プロローグ
最初
それは違和感だった。
自分であって自分でない。
かといって他人でもない。
確かにあって反面あいまいなものだった
五歳になった。
おれはその違和感の正体が何なのかもうわかっていた。
おれであっておれでない。
おれは前世の記憶が残っている。
言い換えれば転生したのだ。しかも異世界に。
そのせいで口調も考えも行動も前世に影響してしまう。
この口調もその影響だ。
だから演技をしなくてはならない。
普通の子供。あいにく前世で子供と触れ合うきかいがなかったため、おかしいものになっただろうが。
この世界について少し話をしようか。
五歳程度でも知っている、ごくわずかなことだが聞いてくれ。
比較対象はおれのもともといた世界、あんたらとは違うかもしれないがそこらへんは仕方ないと思ってくれ。
まずはおれの生まれた村の話だ。
レウィニ村。小さな村だ。デミニルシアという大きな王国の国土にある小さな村だ。
海岸が近くにある。だから漁業もすこしやっているみたいだ。
どちらかというと農業や狩猟のほうで生活を保っている。
魔物は出るが魔界の入り口からかなり離れているとあって、非常に弱い。この世界では珍しく森であっても大人数
人いれば安全であるという。
今のところこれくらいしかわからない。
言葉は前世とは違うようだった。
だが、五年のうちに頭が自然に理解し、しゃべれるようになった。
文字も読めるが文章を読むには少々難しく、今母親に習って練習している。
家族は父と母、そして二歳下の双子の妹が二人。二卵性である。
父は国に雇われた歴史学者だ。
理知的な顔をしており、遺跡発掘のために鍛えられたその肉体は見ていて思わず惚れ惚れしてしまう。
書斎には本が沢山並んでおり、いつも忙しく遺跡と書斎を行き来している。
書斎の本棚にある本は難しく、今の俺には読めない。
読めたとしても、五歳の子供が難しい本を読む姿というのは不気味に写るだろうからあまりおおっぴらにはできなかっただろうが。
母は美人さんだった。
白い肌でどこかぼんやりしている人だ。
大きくパッチリした目と小さな顔は見る人をひきつけてやまない。
その実態は凄腕の元剣士であるらしく、父とは護衛任務の最中に結ばれたらしい。
そのことを知ったのは二ヶ月前に魔物のゴブーが群れでやってきたとき、大剣を片手に敵に突撃し見事追い返したからである。
その雄雄しい姿は、戦場にいた記憶を思い出し、切り結びたいと思ってしまった。
そのせいで発した殺気に母親は非常に敏感に反応しこちらを見て探していたが、諦めてすぐにゴブーを狩っていた。
いくらなんでも母親と殺し合いをしたいなどとは思えなかった。
双子の妹のルゥとネイはまだ小さい。
だが、こちらを見ると嬉しそうに笑いかけて歩いてくる。
その姿におれは嬉しくなる。
いとおしく、守りたい。
いや、守ろうと幼い少年のように決意をした。
そのためにはこの子達が大人になるまでおれにべったりであってほしいものだな。
守りやすくなる。
ふふ。
戦いに明け暮れていたおれがこんなことを思うようになるとはな。
前世の話を少しだけしよう。
おれの世界はここまで平和ではなかった。
少なくともおれの両親も兄弟も物心付いたときにはもうすでに死んでいた。
一人で生きて、
生きるために戦場に出て、
そのうち殺すことが戦うことが楽しくなって、
敵を多く殺して、
英雄となった。
そして、あっけなく戦場に散った。
おれ達は血や魔法や弓が飛び交う戦場で生きてきた。
生きるために戦ったはずが、
殺すために戦うようになり、
多くの者達が同じ幻想にとらわれたのだろう、
多く敵を殺したものにささげられる勲章、
英雄が多く生まれた。
守るべきものもおらず、孤独のうちに死んだ俺にとって、この世界は不思議な世界だった。
妹達や両親、周りの人々、全てを守りたいと、死んで初めて思ったのだった。
おれが死んだ理由は、宗教の見解の相違による争いだった。
こんなつらい思いをさせる神様なんて死んでしまえばいいと思っていたが、おれのためにこの世界に転生させてくれたなら、素直にありがとうといってもいいかなと思う。
魔法はあるようだ。
しかし、不思議なことに使える人間が限られていると父は言っていた。
魔力量が足りない人間が多いとかいう理由だった。
何を言っているんだと最初思った。
魔力量が最初少ないのは当然であり、それを鍛えることによってじょじょに増やしていくのが当然のセオリーである。
少なくとも前世の世界では。
この世界はどうやら魔法や魔術に対する研究が進んでいないようだ。
おれは三歳のときから魔力を練っていた。
練れば練るほど魔力は強く多くなる。ただ微々たるものなので毎日続けなければ変化はわかりづらい。
確かに魔力量は少ないが予想の範囲内である。
懸念材料であったからだの構造の違いから、魔力が人によって存在しない可能性もあったが、杞憂だったようだ。
今では前世には及ばないもののある程度は魔力量があった。
妹達には、抱っこするときに愛情と一緒に魔力も与えている。
前世では母親から子供に魔力をなじませるためにこうするのが当然であると、誰かから聞いていたからである。
もっとも俺はされたことはなかったが。
妹達も体の一部のように魔力を使えるようになるだろう。
前世の魔法は今はまだつかえなかった。
魔力が足りないのか、この世界ではつかえないのかよくわからなかった。
魔物はこの世界では脅威である。
魔法を使い、肉弾戦でも人間を凌駕する。
これは俺の居た世界との大きな違いである。
この世界では、魔物を束ねる魔族が人間にとって強大な敵であるらしい。
だから魔王などは特に恐怖の対象であるという。
どこの御伽噺だと苦笑してしまう。
魔族などと同様の強さを持ったエルフや様々な亜人などはいるらしいが、人間には見向きもしないという。
俺の居た世界では、魔物などは弱すぎて路傍の石と変わらないほどだった。
戦士一人いれば、群れに囲まれても殲滅できただろう。
魔族やエルフなどもいたが、ちょっとした小国や辺境の部族のようなもので、人間総出で当たらなくてはならないほどの問題でもなかった。
むしろ人間同士の資源や宗教的な争いのほうが多かった。
一番怖いのは人間の強欲さかもしれない。
この世界ではどうなのだろうか。
人間が弱いのか、他の部族が強いのか、今はまだ不明だ。
村の子供達と遊ぶのは楽しい。
特に鬼ごっこは最高だ。
命を懸けるか懸けないか程度しか変わらない追いかけっこでこんなに楽しくなるなんて思わなかった。
こっちの世界の人間はこんな楽しい遊びを開発するなんて天才だろうか?
俺達の世界はこういうところを見習うべきではないか。
鬼ごっこがあればきっと戦争もしなかっただろうに。
笑って皆と遊ぶ。
このことを平和というのだろうか。
今までは意味を履き違えていたのか。
前世では、殺し合いではなく、こちらの一方的な虐殺のことを平和だと思っていた。
相手方に抵抗がなければこちらの命の安全は保障されてるしな。
そのことをトニーに話したら、「へーそーなんだー」といっていた。
虐殺の言葉の意味がわからなかったらしい。
2011.06.10 加筆修正