第1話:”彼女”との出会い
男性は空を仰いだ。どこまでも続いている青い空は澄み渡り、深く、草原の雄大さを覚える。その光景が美しく、
「…………」
男性の瞳はただ空を眺めていた。風は木々を揺らし、男性の頬を撫で過ぎていく。いつもこの場所に来る度に男性は空の美しさを感じ、風を感じている。
この場所は男性にとってお気に入りの場所だった。
「やっぱり、この場所だけは忘れたくはないな。」
ふと、男性が呟いた。周りに誰がいるわけでもなくただ、心の中にある気持ちがぽつり。とこぼれたように思える。その時の男性の瞳はどこか遠くをみていた。
ここで起きた当時の事を思い出すかのように。
それはいつもの見慣れた光景だった。電車が通勤する人々を乗せ走り、交差点でも人が行き交い、車は忙しく走り回る。
いつも通りの繰り返される毎日。そんな中に裕はいた。
どこにでもいるようなごく普通の中年に近づいてきた会社員。人の波に飲まれ、時間の流れに流され毎日をただ平凡に過ごす。
今も裕は仕事を終え、帰りの電車の中にいた。部活帰りの学生の姿が何人か乗っている。そのほかは誰もいない。
「……もうこんな時間なのか。」
ちら。と腕時計に視線を移す。時計の針は21時をさしていた。普段なら19時の電車に乗る事ができるのだが今日は会議があったので
この時間になった。
裕の会社は化粧品販売を主としている。それゆえに、新商品に関する会議は後をたたない。6月も半ばに差し掛かっているので
そういう時期になるのだろう。最近は残業もあわせて忙しくなっている。
「次は――に停まります。」
この駅までくればあと2つ後の駅で裕はいつも降りている。時間にして30分程度のものだろう。
「今日は早いうちに休もうか。」
最近の忙しさに体が悲鳴をあげている。休める時間が正直ほしいと思っていた。そんな矢先の出来事だった。
駅に着き電車の扉は開く。乗っていたわずかな乗客は扉に向かって歩き出し、席に座っているのといえば裕くらいだった。
ただ、その光景をぼんやりと眺める。
合図の音が鳴る。これから扉は閉まり、目的地に向かって走り出していく。
裕は視点をかえて窓の外を眺めた。次第に速度を上げて走りだす電車の窓からは建物の明かりや街頭が通り過ぎていく。
無数の光が通り過ぎるのを見送ると視線を車内に戻した。すると裕以外のほとんどの人が降りたと思った車内には一人の女性が席に座っていた。
それも裕の座っている向かい側に。窓の外ばかりを見ていたので気づかなかったのだろう。正直恥ずかしかった。
その女性は白のワンピースに薄紫のレースを重ねている。肩まで伸ばされている黒髪は慌ててこの電車に乗ったのか少し乱れている。
それもあってかふっくらとした顔には疲れの色が見えている。
「あれ、ハンカチがないわ。」
先ほどからバックの中を見ていた女性は誰にともなく言った。誰もいない電車の中にいる裕と女性。裕はそんな女性の姿をみて自分のハンカチを
取出して側にいき手渡した。突然の出来事に女性は驚いたようだったがすぐに微笑みを浮かべ、
「ありがとうございます。助かります。」
と言い、裕のハンカチを受け取った。裕は自分の座っていた席に戻りまた窓の外をぼんやりと眺めていた。
ふと、窓に反射する彼女の姿が目にとまった。ハンカチでかすかに残る汗を拭いているようだった。顔のパーツの一つ一つが整えられている。
まさに、きれいな顔立ちだ。彼女のする仕草がとても女性らしく思えた。そんな姿にいつの間にか裕は見惚れてしまっていた。
「あの………。」
女性は裕に声をかけた。ふいをつかれたようで驚いてしまったが、女性の方を見た。こちらを向きわずかながら俯いている。
「ハンカチありがとうございました。とても助かりました。これ、洗って返しますね。」
恥ずかしいのだろうか女性はあまりこちらを見ようとしない。それを理解したように裕は、
「あぁ、大丈夫。気にしないでください。」
と言ってあげた。俯いてはいたものの、彼女は顔にわずかに微笑みを浮かべているのがわかった。
しかしながら今日ここで初めて会った人にハンカチを渡した人から、洗って返すといわれてもいつ返されるのだろう。
それに、裕は彼女のことについては一切わからない。勿論彼女にしてもそうだろう。せめて彼女の名前くらいは知りたい。と思って声をかけようとした。
「「あの……?」」
瞬間彼女の声と重なってしまった。彼女も同じ事を思っていたのだろうか。
少し気まずい雰囲気になってしまったと思った裕は慌てて彼女に勧めた。しかし彼女も同じように裕に勧めてくる。
そんな事を繰り返しているうちに次第に彼女は笑いだした。裕も笑いだしそしてお互いに笑っていた。少しして彼女の方から、
「ごめんなさい。突然…なんだかこんな事をしてるのがおかしくって。」
と言ってきた。実際裕にしてもこの状況がおかしくかった。彼女に、
「気にしないでください。おかしいですよね。こんな事をしてるのって。」
と言ってあげた。お互いの事を知らない2人がなぜか笑っている。本当に二人にとってはおかしく、不思議だっただろう。女性はふと、
「あの、隣に座ってもいいですか?」
と言い、裕の隣に座った。彼女との距離がいきなり近くなる。ハンカチを渡してから身なりを整えたようで少し乱れていた髪や服はまとめられている。今さっきまで向かい合ってた人が隣にいる。裕は初めて彼女に会ったときよりも緊張していた。
「さっきから色々すいません。ハンカチを借りたり、勝手に笑ってしまったり。」
彼女はそう言うと裕に謝った。
「いや、何で謝るんですか?気にしないで下さいよ。」
と言って、彼女に気を使わせないようにした。初めて彼女に会った時の第一印象としては可憐で、触れてはいけないもののように思えていた。
しかし今彼女とわずかながら話してみると本当に普通の人と変わらない、どこにでもいるような裕より少し年下のように見える女性だった。
「私、愛枝と言います。この近くで看護婦をしています。・・・あなたは?」
裕の聞きたかった事をすっと言われてしまった。裕も自分の名前を教え、駅に着くまでの間彼女と話をしていた。
そうしている内に彼女の事について色々な事がわかった。
愛枝という名前の由来は、自分の心を枝のように伸ばし多くの人に接する事ができるようになってほしいという意味が込められているという事。
趣味は音楽鑑賞と読書で、図書館で本を読むというのが休暇をもらった時によくするという事。
裕も、自分の事について愛枝に話した。次第に、互いに打ち解けていき二人の会話は弾んでいった。何気ないように会話をしているが、裕に
とっては特別貴重な時間になっていた。
「次は―――に停まります。」
気付かないうちに時間は過ぎ、電車は裕の停まる駅に停まろうとしていた。裕は降りる準備をして扉の前に立った。次第に電車の速度が
落ちていく。家々の明かりが通り過ぎ、ホームに入り、電車は停まった。
「じゃあ、今日はこれで。楽しかったですよ。ありがとうございました。」
開く扉を背にし、彼女に別れを告げた。駅に降り、歩き出した時に、
「裕さん!」
と愛枝に呼び止められた。思わず電車の方を振り返る。愛枝は電車の窓から顔を出し、裕を見ていた。
「・・・また、また会えますよね?」
今日一日会って話しただけなのに愛枝から言われる言葉がまた会えるか。というのに正直驚いた。
それはきっと表情にも出ていたのだろう愛枝の顔には不安の色が見えていた。
「・・ええ、また会えますよ。」
この言葉には確信はない。だけどまた会えるなら会いたい。裕はそういった思いを言葉にし愛枝に伝えた。その言葉を聞き安心したのか愛枝の
顔から不安の色は消えていた。笑顔で裕を見送っていた。電車はドアを閉め、加速を始めていた。
裕も笑顔で愛枝を見送り、愛枝を乗せた電車がホームから離れるまで立っていた。
「・・・・愛枝か。いい人だな。」
電車で出会った一人の女性。愛枝の存在は、裕の心に残るほど大きなものだった。最後に愛枝に告げた言葉が、本当に叶えばいいのに。
そう思えて仕方がなかった。
裕は一人、ホームを出て帰路についた。
最後まで読んでいただきましてありがとうございましたm(__)m
今回の話は、二人の出会いという事でした。駄文ですがこれから回数を重ねていこうと思います。
できれば皆様の意見を参考にできたらと思います。
どんなことでも構いません。ぜひ、批評お願いします。