第11話 可愛いは最強の生き残り戦術
盾を構えて敵を見据える。落ち着け俺、余計な考えはいらない、敵をよく見るんだ。
「やべぇぞデカすぎる!退くか!?」
「あんちゃん下がって!」
二人が浮足立ってるな。確かに馬鹿デカい、高さだけ見て他の狼の3倍くらいか?一口で俺が丸ごと食えそうな口をしてやがる。
それなのにあいつは尻尾で攻撃してきた。何故か?デカすぎるんだよ。
「見ろ、デカすぎて頭がつかえてやがる。この部屋ならあいつはまともに動けない。ここじゃ力を出しきれないんだ。今なら勝てる」
言い切った。勝つ、そのためだけに動くんだ。
ナタを強く握り直す。機敏な動きはない、真正面から向かえばあいつも真正面から戦うしかないはずだ。少なくとも飛び跳ねて後ろを攻撃するなんてことはできない。
「だったらやるしかねぇよなぁ!!」
声を上げて突っかけた。狙いは首、どう動くか見せてみろ!
白狼が動いた。
低く唸るような息遣いが部屋の空気を震わせる。巨体がわずかに前傾しただけで天井の石が擦れる音がした。
ガリッ……ガリッ……頭頂の毛が天井に擦れて、白い粉塵が舞う。狭くて辛そうだな!そのまま屈んでろ!
「ニゼク!来るぞ!」
トラルが叫ぶ。巨体を前にして反射的に身構えたのが分かった。同時に白狼の巨体が地を蹴った。短い距離、でもその一歩で床石がひび割れ、衝撃が俺の足元まで伝わる。真正面から突進か!?――いや、違う。
前足が上がった。
右の前足が、まるで巨大な戦斧のように振り上げられ、俺を押し潰そうと振り下ろされる。爪は鈍く見えるがデカイ!そして速い!空気を裂いて爪と肉球が迫る!
「ふんぐぅぅぅ!!」
それを盾で受けた。経験のない衝撃が全身に走る。上からの攻撃は受け流すことも許されず、全身が軋んで悲鳴を上げた。
それでも逃げ回ってチクチクやるのは駄目だ。こいつを正面から押し留めるんだ。俺には仲間がいる、敵の動きを止めれば仲間がやってくれる。
「クソ!俺もやってやる!」
「はあ!?遅ぇよ!」
と思ったのにトラルは今頃走り出した。何やってんだこの野郎!
その隙を見逃されるわけもなく、白狼は再び足を振り上げて今度は爪を横薙ぎに振るってきた。
「防げ!」
咄嗟に盾を構える。ドンッ!と鈍い衝撃音。ただ腕を振っただけで、走ってきたトラルも一緒に後ろへ吹き飛んで地面を滑った。
すぐに跳ね起きて隣を確認すると、トラルは膝をつきながらも盾を落とさず耐えてる。腕が震えてるのが見えた。
「くそっ……重い……!」
爪の一撃は斬るんじゃなくて叩き潰す。これだけ大きければ鋭いだけの爪よりずっと凶悪だ。巨大な前足の重さと振り下ろされる速度。盾がなければ胴体ごとへし折られてた。
白狼は止まらない。左の前足が今度は低く、地面すれすれに薙ぎ払う。今度の狙いは俺だけだ。俺はナタを構えたまま横に跳び、地面を滑るように避ける。
爪の先が俺のいた場所を抉り、腹に響く音を立てて石の破片が飛び散る。地面に深い溝が走った。
地面を抉る隙にトラルがナタを振るうのが見えた。俺もすかさず立ち上がって狼の足を斬りつける。
『ガウア!』
毛皮を裂いて僅かに肉を傷つけるが致命傷には程遠い。だがそれを嫌がって白狼が背を向けた。
「尻尾が来るぞ!構えろ!」
横薙ぎの尻尾の一撃!躱せる場所はない!
「ぐぅッ!」
盾で受けた。体がバラバラになりそうな衝撃。俺は地面と水平にぶっ飛ばされた。
地面に激しく打ち据えられて転がる。体は無事か?ナタは握ってる。トラルがどうなったか分からない。
白狼が追撃に走ってくる。やべぇぞ、足が震えてやがる。トラルは生きてるのか!?
白狼の大きな口が開いて鋭利な牙が見える。足が動かない、避けるのは無理だ。俺は再び盾を――
ヒュン!何かが俺の後ろから飛んだ。
ドッ!
『ギャイン!』
甲高い悲鳴が響く。白狼が顔を掻きむしって倒れ込んだ。フレアの放った矢が白狼の目を貫いたんだ。
「あんちゃん大丈夫!?」
「当たり前だ!トラルは!?」
「こんなとこで死んでたまるか!」
トラルも生きてる!まだやれるぞ!
足に力が戻る。同時に白狼も起き上がって怒りに満ちた目でこちらを睨みつけた。
『グルオオオオオオオ!!』
「怒ってやがる。矢はあるのか!残った目を狙えるか!?」
「あと二本!」
十分だ、フレアならやってくれる。
フレアを後方に置いてトラルと並んだ。もう片方の目も潰してしまえば俺達の勝ちだ。
攻め時だ。こちらから踏み込む。潰れたのは右目、なら俺が囮になる。死角に入ったトラルを活かすために俺が攻撃を受け止める。
白狼が迎え撃つ。片方が見えないせいか、雑に前足を振るってきた。
俺は盾を――
……無い。ぶっ壊れてるじゃねぇか!
「トラル避けろ!俺はもう盾が無い!」
「はぁ!?何やってんだ下手くそが!」
慌てて飛び退る俺たち、転がる様に避けたが体勢の崩れたところに牙が迫る!
ヒュン!
フレアが再び矢を放つ。だがそれは見透かされていたように回避された。
隙を突かないと無理だ。警戒するあいつの目を射抜くにはどうすれば。
「フレア無駄撃ちするな! 俺らが隙を作る。トラル左から回り込め! 死角を突くぞ!」
「おう!」
俺の声にトラルが頷く。白狼の左目――今度こそ残った唯一の視界を俺が正面から引きつける。後は二人がやってくれる。
盾なんか無くても止めてやる!全身に力が満ちる、やってやるぞ!
「うおおおお!!」
再び声を上げて突っ込んだ。白狼の巨体が反応する。首を低く構え、牙を剥き出しに俺を狙う。ここでやつがどう動くか、俺は確信を持っていた。
やつの頭が後ろを向く。今まで一度も止められていない攻撃、後ろを向いて矢も回避できる一撃。
白い壁が迫る。もう三度目だ、いつまでも逃げ回ると思うなよ。
ナタを握りしめて腰だめに構え、重心を深く落として迎え撃つ。押されてもいいが吹き飛ぶのは駄目だ、食らいついてやる。
「でりゃあああ!」
ナタを突き出す!もふもふの壁に飲み込まれた一瞬の後に強烈な手応え!ナタを握る腕から凄まじい衝撃が伝わる。
ナタを握りしめ、両足を広げて地面を抉った。腕はへし折れ足裏がめくれて激痛が走る。体中が捻れて潰れていくのが分かった。それでも今だけは絶対に離さん!
『ギャアアアアン!!』
先に白狼が悲鳴を上げた。デカイ癖に我慢が足りないな?
トラルが死角からナタを叩き込む。首筋に入った一撃は肉を切り裂いて真っ赤な血が吹き出した。ついにダメージが入ったぞ!
残った目を見開いてトラルを捉えたのが白狼の見た最後。そこにフレアの待ち構えた一撃が突き刺さる!
ヒュドッ!
『ギャウウウン!』
両目を失ってのたうち回る白狼。恐ろしい敵だった、だがこうなっては哀れを感じる。
「すぐに終わらせてやるからな」
ナタは半ばから折れていた。ついでに右腕も折れてるみたいだ。問題ない、折れた両腕で短いナタを構えて白狼の首に飛びかかった。
トラルの付けた傷に沿うようにナタを振り抜いた。ぞぶりと深く抉る手応え、吹き出す赤い血が白い体を染め上げていく。
そのまま地面に落ちた俺の隣に、倒れた白狼の頭が落ちてきた。
「あんちゃん!」
「ニゼクやったな!」
二人が駆け寄ってくる。俺は白狼から目が離せなかった。これが戦いか。心の底が痺れて痛みを感じない。
自分の全部をぶつけられた気がする。ありがとう白狼、復活したらまたやろうな。
白狼の体は黒い靄を吐き出して煙みたいに消えていった。
「あんちゃんボロボロだよ!」
「最後は俺に譲っとけばよかったじゃねぇか」
「なんか痛くねぇんだ。それより奥を見に行こうぜ、何があるといいんだが」
目的はダンジョンの異常を調べることだからな。
奥にはこれまでに出なかった分の宝箱が溜まってるのか、何か異常な物があるのか、何も無いとしてもそれを確認しなくちゃいけない。
「待って!これ!?」
「どういうことだ?」
フレアが驚いた先。そこには白い子犬、子狼?がいた。
意識は無い。薄汚れて、腹から出血しているな。
ダンジョンの魔物なのに、ただの傷ついた子供にしか感じない。
「これって大きくなる前の矢傷か?なんでこいつは消えないんだろう」
「そんなの言ってる場合じゃないよ!すぐに治療しないと!」
「えぇぇ……?」
言いながらフレアはケープを脱いで白い子狼を包んだ。
「いくよ!」
「お、おう」
「わかった」
フレアはケープに包んだ子狼を両手で大事そうに抱えて走り出した。
俺としては非常に奥が気になるが、言い出せる感じじゃないな。まぁあっちも気になるしいいか。
「な、なぁ。今頃痛くなってきて、もうちょっとゆっくり――」
「頑張って!」
頑張るしかないのか……。兄にも優しさを分けてくれ。
「仕方ねぇ、おぶされ」
「ありがとう心の友よ、お前は優しいな」
「黙ってろ」
トラルの背に乗って入口へと走った。
その途中にある部屋。出入りする度に狼が復活していた部屋は空になっていた。
全部空だ。あの大きな白狼を倒したことで何かが変わったのか?それともこの子狼が直接何かをしていたとか?
邪魔する者がおらず、入口までまっすぐ帰ってこれた。そしてそこには――
「宝箱があるぞ!」
「入口に戻ったところで宝箱?」
「いいから急ごうよ!開けるよ!」
「あぁっ……!久々なんだからゆっくり……!」
中から出てきたのは瓶が一つ。中には青い液体が入っている。
「豪華な装飾付きだな。瓶だけでも高く売れそう」
「何なのか分からない宝は困るな」
「後でいいでしょ!走りなさい!」
フレアは先にダンジョンから出て、そのまま村に向かって走り出した。
俺もトラルに背負われてダンジョンを後にする。
首だけ回して振り返った。楽しかったな、今日のような冒険をまたやりたい。ダンジョンを潰すなんて嫌だ。
ダンジョンに意思はあるんだろうか?生きたいんだろうか?ぽっかりと空いた入口は、生き物の口のようにも見える。
俺には最後の宝箱が、意思を持つダンジョンからの粋なはからいに思えたんだ。




