第十二話 森の騒乱(7)
第十二話 森の騒乱(7)
それは、一瞬の空間。
彼女にしかわからない時間。
今、彼女は限りなく一人だ。広い世界に一人ぼっち。
周りには仲間たちがいる。
皆何かを間違ったかのように。
皆抱えきれない後悔を手にしてしまったかのように。
それでも彼らは動かない。
ネオは、自分の背中の一部分がとてもうずいていた。
その疼きは、背中の表面から肉の中に入り、心臓を鋭く貫いて自分の左胸を突き抜けていく。
まだ、衝撃は襲ってきていない。
あくまで疼き。
それはきっと避けれるものだ。
それはとっても嫌な感じだ。
だけれどネオは決して動かない、否、動けない。
とてつもなく嫌な予感を感じているのに動けないのはとてももどかしく感じた。
やがて目の前を自分の記憶が通り過ぎていった。
今仲のよい二つ年上の仲間たち、彼らとの出会いはそこまで良好なものではなかった。
ネオは、自分と姉二人、家族さえ居ればよいと思っていた。
ネオにとっての世界はもう完成しきっていた。
そこから新しい一歩を踏み出せたのは、その出会いがあったからだと今はもう気づいている。
突っ放して
喧嘩して
怒られて
怒って
泣いて
喚いて
話して
もう少し付き合ってやるかなんて思って
笑って
からかって
いつの間にか長い間、一緒にいたんだね。
巡る巡る長い短い思い出。
通りすぎていく時間、
走馬灯
それが唐突に断ち切られたのは、一筋の風。
後ろから「グキャ」という短い鳴き声が聞こえ、一瞬の陶酔から醒める。
心臓を貫く疼きが消え、身を得体の知れない安心感が包んでいた。
「戦場での油断は死に繋がるって、あれほど言ったのに」
空中から聞きなれた声が聞こえ、ネオははっとそこに目を向ける。
敬愛する姉、エルルゥがそこに浮かんでいた。
―――いったい何が
ネイが後ろを向くと村の六歳の子供ほどの大きさになった魔食兎が、身を起こしていた。
エルルゥの魔法によって吹き飛ばされたのだが、その体の大きさがおかしい。
いくらなんでも肥大化しすぎという程度にはある。ネイの身長の半分は確実に超えている。
そして、角にはもうすでに血が付いている。
もしかしたら、あの角に自分の心臓を貫けられていたのかもしれないと思うと、背筋がぞっとした。
ネイに疑問は尽きない。
一体何故いきなり靄が破られたのか
角に付着した血は何か
何故ここまで大きいのか。
「あれを見なさい」
エルルゥが指を刺した先は、靄一部分だけ貫かれ、そこから続々と兎達が出てきている。
しかし、先ほどまでの統率の取れている動きではない。
「そこじゃないわ」
指を刺していたのは更に向こうだった。
そこには横たわるは小さな兎。
正確にはその体の部分のみ
首が刈られていた。
「それ魔食兎でしょ」
確かに魔食兎だ。ここまで大きくなる兎族の種族はいまい。
そう考えて、現状と照らし合わせる。
答えにすんなり辿り着く。
「戦狂い・・・」
「その通りよ。この兎、元から限界が近かったのに更に重圧をかけられて、なっちゃったみたいね。そのまま暴走、女王兎を刈って、靄を突き破り、あなたを殺そうとしたのね。」
「何故、女王兎を・・・」
「本当にわからないの・・・?」
「・・・?」
「狂魔種は、同属も食べるって話はしたわよね。それは魔力を補給するためなの。より多くの魔力を欲するから、魔力の多い獲物に惹かれていくわ。女王兎は手近に居た中で一番魔力を多く有してた。そして、あなたが目に入ったから、途中で食事をやめて攻撃したのよ。それほどあなたが魅力的なえさに見えたのね。」
いつかの講義を思い出す。
だからこそ、狂魔種は数が少ない。相手の強さにかまいなく、えさに襲い掛かるので返りうちにあって簡単に居なくなるのだ。
こんなことも忘れていた自分が恥ずかしかった。
「いつまで自分を責めているの。ここは戦場よ、死にたいの?」
その声に、意識をはっきりさせて前を見ると、ネイの身長を大きく上回って跳躍した魔食兎がこちらへ角を振りかざしてくる。
慌てて、その角をかわし、距離をとる。
何回か打ち合い、体の大きさとともに強くなった衝撃に歯を強く噛み締めこらえる。
慣れてくると違和感を感じた。
確かに先ほどの兎達よりも強い力だが
先ほどよりも厄介に感じない。
周りを伺うと、みぃちゃんやネオ、子供達が先ほどの戦闘よりも余裕をもって兎達を押さえ込んでいるに見える。
全体の動きを見て理解した。
女王兎が居なくなったおかげで統率がまったく取れていないのだ。
単調かつ単純。
先ほどまでの波状攻撃や魔法攻撃が嘘だったかのようになくなっている。
魔法兎なんかも後退せず、角で戦っている。
利点を自ら殺している。
女王兎の厄介さが身に染みてわかった。
「はあああああああああああああ!!!」
ネイはやがて敵の首を一閃する。
魔力によって肥大化していた幼児大の兎が、一気に縮んでいく。
目の前を占めていた魔食兎の巨体が消え去って、改めて戦場の様子を確認した。
戦場はもう過ぎ去っていた。
血塗れの貧相な鎧をまとう少女、ネイの姉、エルルゥは高揚を失った醒めた顔で周りを見渡していた。
仲間たちもようやく敵を全て倒し終えていた。
死屍累々と、仲間たちは傷つき、肩を貸し合っている。
ネイはようやく一安心と大きく息を吐き出した。
それと同時に
傷の痛み
筋肉の痛み
体の疲れ
心の疲れ
魔力の喪失感
が襲ってくる。
先程は緊張感をなくしすぎて命を落としかけたのである程度の索敵を忘れない。
周りの安全を確認して、その場へへたり込む。
終わった・・・。
「にゃー。疲れたにゃー」
そして後ろに倒れこむ。
命を落としかけた。
走馬灯すらも見たのだ。
本当にぎりぎりだった。
死ななくてよかった。
(まだまだ甘いんだにゃー)
(死に体なんだにゃー)
(おにゃーさま、上級魔法、使えたんだにゃー)
(自慢の姉・・・、にゃんだにゃー)
(でも、いつも助けてばかりにゃんだにゃー)
(むかつくんだにゃー)
(もどかしいんだにゃー)
(どうしたらおにゃーさまに頼ってもらえるんだにゃー)
(昔よりもずっとおにゃーさまに負けている気がするのにゃー)
(むかつくんだにゃー)
(・・・自分にも、頼ってくれにゃいおにゃーさまにも)
(ゆっくり、ゆっくりなのかにゃー)
(ひとまず)
(寝ますかにゃー)
嵐の後の静けさを享受するネイ。
そこに向かって歩く姉の目が怒りに燃えていることに未だ気づいていない。
書きたいのにやる気が出ない・・・