第九話 森の騒乱(4)
第九話 森の騒乱(4)
兎族との戦いはもう佳境を迎えて居た。
ネイが即席で構えさせこれまで持ちこたえていた陣形もすでに限界を迎えつつある。
兎族も魔法を使い始め、子供達は障壁を張る必要もあり疲弊が深まりつつあった。大人達の中で魔法を使えるのは一人だけで、子供達もこの戦闘以前にも魔獣相手に魔力を消費しているのだから、いくら魔力が時間と共に回復するとは言え、魔力にもそろそろ底がつき始めている。
兎族の戦力は魔法兎、騎士兎のほかに新しい種類の兎が戦場に現れていた。
小人兎と魔食兎と呼ばれる種類だ。
小人兎は角はそのままにその名の通りに体が非情に小さい個体だ。敏捷さは騎士兎よりも無く、蹴られただけで骨が折れて行動不可能となるので、普通の群れに居たとしてもあまり気にかける必要の無い魔獣なのであるが、女王兎の支配下では隙を付いて一撃必殺を狙う暗殺者の位地についている。このことから女王兎の群れにしか存在しない種類だ。
一方魔食兎というのは、大気中の魔力を食らうことで人間の子供ほどの大きさまで肥大化する種類の兎族だ。兎族をはじめ魔族は魔力が宿った生命を食することで生きながらえる。しかし、その中には魔力を持っているはずの魔族は含まれないのだ。なぜなら彼らの魔力には瘴気という魔族特有の毒が含まれているからだ。この瘴気によって、魔族は戦いを好む本能が刺激されているといわれている。ところが、ごく一部の例外や一族は魔族を食すことができる。それらの名前を「狂魔種」といわれている。それに属するのが魔食兎だ。
魔力が少なくなれば、同じ兎族ですら食するし、日常的に他の種族の魔物も食べている。その副作用として瘴気に犯され「戦狂い(クレイジーキラー)」となる。そうすれば群れから離れて一匹で死ぬまで他の生命体を殺し、食し続ける。
そして、戦場には「戦狂い」となっていない魔食兎が猛威を振るっている。
恐ろしく鋭い角を振ってくる。
子供達は剣で受け止め反撃を試みるが、魔食兎の上にのった騎士兎や隙を付いて足元から飛び掛ってくる小人兎に防戦一方で一向に反撃はできなかった。
押されていた子供達に逆転の兆しが見え始めたのはそんなときだった。
後方で作戦を練っていたリーダー格の四人がついに前線に現れたのだ。
まず前にでたのは、ルゥとネイ、ネオの三人だ。
既に魔法の構築を終えていた三人は一気に魔力を放出する。
ネオは手に持っていた身長ほどもある愛用の杖を天にかざした。
炎球
水陣
風幕
ネオが使ったのは全て初級魔法だった。
しかし、その量が常識を超えていた。
ネオは魔力制御に関して非情に優れた才を持つ。
それは魔法を使う際に魔力量に決して無駄がないということでもある。
炎球は、球状の炎の塊を打ち出す魔法だ。三十以上のそれが空を覆い尽くし、兎達に降り注ごうとしていた。
炎球は空中にとどまり、ゆっくり降下し始める。その途中で木々に燃え移っていた。
戦場は煙に包まれつつあった。
水陣には攻撃力は無い。水を召還し、敵陣に膨大な水を流し、浸しただけだった。ただその勢いで兎達がひるみ、今にも押し切られそうだった前線が持ち直すのに十分なかすかな時間を得たのだった。
風幕は膜状に風を起こし炎球、水陣の勢いを強めた。
しかし、それはあくまで時間稼ぎに過ぎない
膨大な魔力を持つネオにとってそれは挨拶にすぎなかった。
後退して再び魔法を構成し始める。
魔法兎達及び近衛兎、女王兎は即座に魔法に反応した。
上空から来る炎の球に対して魔法兎達は障壁を張る。量は多いが、何重にも張ることで兎達には傷一つ付くことなく炎球は防がれた。
水幕は兎達の前線を押し返したが、しかし、それも兎達の内側で女王を守る近衛兎によって防がれ、後方には届かない。
女王兎は、騎士兎などより短い、三センチほどの角を天に掲げ、魔法を打ち上げた。
絶対指令
それによって、戦場の兎達は耳をピンと立て、ネオに対して視線を集中させた。
絶対指令は、女王から仲間に与える最高クラスの命令魔法だ。
この魔法によって最高警戒対象に初級とはいえ一人で大量に魔法を構築したネオが指定されたのだった。
ネオの居る場所に兎達が向かっていく。
しかし、兎達に襲い掛かる魔法はまだ残っていた。
「今のところ作戦通りだね。ありがとう、ネオロン」
ネイは細い剣を兎達に向け、魔法を発動させる。
戦魔法:「森羅万象」(ゆめいつわるひびき)
ネイはその細い剣を横薙ぎに振る。
空間が音を出して切り裂かれる。
その小さかった音が不自然に響き始めた。
響き響き、鳴り止まない。
兎達も耳をピンと立て、この音に警戒を示している。
子供達も何か不気味さを感じているようだ。
ネイは目を細め口を笑みの形にして、剣を再び兎に向ける。
「兎達を包囲してください」
その瞬間
突然、木々がうねり始める。
まるで木々が腕を組んでワルツを始めるように兎達の周りに囲うようにドーム状の檻を作り上げる。
檻は網目状に連なっているので、兎達の様子もよく見える。
子供達は悲鳴を上げ、この不気味な光景を見ていた。
兎達もおどろいたように檻から距離をとり、こちらを見ていた。
知恵が高い分、未知のことに対する警戒心も高い。
森に呼びかけ、協力を促す魔法だ。木々や動物、泉などが答えてくれる。たまに何の反応もしないこともある。
「よし」
そういいながら、兎達の動きを一時的に制限したことに満足する。ただ目は鋭いままだ。
いつ魔法で抜け出そうとするかわからないからだ。
所詮はただの木なので、魔法を使われればすぐに破られる。炎の魔法を使われれば一瞬だろう。
今では檻となっている木々は命令を果たしたので、もうすでに魔法の影響は無く動くことは無い。
更にネオによって時間稼ぎの魔法は、紡がれる。
雷閃
霧幻
雷の中級魔法三発と水と炎の混合魔法。
雷の閃光が三つ檻の中で響いた。
効果は絶大で、前線が水で感電し浸っていたせいで前線で大量に居た騎士兎、小人兎、魔食兎は半分以上消滅した。
魔法兎も障壁だけでは魔法を完全に消し去ることはできず、傷を負わせることができた。
しかし、女王兎、近衛兎やその周辺に居る後方の兎は近衛兎の障壁によってまったく傷を負っていなかった。後方にはまだ兎が大量に控えている。
その様子を確認したネオは悔しそうに歯をかみ締める。
これは、まだ上級魔法が使えないネオの最大威力の魔法であったからだ。
近衛兎や女王兎の魔力が魔法兎より遥かに強いことも完璧に防がれた理由の一つであるが、女王兎の近衛兎の配置の仕方が高等であることが大きかった。
兎族の群れの厄介さをネオは感じていた。
霧幻によって発生した幻惑へと誘う霧が兎達の視界をふさぎ始めた。
女王兎は怒ったように「ムキュー」と鳴き、再び絶対指令を発動する。兎達の霧の幻惑による混乱を抑えたのだ。
更に近衛兎と共に魔法を構築し放ってきた。
灼熱魔法
炎の上級魔法。
ネオとネイ、そして子供達に指示を飛ばしていたみぃちゃんは顔の色を変え、障壁を構築し始める。何重にも重ね衝撃に備える。
女王兎の頭上に小さな炎が渦巻きはじめる。
小さなものだったのが、魔力を吸い込みつつ、大きく大きく炎の渦を拡大させていく。
兎達を覆っていた木の檻にはすでに燃え移っていた。
やがて最大まで拡大した渦を、女王兎はネオ、ネイ、みぃちゃんに向けて放った。
檻を完全に消し飛ばし、周りの木々を燃え散らせる。
障壁と莫大な熱を帯びた魔法が衝突する。
子供達も兎達もその輝かしい衝突に目を開けていられなかった。
エルルゥは、鼓動を感じながら、魔法を発動させる。
境界魔法:「覗かれる深淵」(べんりなふくろ)
そこに収納された大剣を取り出し、にやりと笑う。
狂気を孕み血走った目、ゆがんだ笑み。
殺すことを楽しむ者のみができる最悪の笑み。
風衣
風の上級魔法、風のように動き、風に乗って空中を翔る魔法。
それによって足が地を離れ、重力の制約から解放される。
準備は整った。
さあ、行こう。
目覚めろ。
我が狂戦士よ。
そして
風と共に踊り狂う剣が、獣達に襲い掛かり始めた。