機械部分が剥き出しになっている部屋で、前は整備の時に職人が入るだけの場所だったと此度の暴動のまとめ役であるパラベラから聞いていた。そしてこの部屋にだけ言われていたことがある。
――中の人質を確認するように。
他の部屋は問題なかったのだが、この大時計の機関室のみ出口がもう一つあるという。
それは大時計の機関部を抜けた先、文字盤を点検するために設けられた外に出られる扉である。
どうやらパラベラはここから逃げ出すのでは、と懸念をしているようであるがアシムは内心では小馬鹿にしていた。
――どれだけ高さがあると思ってんだよ。
仮に文字盤から外に出られたとしても、そこからご丁寧に梯子が地上まで下ろされているわけでもないのだ。これだけの長さの縄もあるはずがなく、人間に翼でも生えない限りは脱出は不可能だ。
――さ、て。カワイコちゃんは元気に泣いてるかな?
鍵を開け、念のため槍を構えてアシムは暗い部屋の中へと入った。腰に提げたランプの明かりが自分の周りをぼんやりと照らしているが、二人の姿は見えない。
それなりに広さがある部屋だ。隅で震えているのかもしれない。腰のランプを外し、高く掲げた。
「あれ……?」
おかしい。
閉じ込められていた二人のうち、一人は椅子に縛られて身動きが取れない状態だったはず。
「なんで椅子がねーんだよ?」
それがどういう意味なのか気付くのが遅かった。
「ここにあるぜ」
背後で椅子を振り上げていたのは紛れもなく人質の男だった。アシムの顔が凍りつく。
――ゴガ!
「うっ……あ」
景色が揺れる。倒れそうになるも、まだ片足で踏ん張る。
「悪いな。こういうのは慣れてないんだ」
――ガン!
今度こそ気を失ったアシムに半ば同情しながら哲は言った。
「間抜けな奴で助かったよ」
「――そいつ、死んだの?」
暗がりから出てきた少女を哲が拾い上げたランプが照らし出した。
「いや。これくらいじゃ人は死なないよ。だから縛っておこう」
自分が拘束されていた縄を使って今度はその男を椅子に縛る。
「こいつには聞きたいことがある。でも、その前に」
「なに?」
「自己紹介をしよう。助かる可能性も見えてきたことだしね」
「……そうね。さっきはごめんなさい。あなたにおかしな振る舞いをしてしまったわ」
数刻前はかなり取り乱していた少女も今ではすっかり落ち着いていた。盲目的に助けを求めるのではなく、状況を見極める判断力のある言葉を返してきた。
「気にするな、こんな状況だ。――俺の名前は哲だ。今はただの人間だが、本当はすごい魔術師……の、弟子なんだ。信じるかは君の勝手だけど」
魔石があれば証明するのは簡単なのだが、パラベラに奪われてしまった。それを取り返しにいくのが今後の最優先だろう。
「……どちらにしろ、今はただの人間なのでしょう?」
「まあね」
別に信じてもらえなくとも困ることではない。
「……アリス・カーベルトよ」
不思議の国の――と思い浮かべたが、そこに迷い込んでいるのはむしろ哲の方だった。それでも、物語の主人公に相応しい容姿なのは間違いなく彼女だろう。
ランプの明かりがあってようやくわかったほど淡い金色を湛えた長い髪に、青い目は本当に西洋人形のそれのようだ。そしてやはり幼い。こちらで例えるならランドセルを卒業した年の頃だろうか。
「じゃあアリス、さっそくで申し訳ないが頼みがある」
「すぐに逃げるのではなくて?」
「ああ、ちょっとその前に俺は取りにいかなくちゃならない物があるんだ。留守番を――」
哲が言葉を切ったのは、椅子に縛られたアシムが目を覚ました素振りを見せたからだ。
すかさず哲がその前に立つとこう言った。
「よう。気分はどうだい」
アリスから奪ったままの短剣を喉元に軽く触れさせる。
「ひっ、や……っ」
「パラベラって男がでかい宝石を持っていただろ。あれは今どこにある?」
「……し、知らない! 知らない!」
「そんな言葉は聞きたくないんだよなぁ……あれがないとすごーく困るんだよお」
短剣の刃先でちょんちょんと顔の隆起を突いていく。顎、頬骨、鼻。次は――
「パ、パラベラさんは……っ」
裏返った声は信用できると何かの本で読んだ記憶がある。
「金になりそうなブツはまとめて保管してるんだ! きっと……そこにある!」
「ふーん。それはどこなのさ」
「ここの一階……です!」
「ふむ」
アシムの顔から短剣を離すとそれをアリスに渡した。
「ちょっと取ってくる。こいつの見張りを頼むぞ」
「え、ちょっと!」
「不安か? そうだな……」
哲がポケットから取り出したハンカチはロナが持たせてくれた物だ。出来れば使いたくは無かったが、他にないので我慢する。
「余計な言葉で惑わされるかもしれない」
「へ? わ、む――」
それをひも状に捻じるとアシムの口に噛ませて縛り、轡とした。
「あと妙な素振りを見せたらそれで顔を突っついてやれ。軽くな」
アシムの視線が哲からアリスへと動き、それが一瞬安堵したように見えた。
「アリス、ちょっと練習しとこうか」
「そうね……この男には散々――」
「ん、んん! んんんううっ!」
青ざめたアシムに短剣を握ったアリスが歩み寄る。
必死にもがくも腕と腰、さらに足まで椅子に固定されているアシムに逃れることなど叶わない。
「私もこういうのは慣れてないから、手が滑ったらごめんなさい」
この娘はもしかしたら性格に難があるかもしれない。などと考えているとアシムが急に大人しくなった。
「……気絶してるな」
「え? ――やだ、この人……!」
「あーらら。子供の前ではしたない奴だな」
白目を剥き、股間からは湯気の昇る男にこれ以上の拷問ごっこは必要ないと判断し、哲はその場をアリスに任せると時計塔の一階へとむかった。
小説に登場する人物を自分で描き起こしてから執筆する――という作家さんの話を聞きました。
面白そうだと思ったんですが、オリジナルのキャラを絵にするときに一番苦労するのが私の場合『服』なんですよねぇ……。こればっかりはオリジナルだとデザイナーの能力も必要になるので。やっぱり世界観のイメージが近い参考資料、特に中世あたりのをまとめた資料集が欲しくてたまらないです。




